手がかり
大鳥居に向かう道中で遭遇したシノノメから「ツラを貸せ」と凄まれたユメビシとヨミト。
しかし彼女が進もうとする方角は、二人が今しがた通ってきた山道。
つまり本来の目的地とは、真逆にあたる。
戸惑うユメビシをよそに、シノノメをひらりと躱そうとしたヨミトだったが、即座に突き出された彼女の腕に絡め取られ、半ば引きづられように連行されていく。
首元をがっしりとホールドされ、「あ〜〜〜」と情けない声を出すも無抵抗なヨミトの姿に、ユメビシは驚くばかりであった。
それどころか、常に周りを振りまわしている男が反撃出来ないさまに、感動すら覚える始末だ。
ユメビシの中でも早々に『逆らわない方が良い人物』として、シノノメが位置づけられた瞬間である。
そのピンと伸び、堂々とした背中にどこか眩しさを感じながら。
見失わないよう、黙ってついていくことに専念した。
***
「……と、そんな具合でアリマ達に指示は出してある。で、君がそのユメビシ君だったと」
「は、はい」
足を止めず、シノノメは移動しながらここに至る経緯を端的に告げた。
巷で猛威を振るっている、通称人喰い箱の存在。
それを偶然にも入手していたオリィが入島し、よりにもよって俺と接触した反動で吹っ飛び、落としてきてしまったとの事。
これまでの傾向からいくと、箱が人を襲うのは夜のため、被害はまだ出ていないはずなのだとか。
ただ一つ気がかりなのは、チナリの行方が分かっておらず、また箱が落ちてると推測される地点は、彼女がよく通る路地でもあるらしい。
「にしてもあんたがいながら、異変に気づかなかったわけ?」
「すまないね。今の話を聞いて『あぁ、言われてみれば』くらいの違和感さ。ほら彼女達って、職業柄ああいうの多く扱ってるから、気配からじゃ分からないんだよ。枝を隠すなら森の中、みたいにね」
シノノメの僅かに怒気をはらんだ物言いに全く動じないヨミトは、普段と変わらない調子で答える。
この二人を責めてもしょうがないことは、シノノメとて重々分かっていながらも、言わずにはいられない程、彼女から余裕は奪われていた。
そんな自分に嫌気がさし、つい自然に舌を打ってしまうが、ふと、申し訳なさそうに目を伏せている青年の
(あー、確かトオツグが……なんか言ってたな。なんだっけか? ガッツがあるとか、そんな感じのこと)
広義で捉えればそんな感じだったろうと割り切り、ならば少しでも戦力はあるに限るな、と方針を固めた。
何より、オリィと接触した当事者なら、より正確な場所もわかっているはず。
シノノメ自身、普段は鞠月神社にこもっている為、島への訪問は久方ぶりなのだ。
地図で確認したとはいえ、やはり心許なかったためにヨミトを引っ張ってきた訳だが、戦力としての期待値は野良猫以下。
「ヨミト。あんたはそれ持って傘ザクラへ。こっちの彼は借りて行くから」
シノノメはようやく足を止めると、持っていたを赤いファイルをヨミトに押し付け、空いた手でユメビシの肩を自身の方へ引き寄せた。
前方に広がるのは、分かれ道。
左に進めば傘ザクラに、右に進めば街に出る寸法だ。
「かまわないよ。これは……あぁ、なるほど捜査書類かな」
「そう、アリマ達と共有して。んじゃ、最短で神域を抜けるから、ユメビシはしっかり着いてくること」
自分より少し背の低い青年を見下ろせば、呆気に取られたような丸い瞳と視線が交わる。
最後に一言「行くぞ」と発し、後はひたすら前を見据えて山中を駆けていった。
***
「この通りで間違いないか?」
「……そう、ですけど……」
あれからシノノメは宣言通りに、無駄の一切ない順路で、先刻の大通りまで移動した。
実際は無駄がなさすぎて、かなり無茶な道中を軽やかに乗り越えていくもんだから、着いていく方は生きた心地がしなかったのだ。
そんな肩で息をする俺とは対照的に、彼女は会った時と変わらない凛々しさを保ったまま。
髪の乱れも、汗の一粒も見受けられない。
「ご苦労様、と言ってあげたいけど、仕事はここから。具体的にはどのあたり?」
