Survive in ashes
熊吉(モノカキグマ)
第一章:「三十年後」
第01話:「燃え尽きた世界で:1」
それらはかつて、この惑星の周囲に漂い、様々な役割を果たしていた人工衛星や、ロケットだったものの残骸だった。
それらが残骸になってから随分と経つが、未だに途切れる事無く降り注ぎ続けるそれは、かつてこの惑星に存在した高度な文明の残滓であり、この世界が既に滅んだ事の証明だ。
人間の世界は、
既に草木に覆われつつあるかつての市街地の廃墟を、兵士の格好をした少女が空を見上げながら歩いていた。
ゆっくりとリラックスした足取りで、散歩でもしている様に。
彼女は、十代の半ば程に見える。
ショートの黒髪に、黒の瞳、整ってはいるが印象に残りにくい地味な顔立ちをしている。
まるでたくさんの人間の顔を平均して作ったような顔だ。
身に着けているのは厚手の生地で作られた寒冷期用の野戦服の上下。
頭部には野戦服と同じ迷彩模様の布で覆われたヘルメット、鉄帽と通称されるものを被り、足には靴底に滑り止めの鋲が打ち込まれた合皮製のブーツを履いていて、腰回りに水筒や小道具の類が入ったポーチがいくつかぶら下げられている。
肩には、口径五.五六ミリの弾丸を使用する自動小銃を担いでいる。
照準器は照門と照星を合わせる、原始的かつ最低限の物だけだったが、伏せ撃ち時に銃を安定させるためのモノポット(単脚)と、着剣用の器具がついていた。
とにかく量産性を重視された設計らしく、簡素で粗雑な造りをしていて、いかにも重そうだ。
周辺には、兵士の他に動くものは無い。
あるのは破壊しつくされた廃墟だけだった。
廃墟の残骸に交じって、錆び付いた自動車やら、壊れた家電製品、朽ちかけた日用品等が転がり、しぶとく根付いた植物がそれらを覆っている。
崩壊した市街地の残骸は、そうなってからずっと自然の成すままで、誰かが手を付けた様子は見られない。
恐らく、かつて暮らしていた人々の遺体も埋もれたままだろう……。
兵士は、この街の過去の姿を知らなかった。
彼女は生み出されてからまだ間もなく、地上に初めて出たのは、わずか一週間前の事だ。
その前は、破壊を生き延びた一握りの人々によって成立した[シェルター]と呼ばれる地下都市の一画にいた。
そこで生まれ、半年ほどの訓練を受けさせられ、それから、その人類に残された唯一の生存圏を外敵から守るという任務を与えられて地上へと出された。
だから、寒々しく、陰鬱な都市の廃墟も、流れ落ちる星屑も、全てが新鮮で、彼女にとっては美しい光景に思える。
それがたとえ、かつて繁栄していた文明の、墓標に過ぎないのだとしても。
太陽は廃墟が形作る稜線に沈み、辺りは暗がりに包まれつつあった。
だが、月が明るく、歩くのに不自由は無かったし、夜目が効くように作られている兵士にとっては、景色を眺めるのにも不便は無かった。
兵士は物珍しそうに、滅び去った世界を歩いていく。
やがて、大きな通りと通りが交差していた場所に出た。
やはりそこも瓦礫の山である事には変わりが無かったが、兵士は何かに気付いて歩みを止める。
素早く小銃を構えようとして、やめた。
ただ、いつでも構えられる様にはして、兵士は自身が発見した[それ]に近づいていく。
十字路の真ん中に、誰かが立っていた。
黒っぽい色をした、煤けた外套を身にまとっている。
フードを目深に被っているため顔はよく見えなかったが、背格好は兵士と同じくらいか少し背が高く、布の隙間から長く伸ばしているらしい髪の毛が見える。
その[誰か]は、足音で兵士の存在に気付いた。
慌てた様に兵士の方を振り向くと、一瞬驚きに相貌を見開き、それから警戒する様に視線を鋭くする。
外套からわずかに見て取れる体の細さと、顔立ちから、その誰かは男性ではなく女性らしかった。
年頃は兵士の外見と同じぐらいで、十代の半ばほどの少女に見える。
「誰? 」
外套を身に着けた少女は、詰問する様に厳しい口調で言った。
「私は、[
君、[防人]を知らないの? 」
兵士はそう答えると、逆に問い掛ける。
「ねぇ、君。
君こそ、誰なの?人間さん? 」
少女は答えなかった。
ただ、鋭く細めた双眸で、考えを見透かそうとする様に兵士を眺めている。
「人間さんは、[シェルター]から、来たんでしょ? 」
兵士は再び尋ねたが、少女はやはり、答えない。
「迷ったのなら、[シェルター]まで送ろうか? 」
またしても返事はなかった。
兵士は、少女の扱いにすっかり困ってしまった。
彼女の任務は、[シェルター]を防衛する事だ。
何故そうする必要があるのかと言えば、人間の生き残りを守るという使命を与えられているためだ。
[シェルター]とはその名前の通り、破壊しつくされた地上から避難した人々の避難所であり、現在唯一とされる人類の都市であり、最後の砦だとされている。
その場所が破壊されるという事は、人類の完全な消滅を維持していた。
だから、守らなければならない。
絶対に。
そのために作られた[防人]は、その最後の一人になるまで戦うことが義務付けられている。
[シェルター]を、人間を守るのが兵士の役割だとすれば、目の前にいる少女も当然、保護するべき対象に含まれるはずだった。
どこからどう見ても人間だったからだ。
だが肝心の少女は、兵士に助けを求めようとする様子を微塵も持たない。
今のところ、兵士と敵対する様子も無かったが、その可能性も排除できないほど、なんだか険悪な雰囲気でさえある。
とにかく、少女と話せなければ身動きができない。
兵士は無言で睨みつけてくる少女に気圧されながらも、さらに言葉を投げかけた。
「えっと・・・、人間さんは、そこで何をしているの? 」
兵士への警戒を解いたわけでは無かったが、やっと、少女は答えた。
「待っているの」
「待っているって、何を? 」
「自分が、———終わるのを」
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