第38話 樹海の恵み

 キーキー、ギャアギャアとサルや鳥、虫等の野生動物の声が騒がしい。リープソーが辺りを警戒し耳をピンと立てて忙しなく動かす。愛馬が立派な木の根に躓かないよう、先導し手綱を引いてゆっくり進む。

 ノーカとしては、子供の頃に遊び回った庭だ。家族に無断で泊まり込み、何度も怒られた思い出のある土地。一人だけなら、この鬱蒼とした樹海の中も風のように駆け抜け、早くエルフの里へ着けるのだけれど、急ぐ旅でもないし、なるべくなら怒られるのは先延ばしにしたい極めて個人的な理由もあって、淑女を舞踏会にエスコートするかの如く丁寧にリープソーを気遣いながら歩く。


 携帯食料は持ってきているが、豊かな森だ、食べ物はそこら中に生えている。

 例えば、あちこちでモサモサと旺盛に茂るシダ植物の中心、クルンと先が丸まった、子供の腕程もある太い新芽。生で食べると、程よい酸味と粘り気にエグみがあり、火を通せば酸味が無くなりホクホクねっとりとした食感にジャガイモの青いところを凝縮したエグみが際立つ。

 例えば、大木を覆うように生える鮮やかな緑色の苔植物の中に生えるクリーム色のキノコは、火を通すとプリプリ食感にビリリとした刺激に舌と喉が麻痺して一時的に感覚がなくなる。

 例えば、見上げる大木が落とすドングリのような木の実は、炒って食べるとカリッとして柔らかいナッツの香ばしさとほんのりした甘さにパンチの効いた苦味がある。

 例えば、その大木に絡みつく太い蔓に大きな葉を持つ蔓植物の、人頭くらいある実は若いうちは緑色をしていて固くて渋いが、熟すと夏の夕焼けを思わせるオレンジ色になりトロトロジューシーで濃厚な甘さに口の中がギシギシする渋さ。この蔓植物は蔓も葉も食べられ、大きな葉は瑞々しい青い香りに噛みごたえ抜群のゴワゴワ食感、蔓はシャキシャキで薬草をそのまま食べた香りがする。


 食わなければ死ぬ、という緊急事態以外に食べたいとは思わない。


 神代の樹海の入り口付近は、あまりエルフも巡回していない。何しろ、海の如く深く広い樹海だ、その奥深くに住むエルフがここまで来るのは稀。樹海の中を見回ってはいるが、遠く離れたここを警戒する必要はあまりない。

 人間たちがいう、神代の樹海でエルフに遭遇しただの、助けられただのの話は、たまたま入り口にまで来ていたエルフに出会った幸運。奇跡のような確率だからこそ、伝説として語られる。エルフが人間に化けて町に出没する、という噂はあくまでただの噂話。

 容姿の優れた旅人が、人間に擬態したエルフに間違えられたのだろう。エルフたちはこの広大な樹海の外へ出ないのだから。

 ノーカのような変わり者以外は。

 自由奔放な彼の振る舞いは、人型に近い妖精のことを全てエルフと呼んでいた時代、原始の妖精エルフらしく、エルフらしいといえばらしいのだけれど。


 警戒しっぱなしのリープソーの気を紛らす為に、町で買った角砂糖や岩塩をおやつに与えつつゆっくり進み、夜には野営をし、持ち込んだ携帯食料を食べ、夜行性の肉食獣に臭いで気付かれないようにノーカとリープソーをまるっと浄化魔法で綺麗にしてから休む。

 朝は服を脱ぎ、魔法薬を染み込ませた布で、髪も顔も全身くまなく拭く。特に足は入念に。もちろん、リープソーも。


 神代の樹海でも、何事もなく旅は順調だ。

 時折、リープソーを狙って襲いかかってきたトラの横っ面をぶん殴って吹っ飛ばし、失神したトラを放置して、進む。


 時折、リープソーを狙って襲いかかってきたオオカミの群れのリーダーの腹を蹴っては、タイミングと当たりどころがよかったのかポーンと面白いくらいに弧を描いて綺麗に飛んで樹海に消えていき、残った群れは恐れをなして退散していくオオカミたちを見送っては、進む。


 時折、仁王立ちで威嚇してきたクマに、周りの大木に負けて巨木になれず枯れたそこそこの太さの倒木を拾いブンブン風を切って回し華麗な棒術を披露して威嚇し返し、踵を返しで逃げていくクマの尻を眺めては、進む。

 流石に倒木振り回したのは疲れたなと腕を回してストレッチ。腰にさしている剣も忘れず使い食料となる肉の解体にして、何事もなく旅はすこぶる順調だ。 

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