第26話 父の痕跡を追う
洞窟の奥へと進む俺たちの足音だけが響いていた。魔物との戦いが終わり、影の人物も消えたが、緊張は解けなかった。エクリプスの剣を握る手にはまだ微かな震えが残っている。
「ルシエル……本当に大丈夫?」
アリシアが心配そうに俺を見つめる。
「平気だ。休むほどの余裕はないだろ」
そう言ったものの、体の内側から何かが蝕む感覚が消えない。剣の力を引き出すたびに、呪いは俺を深く締めつける。それでも、ここで立ち止まるわけにはいかなかった。
「それにしても、さっきの奴……結局何者だったんだ?」
グラントが苛立たしげに呟く。
「観察者を名乗っていたけど、敵なのか、それとも……」
アリシアも考え込むように眉を寄せる。
「どちらにせよ、放っておくわけにはいかない。エクリプスに何か関係があるなら、なおさらな」
俺は剣を見つめながら呟いた。あの人物の言葉——「いずれお前を滅ぼす」——その響きが、頭の奥にこびりついて離れない。
洞窟の中を進むにつれ、空気が変わっていくのを感じた。魔力がますます濃くなり、視界を歪ませるような紫の靄が広がっている。
「……これはただの魔力じゃないわ」
アリシアが慎重に杖を掲げ、周囲を探る。
「どういうことだ?」
グラントが尋ねる。
「魔力だけじゃなく、何かの意志が混ざってる……まるで、ここそのものが生きてるみたい」
アリシアの言葉に、俺は僅かに眉をひそめた。確かに、この異様な圧力は、まるで何かに見られているような不快感を伴っていた。
「進むぞ。慎重にな」
俺たちは気を引き締めながら、さらに奥へと足を踏み入れた。
そして——
「ようやく来たか」
低く響く声が、洞窟内にこだました。
俺たちは即座に構えた。声の主は、洞窟の奥にそびえる祭壇の前に立っていた。
黒い鎧をまとい、その背には巨大な刃を背負った男。
「……誰だ?」
俺が問いかけると、その男はゆっくりと顔を上げた。
「……ルシエル、か」
俺は息を呑んだ。
「なぜ、俺の名を……」
「当然だ。お前の父——アークの名を知らぬ者など、この場所にはいない」
父の名——アーク。
その名を聞いた途端、全身の血が逆流するような感覚に襲われた。
「父を知っているのか!?」
俺は思わず男へと踏み出した。だが、アリシアが腕を掴み、俺を止める。
「ルシエル、落ち着いて! まだ敵か味方かもわからない!」
「ふん……」
男は俺たちを見下ろすようにしながら、小さく笑った。
「お前の父は、ここで何をしていたと思う?」
俺は息を呑んだ。
「……まさか……」
「そうだ。アークは、この裂け目の奥に眠る”何か”を封印しようとしていた。そして……そのために命を落とした」
男の言葉が、心の奥底に突き刺さる。
「嘘だ……父は……!」
ずっと行方不明だった父。俺はどこかで、まだ生きていると信じていた。だが——
「信じるかどうかはお前次第だ」
男はゆっくりと剣を引き抜いた。
「だが、アークの遺志を継ぐならば——お前には証明する義務がある」
次の瞬間、彼の剣が闇の波動を纏い、一閃した。
「来い、ルシエル! お前の力を試させてもらう!」
戦いが始まった。
俺はエクリプスを構え、一気に駆け出した。
「はあああっ!」
剣を振るうが、男はそれを軽く受け流す。
「その程度か?」
「くそっ……!」
俺の攻撃はことごとく弾かれる。まるで、すべての動きを見透かされているようだった。
「まだまだ……!!」
俺は渾身の一撃を放った。剣が黒炎を纏い、轟音とともに男へと向かう——
だが、
ゴッ!
「ぐっ……!!」
一瞬でカウンターを喰らい、俺は地面に叩きつけられた。
「ルシエル!!」
アリシアの声が聞こえる。
「まだ終わりではないぞ」
男がゆっくりと歩み寄る。
俺は……負けるのか? こんなところで——
「……まだだ」
俺は再び剣を握りしめ、立ち上がった。
「お前が父を知っているなら……俺は証明する。俺が、この力を受け継ぐ者だと!」
エクリプスの剣が輝く。
——俺は、父の遺志を継ぐ!
試練の終わり、そして——
戦いは続いた。
そして、俺はついに——
「……フッ」
男は剣を収め、微笑んだ。
「悪くない。やはり、お前はアークの息子だ」
そう言いながら、彼は俺に何かを手渡した。
それは、父の剣の破片だった。
「これは……?」
「アークの最後の証だ。これを持って進め。お前の道は、まだ終わっていない」
そう言い残し、男は静かに姿を消した。
俺は剣の破片を握りしめる。
「父さん……」
まだ、父のすべてを知ったわけじゃない。だが、確かに俺は、一歩前へ進んだ。
「行こう、ルシエル」
アリシアがそっと微笑む。
「ああ……」
俺たちは、裂け目の奥へと進んでいった。
——父の痕跡を追って。
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