第14話 絶対に認めたくなかった。



「――嘘だ。僕は絶対信じないぞ………⁉」



 僕と遠田はレモン先輩に連れられて、学校のグラウンド付近を周り、カラスがいそうな木を重点的に探していた。


 僕は木の頂上付近に留まっている生き物を見て、驚愕きょうがくに自分の目を疑う。


 校舎付近にあるウサギ小屋の横、学校のシンボルとも言える大きなクスノキの上。



――普通にカラスがいた。



「…………いやあ。まさかこんなに早く見つかるとはなぁ」


 遠田がしみじみとした口調で、頭の後ろに腕を組みながらクスノキを見上げる。


 茶色くデコボコとした表面に、大人2人が腕を広げてやっと囲い込めるくらいの太い幹。そこから幾度も分かれて伸びる木の枝には、光沢のある深い緑の葉と、少し枯れた赤茶色の葉が何枚も付いていた。


 葉に隠れて全容は見えないが、頂上付近で休んでいる1羽の鳥は、全身真っ黒の姿から分かる通り、どう考えてもカラスに違いないだろう。


 カラスに違いないのだが…………


「――いや、いくらなんでも見つかるのが早すぎやしないか⁉ まだ探し始めて5分も経っていないんだぞ⁉」


 正直言って僕は、カラスが見つかる可能性は低いと考えていた。


 確かに学校の近くでカラスを見かけたことは何回もあるが、あんな非合理的な推理をしたあと、この場にカラスがいるのは都合がよすぎる。


 それに、入れた覚えのないカラスの羽が、鈴木さんのカバンに入っている時点でおかしいのだ。


 いくらカラスが光る物が好きだといっても、わざわざ教室の中に入ってチョコレートの袋を盗んでいったというのは、筋道が通っていない。


 なぜなら、感染症予防のため窓が開いている教室は、僕たち1年5組の教室の他にもたくさんあるからだ。


 数ある教室の中で、なぜカラスは1年5組の教室を選んで入ってきたのか。


 それを証明しない限り、教室にカラスがいたというのが本当だとしても、推理は不合理で無理のあるものになってしまう。


「…………」


――だが、レモン先輩の後ろについていくだけで、カラスを見つけることができたのもまた事実だ。


 もしかしたらレモン先輩は、僕には考え付かない方法で、カラスがここにいるのを推理したのかもしれない。


 僕はそんなことを考えながら、レモン先輩のほうに顔を向ける。


「……これでよしっ! ――名付けて、カラスほいほいマシーン‼」


 レモン先輩は木から少し離れた場所で、満足げな表情のまま額の汗をぬぐっていた。


 その足元には、竹を編んで作られた大きめのザル。木の枝をつっかえ棒にし、紐を引っ張ってザルの中に閉じ込める、超古典的な罠である。



「「…………」」


 僕と遠田は、『あいつはもう助からねえ…………』という哀れな目で、迷探偵を見つめる。


――なあ遠田。あんな罠でカラスが捕まるわけないよな。

――そうだな和戸。ていうかあのザル、どっから持って来たんだよ。


 謎の友情パワーを駆使くしして、テレパシーを交換し合う僕と遠田。


 ツッコみたいのはやまやまだが、アレに反応してしまえば、『――よくぞ聞いてくれました!』と、先輩がキラキラした目でバカげた解説を披露ひろうしてくる未来が見える。


 どう反応すべきか迷っていると、レモン先輩が探偵帽子の中から、金属製の缶を取り出した。


「――罠のエサはこれでいいよね。私なら絶対引っかかるもん」


 そんなことを言いながら、ザルの下にバラバラとくレモン先輩。


「ふふーん♪ いつ引っかかるかなー♪」


 ニコニコ顔でちょこんと体育座りをして、レモン先輩は罠の紐の先を握る。


 そのとき、僕は完全に理解した。


――運だ…………。こいつ、絶対に運だけでカラスを見つけてやがる……!