「あそこの、店……の前で」
「ちょうど、あららぎ通りの手前か……ん? あれは」
店の脇に続く、少し奥まった路地裏で、見覚えのある姿の人影が佇んでいた。
肩より上で切り揃えられた短い髪型の主――ホマロは、シノノメの声に振り返り、少し驚いたような表情を浮かべる。
「二人、一緒だったんですね。シノさんこれ……チナリの物じゃないかって」
ホマロの掌に乗せられていたのは、小さな銀色の花が付いたペンダント。
普段からチナリが肌身離さず身につけている、彼女にとっては命より大事にしている物だ。
しかしこのペンダントの存在は、ごく限られた人物しか認知してない。
「……これをどこで?」
「あそこの植木鉢に、引っかかっていたんです」
――それは不自然だ。
シノノメが即座にそう思えたのは、このペンダントに関する因縁を誰よりも知っているからに他ならない。
チナリ自らこれを手放すことは絶対あり得ない、という確信。
だからこそ考えられる可能性――このペンダントの存在こそが、答えを指し示している。
現場は間違いなくここであり、必ず彼女は近くにいるのだと。
「三人とも、気をつけろ! その周辺、黒い煙が立ちこめてる……!」
ホマロの片耳に付けられた無線機から、アリマの慌てた声が響く。
現地にいる三人よりも早く、その異変に気づいたのは、皮肉にも遠く離れた場所から覗いていた二人。
それもそのはずで、ユメビシ達はすでに、敵の術中にはまっていたのだから――。
現地組の周辺にその異常が浸透するまで、さほど時間はかからなかった。
周囲の景色を不明瞭にするほど濃い煙は、その見た目に反して軽く、甘い香りを漂わせる。
しかし、現状それだけであり、身に迫る危険性は低いように思えていた。
……一名を除いて。
「……二人には、何も聞こえない?」
ポロリとこぼされた問いは、あまりに覇気がなく、まるで独り言のように周囲に溶けていった。
通常時の彼女らしからぬ声音に、ユメビシどころか、ホマロさえも呆気に取られてしまう。
「何か……かすかに引きずる様な音はしますけど」
「そうなのか……? 俺には、全然」
二人の反応を以て、シノノメの抱いた疑問は一つの確信を得た。
なるほど……こうやって捕食対象を誘き寄せていたのか、と。
薄ら笑を浮かべながら、上空を仰ぎ見る。
当然何も見えないが、律儀にも、ほぼ完璧に近い声音が反響し降ってくる。
『……ねえ? どこにいるの、もう一度……会いたい』
急速に心が覚めていく。
今自分にだけ聞こえているこの声は――侮辱に等しい、ただの雑音だ。
『たくさん、謝りたいことがあるの。あの時は言えなかったこと、今なら……』
しかし何より許せないのは、その声を、
――心底胸糞悪い。
『×××××、』
「……解釈違いなんだよ。その声の主は、そんな素直な言葉を吐かない。愛情表現のレパートリーが少ないね、お前」
シノノメをターゲットとし、執拗に語りかけていた声の主は、まさかダメ出しされるとは思ってなかったらしく、次の台詞に詰まった。
さらに「もういいよ、黙れ」と拒絶されるとは、夢にも思ってなかったどころか、初めてだったのかもしれない。
明らかに狼狽えている声の発信源に対して、シノノメは畳み掛ける。
「調子に乗って喋りすぎたのが仇になったな? 丸見えなんだよ、バカでかい図体が!」
シノノメが『見えてるぞ』と宣言し視線が交わった瞬間、煙は効力を失ったかの様に薄くなり、彼女が対峙してる『なにか』を明るみにさせた。
それは同時に人喰い箱の正体に直結する。
「グギィャアアアアアアアアア」
――貝だ。
それもユメビシとほぼ同じ高さを誇る、超巨大な図体。
ゴツゴツした表面は岩肌を連想させ、所々筋の様なものが全身に伸びている。
トク、トクと規則的に動いていることからも、恐らくは脈なのだろう。
それはこの奇怪な存在が、生き物であると証拠づけるものとなってしまった。
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