「これで、さよならね、タナシ。あとは……マカベとも」
そうこうしながら、その後もあたしはタナシと様々な人との『糸』を辿ってみたのだけれど。
やはり、彼との間に「これは」というほどの『悪縁』は見当たらず、調査に最低限かかると宣言した一週間が経ち。
もう少し、あと少しと念入りに探りを続け――気付けば、もうすぐ二週間となりそうになっていた。
が、やはり「これは」というものは見つからず、「強いて言えば」というのが件の『頭がおかしい同級生』マカベのものぐらいなのだった。
「それに、気のせいか……。マカベとタナシとの間の『糸』が、緩やかならせんだったのが、少し絡まって紫色の『糸』っぽくなり始めている気もするし……」
と、あたしはこれまでの調査状況を反駁しながら、現状が決して楽観視できるものでないと考えていた。ちなみにこの間、当のタナシはというと、一度も高校に出席していない。それまでは「少し休みが多い」ぐらいだったのだけれど、ここまでくるとさすがに多くの級友が「おかしいな」と思い始めている。昨日はついに担任も「少し、様子を見に行ってくれないか」と、学級委員の生徒に言っていたようだ。
まだ、確信というほどのものはない。でも、この『悪縁』じみたものは放置していれば『悪霊』などへと昇華しそうな気配があったし、場合によっては間を置かずに『悪鬼』にまで変じたっておかしくはないのだ。そうなってからでは、何もかもが手遅れになってしまうことさえある。なら、期限として持ち出した二週間を区切りとして、結論を出すべきだろう。
念のために従兄へも相談したけれど「……俺は、その段階の『縁切り』についてどうこう言える立場ではない」と、いつも通りの言葉を返すだけ。従兄は『業界』でも最高峰の実力を誇っているのは間違いないのだけれど、それはあくまでも事態がもっと深刻になった段階での話で、現状ではあたしどころかそこらの三流ていどの活躍しかできないのだ。ただし「……どうしても迷うというのなら、今からでも他の『業者』に頼んだほうがいい。……それこそ流川家になら、うちの親戚ではあるのだし問題なく頼める」と言うあたり、やはり従兄なりに気をつかってくれているのは間違いない。同級生の『縁切り』をすることで、あたしが傷つくような結果にはしたくないのだろう。
でも、あたしとしては「同級生のことだからこそ、あたし自身で決めたい」のだ。
「ただ何もしないままで、悔やんだりなんかしたくない」というのが、あたしという人間なのだから。それを従兄も分かっているから、気をつかいながらもあたしへこの『仕事』を振ったのだし、あたしも従兄に悪いなと思いながらも「あたしがやる」と声を上げたのだ。だから、その初志は貫徹させてもらう。
「……【払鞘】!」
あたしは気持ちを切り替え、封印解除の合言葉と共に、手にした握り鋏【アトロポス】の鞘を払う。
シャランと、心地よい鞘走りの音が響き渡り――その音の波に呼応して、あたしの栗髪鳶目が赤髪赤目へと変じる。
同時に、紺セーラー服がはだけてほどけて織り糸となり――瞬く間にそれが再構築されて、和装へと変じる。
その間、わずか〇・〇五秒。
「さあ、お仕事の時間よ……!」
迷いに迷ったけれども、もう「これ」しかない。
だからあたしは人目につかない夜闇の中、あらかじめ目星をつけておいた『糸』の元へと跳ぶ。
今回、あたしが切るべき『縁』は――
「これで、さよならね、タナシ。あとは……マカベとも」
言いながら、あたしは手にした大鋏【アトロポス】で、紫色じみた『糸』をはさみ切る。
この間の塾講師の際には、あたしは片一方のナツキ先生としか接点がなくて、相手方である塾長先生のことはほとんど知らなかった。だから、あの時あたしはナツキ先生と塾長先生との間の『縁』を切ったとはいえ、実質的に切れたと実感できたのはナツキ先生との縁だけだったけれども。今回の場合、あたしは『糸』の両端とそれなりの接点を持っていた。だから【アトロポス】の副作用で切れてしまう、あたしとの『縁』は、ふたつ。タナシジュンノスケと、マカベシュンのふたりだ。
困ったように笑う幸薄そうな男子と、眠たげな顔でトンデモ行動ばかりする迷惑男子――どちらも、それまではあたしと同級生であるという以上の関係性はなかったけれど、今回の『仕事』のための調査で、図らずとも色々と思うことができてしまっていた。
たとえばタナシという男子は、どうも進学校である東高校に、ギリギリの成績で入学してきた生徒だったらしい。この事実を探り当てるのには結構骨が折れたのだけれど、同じ中学出身だという他クラスの生徒に話を聞いてみると「かなり頑張って塾に通って、ようやく合格していた感じかも」という証言をとれたのだ。それを裏付けるように、どうもタナシは入学してからこれまで受けた定期考査で、赤点にこそなってはいなくとも平均より下のやや危なげな水準だったらしい。もちろん、彼よりももっと成績の低い生徒はいくらでもいた(不肖ながらあたしもそのひとりだ)のだけれど――根が真面目な努力家らしい彼にとって、相当に努力したつもりが平均を下回る成績だったのが、かなりのショックだったらしい。ついでにいえば、彼とそこそこの『縁』があるマカベはというと、鼻歌交じりにテストを受けて学年上位一〇パーセントに入る成績だったわけだけれど――あの振舞いでそれなので、おそらくそれもタナシにとっては相当な精神的打撃になったことだろう。マカベだって間違いなく相応の努力しているのだろうけれど、真面目なのかそうでないのか微妙に迷うあの男の振舞いは、相当に他人の神経を逆なでする。それこそあたしも、タナシ以上に高校の勉強に苦戦していたからこそ分かる。幸い、あたしは先の塾通いもあってなんとか対応できるようになっていたけれど――もしもそれがなかったとしたなら、タナシのような思いを抱くことになっていたかもしれないのだ。
やはりそう考えると、マカベシュンという男の存在はタナシジュンノスケにとって『悪縁』じみていたのだ。あるいは、何かほんの少しでもマカベからの接し方が違っていれば、学力に不安を覚えるタナシの助けになっていたのかもしれないから、その意味では『良縁』になっていた可能性もあったのかもしれないけれど。そこで問題となったのが、多分、所属する吹奏楽部でのトラブルだ。それが直接的な原因でないにしろ、何かしら他の色々な『縁』と変に絡み合ってしまって、『良縁』ともなり得たマカベとの『縁』が上手くつながらなかった。本当に、不幸なかけ違いだ。そして、そのかけ違いはもう、修復が難しい段階にまで来てしまっている。
「これで、何もかも上手くいく。……その、はずなのだから」
あたしのような『縁切り人』は、あくまでも、こじれてしまった『縁』を切ることしかできない。
絡まり、捩れ、もはやほどけなくなってしまった『悪縁』は、切る以外にないのだ。
せめて、彼らには別の『良縁』が結ばれることを願って、今ある悪い結び目を除く。
あたしたちが『依頼』を受けた段階で、既にそれは決まっていることなのだから。
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