聖剣を無くしました。そして、スライムと出会いました。
六山葵
プロローグ
第1話
「そなたこそが勇者だ。さぁ。どうか魔王軍を倒してきてくれ」
群衆が歓声を上げる。国王のその言葉に一人の青年が立ち上がった。
彼の名前はアーサー。伝説の聖剣を抜いた勇者である。
♢
王都カンダルを旅立って数時間。カンダルから魔王軍のいる最前線へ向かうまでの最初の難関地ルナス森林にアーサーはいた。
抜いた聖剣を振り上げる。そして勢いよく、殺意を込めて振り下ろした。大きな岩に向けて。
「何が勇者だ、バカ野郎! あんなに大勢の前で、しかも国王から命令されたら断れるわけないだろう!」
怒りに満ちたその声は森の木々に反響する。
剣が岩を切り裂き、真っ二つに割れた。その威力は凄まじかったが怒りに我を忘れるアーサーの目には入っていなかった。
彼が聖剣を抜いたのはほんの数日前のことである。
聖剣はもともと前の世代の勇者が持っていたもので魔王との死闘の末敗れた勇者が剣を魔王に奪われるのを防ぐべく自らの命と生き代えに封印したらしい。
蒼く輝く不思議な岩に刺さったその剣を抜いたものこそ新たな勇者となる。そんな伝説が国中に広まっていた。
聖剣は刺さった岩ごと全国各地を回り、各地の屈強な猛者たちが引き抜こうとしたがビクともせず、流れに流れてとうとう辺境のアーサーの村までやって来たのだ。
「だいたい、トーニカが悪いんだ。『アーサーには抜けっこない』なんて揶揄うから……」
トーニカは村の女の子でアーサーは彼女に馬鹿にされ、むきになって挑戦したに過ぎない。
聖剣がアーサーの村にたどり着くころには「誰が聖剣を引き抜けるか」を本気で試すような者はおらず、半ばお祭り気分になっていた。誰もアーサーが引き抜けるとは思っていなかったが彼は軽々と聖剣を引き抜き、見ていた者たちを驚かせた。
始めは、単純に気分が良かった。
騎士に城まで連れていかれ、まるで貴族のような服と豪華な食事を与えられた。
しかし、それは国の策略でもあった。
アーサーにいい思いをさせ、自分が勇者だと認めさせる。その策略にまんまとアーサーがハマると有無を言わせぬ速度で魔王軍出立のための旅に送り出されてしまった。
「ただの村人の僕にどうしろっていうんだ。こっちは魔物と戦ったことはおろか見たこともないんだぞ!」
アーサーの悲痛な叫びはなおも続く。その背後に彼を狙う魔物がいることにも気づかずに。
茂みから一羽の黒い鳥が飛び出した。
恐ろしい速さでアーサーに近づくと長い爪をたてて獲物を狙う。
「あっ」
気づいた時にはもう遅い。鳥はアーサーが手にしていた聖剣を掴み、頭上に飛び上がる。
「嘘だろ」
自分の身の安全よりも聖剣を取られたことに顔を青くする。
聖剣がなければアーサーはただの人。それに、内心考えていた「聖剣を王都に返して逃げ出す」という作戦も取れなくなってしまう。
「待てこらバカ鳥」
アーサーは黒い鳥を追いかけた。森の中からでは空を自由に飛び回る鳥を常に補足しておくのは難しい。鳥はすぐに木々に隠れて見えなくなってしまった。
「……まずい」
繰り返すが聖剣がなければ彼はただの人である。
鳥は小動物のように思えるがその力はまさしく魔物。本来ならば人が容易に太刀打ちできる存在ではない。
旅を初めて数時間。アーサーの旅路は早くも詰みかけていた。
ほとんど勘に頼りながら、それでも懸命に鳥の跡を追いかけて完全に見失ったと確信を持ってからアーサーはその場に倒れこむように跪いた。
「終わった……。完全に」
そんな泣き言が漏れ出てしまう。
剣なしではこの森を抜けることさえできないだろう。
なぜもっと警戒していなかったのか。そう自分を責め続けるが、その答えもまた「アーサーに戦いの経験がないから」としか言いようがない。
再び彼の後ろで物音がした。茂みをかき分けるガサガサという音だ。
二回目だからか、それとも剣を無くしてより一層身の危険を察知する能力が高まったからなのか、今度は茂みから何かが飛び出してくる前に警戒態勢をとる。
音は確実に近づいてきている。もしかすると向こうはもうこちらに気づいているのかもしれない。
「逃げなきゃ」とアーサーは思ったが、もう遅い。音の正体は目の前まで迫っていた。
「よう」
現れた丸い物体は気さくにそう語りかけて来た。
アーサーは耳を疑い、それからもう一度その物体をよく見た。
魔物に疎いアーサーでもさすがに知っている。もっとも倒しやすいと有名なスライムだった。
問題なのはそのスライムが言葉を発したこと。
弱肉強食の枠から外れ、生きるためでも食欲を満たすためでもなく人間を襲う獣、それが「魔物」である。
当然人の言葉を喋ることはない。故に、アーサーははっきりと聞こえたその言葉を一度無視した。
恐怖のあまり幻聴が聞こえただけだと無理矢理理由をつけて。
そしてスライム程度ならば自分でも倒せるはずだと震える身体を虚勢で無理やり動かして近くに落ちていた木の棒を拾い、振り上げた。
「待て待て待て。挨拶してんだから攻撃すんな! それとも言葉が通じないほどの野蛮人なのか?」
今度こそ、間違いなく、目の前のスライムはアーサーに向けて語り掛けていた。
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