ヒャクボウ

「そ、そもそも、マンボウ様は、どうしてわたくしめのような、詰まらぬ一個人の所に?」

「この国には、我々を食するという野蛮な風習があると聞きました」


 おのれ挑戦者達

 私は胸中で食に並々ならぬ情熱を傾けたご先祖達に呪いの言葉を吐き散らした。


「そして調査を進める内、インターネット上で、先述のような信じ難い侮辱を受けている事を知りました。私は激怒しました。必ずやこの不遜なる名誉棄損に相応の報いを与えるべきだと考えました。そして、その最初の足掛かりとなる、謂わば判例作りの為のモデルケースを探し求めていた所、SNS上に投稿された映像の中で、風説の流布に加担していた貴方を見つけ——」

しばし!暫し立ち止まって頂きたい!」


 あの演説がいつの間に録画されていたのかだとか、それを本人の許諾も取らずにアップロードするなどインターネットリテラシーの欠片も無いのかだとか、考えたい事が富士の山ほど積み上がって行くのだが、そんな事よりまず何よりも、


「マンボウ様、インターネットの閲覧手段をお持ちなのですか?」


 その一時、大前提を聞かずにはおけなかった。


「勿論。私は電磁力を利用出来ますから」

「電磁力」


 マンボウは事もなげに似非エセ科学者の常套句のような事を言い出した。


「だからほら、ご覧の通り、こうやって浮いているでしょう?」

「それも電磁力だったのですか」

「そうだったのです」


 電磁力ってすごい。

 

「マンボウ様方には、どの御方々おかたがたにも皆そのような御力が?」

「他はともかく、僕は出来ますね」

「他はともかく?」

「他はともかく」


 マンボウの一般と考えてしまうと宜しくなさそうであると諒解しておくことにした。


「逆にお尋ねしますが、電磁力でなければ何だと考えていたのですか?」

「いえ……、マンボウの怨念の集合体のようなものなのかと」

「それはまたなんとも非科学的ですね。矢張り人間は愚かしい」

「非科学的、ですか……」

「いいですか?マンボウはあなた方が考えているよりも遥かに、賢く強い」


 なんたる夜のバラエティー番組でおどろおどろしいテロップ等の過剰演出と共に紹介されるべき衝撃的告白か!

 

「陰謀論ならぬマンボウ論、という事ですな?」

「あ、滅ぼします」

「お赦しを」


 これは完全なる私の過失であった。

 ついつい舌の滑りの調子が夏場の素麺そうめん比肩ひけんするほどに良好過ぎて、ツルツルと言わなくてもいい余計なげんまで引き出してしまったのだ。


「そ、それに、私を裁くのは人の社会が定めた法とは矛盾致します!人の法にもとる行為は、人の秩序への挑戦となり、乃ち行き着く所は人とマンボウという二つの正義による戦争です!御同胞にだって沢山の望まぬ犠牲が出てしまいますよ!」

「犠牲など出ませんよ。人間のように自発的に数を減らす生き物、こちらで調整してやればどうとでもできます。貴方はそのえある第一号です。

 お喜び下さい。貴方のような小人物でも、歴史に名を残せたのですから。ただし、我々マンボウの側の教科書に、ですが」

「そんなアホウな!いやマンボウな!」

「なんで今わざわざ言い直したんですか?真剣真摯な破滅願望が?」

「いえ今のは」

「ふざけてますよね滅ぼします」

「平に陳謝致します。めちゃごめんなさい」


 私はその恵まれた肉体を折り畳み、鉛のようにずっしりと重くなった稲穂、換言かんげんすれば英知が実り過ぎてしまった頭蓋を地に叩きつけた。

 口はわざわいの元とは全くこの事である。


「いいえ、もう待ちません。堪忍出来ません。最後通牒に対し、宣戦布告が返されました。人類にはもう、未来はありません!有り得ません!」

「そのような!待って下さい!そのような!そのような!」

「ええい!見苦しいですよ!最早待てません!時すでに遅し!」


 あなや!

 私の軽口一つで、人の歴史は死神が持つ寿命の蝋燭のように吹き消されてしまうのか!?

 マンボウ、いや滅亡の憂き目に遭ってしまうのか!?


「裁定は済みました!判決は下りました!ここが人類の最高裁!あなたはもうお仕舞いなんです!」

「そ、そんな、横暴だ!マンボウだ!」

「まだ言うかああああ!!喰らえ!我が研鑽の成果!電磁放射型脳波干渉ォーーーーー!」

「うおわあ&‘!“%&’”%&‘%&’“&‘#”!!??!?」

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