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「夏季大会も近いのに休むなんて、何言ってんだ」
その通りで、予想通りだ。予想通りすぎて逆に予想していなかったので、答えに窮する。
しかし——鈴木先生は、少しの間を置いてからフフッと失笑した。
「なんて、な。安心したよ」
ん、んん、と見つめ返す。安心? 安心とはどういうことだろう。
私の視線に応えるように、先生は目尻を下げた。
「お前、久原に負けたあとも平然としてただろ? 死んでるのかと思ったよ」
平然と——? 死んでる——?
「要するに、負けて悔しくないのかって話だよ。で、やっぱ強くなりたいんだろ?」
頷く。でも、
「でも、強くなるやり方が……まあ、それも、考えたい、と、思ってるとこなんですけど……」
私を信頼したような鈴木先生の表情に、買いかぶりすぎなんじゃないかと怖くなって語尾を後退させる。
すると先生は「丁度いい」と言って、夏季大会のドローの下に重ねてあったもう一枚のドローを見せてきた。
「……地区、学生、バドミントン選手権大会」
「そう。これ、大学生の大会。今やってる」
「……それって高校生も出られるんですか?」
「出られるわけないだろばか」
ドローでしばかれるんじゃないかと身構えるがそんなことはなかった。
「見学してこい。ラケット持ってな」
「わかりました」
さっそく立ち上がろうとしたら、肩を掴まれて座らされた。
「っと、大事なのは自分で探してみることだ。お前が強くなれる『正解』は私が今すぐ教えてやれないこともないが、自分で見つけた方が強くなれる。そう信じて見てこい」
「……はい」
見つけようと思って見つけられるものだろうか。いざ不安が襲ってきた背中を、先生の声が押す。
「夏季大会までには帰ってこいよ」
◆
自転車で50分、汗だくで辿り着いた広い体育館の中はクーラーが利いていた。
「修光大学! カトウ・ウエハラ頑張れ!」
「ガンバレ!」「ガンバレ!」「ガンバレ!」「ガンバレ!」
「いっけー行け行け行け行けヤマダ!」
「おっせー押せ押せ押せ押せカヤノ!」
うるっせえ! 建物が揺れるほどのうるさい声で、息継ぎもなしに応援の掛け声が響いている。
その真剣な熱気とは裏腹に、観客席の通路には金髪の選手がサンダルでうろうろしていたり、隅の方でうちわ片手に寝転がっている人もいる。
熱気と自由。いかにも大学生らしい空気感で、自分の高校生然としてよれたジャージが居心地を悪くする。
さっきの鈴木先生の態度も引っかかっている。先生があんなに柔和な表情で話すのは授業中と休み時間以外で見たことがない。要するにバド部員の前ではいつも眉間にしわが寄っている人なので、なんだか薄気味悪かった。まあ、かといって睨まれたり怒鳴られたりしたかったわけではないけど。
観客席の上の方の適当な場所からコートを眺めると、どうやら団体戦のダブルスが白熱しているようだった。2セット目の20-19。放たれたサーブは日和った高度ながらも叩かれるには至らず、ドライブ合戦になる。サイドストロークではなく頭の上で打つオーバーヘッドでドライブを打つので球威が半端ではない。19の方がリスクを恐れて奥に上げると、20の方も打ち急がずクリアする。そして、19がストレートに連続でスマッシュを打って徐々に前へ詰めていき、ペアも後衛に道を譲りつつクロスを潰そうと立ち位置をずらした、その時だった。
「うおっ……」
時間が止まった。
20の方が正面に来たスマッシュをフォアのオーバーヘッドで取り、しかも手首を外側に寝かせてクロスのロングリターンで返したのだ。
2枚とも前に詰めていた19のペアは一瞬で凍り付いたように足が止まり、シャトルがコートの隅に虚しい音を響かせてゲームセットとなった。
「……エグい」
思わず声が出る。
前に詰めながらのスマッシュなんて私なら短くしか返せないし、ネットから浮かないようにするので精一杯だ。それをクロスにロングレシーブしてしまうなんて。意表を突かれて足が止まるのも当然だった。
しかしただ予想外の球を打ったわけではなく、2人がいない場所、がら空きの部分を狙ったという点では至極真っ当な配球でもある。
ぴりっとこめかみが焼け付くような感覚。単純なことなのに今やっと気付かされる悔しさは、久原に説教されたときを思い出した。
大学生のレベルの高さに舌を巻いているうちにダブルスが終わり、シングルスが始まる。その時コードサイドに現れた、金髪で青いユニフォームの女性に見覚えがあるように思えて目を凝らす。
ラケットを脚に挟み、肩より長い髪を後ろに結ぶ動きで確信した。
——
いつか憧れたその姿に、私が今ここにいる理由がきれいに重なった。
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