第5話
ロッジに宿泊しているスキー客は七組、二十人ほどだった。彼らが食事をする頃には天気が荒れだして吹雪になった。
――パチパチパチ――
暖炉で火が
「明日は滑れませんかね?」
スキー客は、裕美子相手に口々に尋ねた。
「いやいや、今荒れたのは良かったのよ。前線が夜の間に通り過ぎて明日は晴れると思いますよ」
「明日はパウダースノーですかね」
彼らは喜び、飲み物やつまみの追加をした。それでロッジは
彼らの宴会は三々五々お開きとなり、それぞれの部屋に消えていく。午後十時には、食堂は空っぽになった。
「美波さん、お風呂にお入り」
裕美子が声をかけた時、彼女の姿はどこにもなかった。
「さっきまで洗い物をしていたぞ」
隆介も首をかしげた。
「まさか……」
冬馬はダウンジャケットを羽織ると外に出た。積もった雪に点々とへこんだ跡があった。彼女は家族の目を盗んで雪山に向かったのだ。
「バカ野郎……」彼女に対する非難が口をついた。
十分は経ったか?……足跡の消え具合から推理した。風雪がひどく、足跡はあと数分で消えるだろう。それが分かるから気が急いた。
スキー置き場から父親のスキーを引っ張り出し、ニット帽と手袋を装着した。
「無理をするなよ!」
「分かってる!」
隆介が用意した懐中電灯を手にして彼女の後を追う。
予想通り、数分も追いかけないうちに足跡は完全に消え去っていた。まっすぐ進んだら谷に下りることになる。吹き溜まりになる谷は雪深く、彼女を見つけるのは難しいだろう。
「クソッ……」
山で死んだら獣に食われるかもしれないと脅かしたから、目に留まるところを死に場所に選ぶのではないか?……冬馬は推理し、スキー場のリフトを目指した。そこなら、早朝には遺体が必ず見つかる。
――フッ、フッ、フッ……――
荒い息を吐き上り勾配を滑った。ほどなくスキー場にたどり着く。
「美波さーん!」
声を聞いたとしても彼女は答えないだろう。分かっていても叫ばずにいられなかった。
「美波さーん……」
声は強風に飲まれてあっという間に消えた。
リフト乗り場周辺に彼女の姿はなかった。そうしてやっと気づいた。彼女は、リフトはもちろんスキー場の場所も知らないことに。
「クソッ!」
彼女は谷の雪が深いことを知らない。そこに向かったのか?……冬馬は踵を返した。すでに自分のスキーの跡さえ消えていた。
先に足跡を見失った場所付近に戻り、獣道にも似た森の裂け目を下った。森の中は樹木のおかげで風雪は弱まっているけれど、時折、樹上で固まった雪がドサドサと落ちてくる。
「美波さーん!」
呼びかけ、懐中電灯の明かりを左右にめぐらして進んだ。
大木の下にチカッと光を反射するものがあった。彼女のダウンジャケットの一部だった。
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