「――い、いやだ。こんな運だけの迷探偵、僕は絶対に認めたくない……! こんなアホな奴が、推理でカラスを見つけたはずがない……ッ‼」


 あまりの拒絶反応に体をガタガタと震わせていると、遠田が助け舟を出してくれた。


「いや、待て和戸。都合よく学校の木にカラスがいたからと言って、俺のチョコレートを盗んだカラスとは限らないだろ」


――ふむ。確かに。


「……すまない遠田、少しでもレモン先輩の推理が当たっていると勘違いして、僕としたことが取り乱してしまったようだ……」


 遠田の言う通り、このカラスが遠田のチョコレートを盗んだ犯人とは限らない。


 今のアホなレモン先輩が完璧な推理を披露して、遠田のチョコレートを盗んだ犯人を当てる確率など、ほぼゼロに等しいと助手の僕が断言できる。


 そんな奇跡に近いこと、いくらなんでも現実で起こるわけがないのだ。


 ……ふう。焦って損したぜ。


 僕はホッと息を吐いてから、改めてカラスの姿を観察する。



「…………」



――カラスが銀色の袋をくわえていた。



「もうレモン先輩の推理を認めるしかないじゃないかッッ‼」


 僕は地面に膝を付き、そのまま両拳をダンっとグランドの砂に打ち付ける。


「――⁉ いや、逆になんでお前はそこまでして、キラレさんの推理を認めたくねえんだよ⁉ 見つかったら見つかったで結果オーライだろ⁉」


 遠田がバカなことを言ってきたので、僕はガッと目を見開いて、その肩に勢いよく両手を置いた。


「僕が見たいのはあんなこじつけの屁理屈推理へりくつすいりじゃなくて、筋道が通った理路整然りろせいぜんとした推理なんだあああああ‼‼ 冷静沈着な名探偵に憧れた僕の気持ちがお前に分かるかあああああああ‼⁉」


「…………い、いやまあ。名探偵のカッコいい推理を見たい和戸の気持ちは、俺にも分からなくはねえけど……」


 呆れたように目を細める遠田の横で、僕は頭を抱えて苦悩する。


――い、いやだ……! 絶対に認めたくない‼


 あんな反復横跳びサングラス野郎になり果ててしまった、今のレモン先輩の推理を認めたくないっ……!


 そこまで考えたところで、僕は恐るべき衝撃の事実に気付く。


 …………待てよ?


 この推理が正しいということは、さっき椿さんの持ち物検査をしたとき、レモン先輩が言っていた――


『なぞなぞは頭の体操にもなるし、語彙力のパワーアップや論理的な考え方を身に着けることができる、とっても素晴らしいものなんだよ?』


――という言葉が、本当だという証明になってしまうのではないか。



 ……バ、バカな⁉ レモン先輩のなぞなぞ最強理論が真実だというのか⁉


 教育番組のなぞなぞコーナーを見るだけで、本当に頭がよくなると⁉


 白猫ナーナーのグッズをいまだに集めている、あのレモン先輩が正しい……だと?


 認められない事実を前に、ワナワナと両手を震わせる僕。

 すると、レモン先輩がにんまりとした不敵な笑みを浮かべながら、僕の背後にゆっくりと近づいて来た。


「――ふっふっふ。やっぱり、私の推理は正しかったようだね……!」


 レモン先輩も、カラスが銀色の袋を持っていることに気が付いたのだろう。


 ……これは助手の僕じゃなくても分かる。先輩は今、推理が当たって完全に調子に乗っている。


「――なあ和戸。お前今一瞬だけ、例えようもないくらい悔しそうな顔してたけど……」


 マズい。


「いや、それは絶対にお前の見間違えだな。それに、さっきのは少し取り乱しただけだ。よくよく考えてみれば、そこまで気にするようなことじゃないしな。これは僕にとって、とても些細なことだということに気付いたよ」


「そうなのか?」


「ああ。いいか遠田、よく聞けよ――」


 確かに、得意になっているレモン先輩を見ると、何かに負けた気がして少し悔しい気持ちになるかもしれない。


 だけど、別にそこまで気にするようなことでもないと思わないか? 


 簡単に言えば、たまたま難しいクイズを解いた小学生が、少し得意気になっているようなものじゃないか。そう思えばかわいく思えてくる。別に悔しくもなんともない。


 そう。こんなちんちくりんになってしまった迷探偵に、助手の僕が解けなかった事件を解決されたとしても、別に何も悔しくなんかないんだ。


 僕の考えが理解できたか、遠田。


「――クソオおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお‼‼」


「いや、本音と建前が逆になるくらい悔しがってるじゃねえか⁉」


 ドン引きする遠田の横で、僕はギリギリと歯を食いしばる。


――くっ。こうなったら、レモン先輩のナゾナゾ最強理論を根本から否定するしかない。


 レモン先輩を小学生たらしめているナゾナゾを禁止させることで、少しでも昔のクールで頭脳明晰ずのうめいせきな先輩に戻すのだ。


 よし。そうと決まれば、まずはレモン先輩にナゾナゾを提供している、憎き教育番組の使徒を倒さねば…………!


 僕が白猫ナーナーのところに直接殴り込みをする計画を企てていると、何か引っかかることがあったのか、遠田が木の上を指差した。


「……なあキラレさん。カラスが持ってる銀色の袋とは別に、木の上になんか光ってる物が見えねぇか?」


「んー? ――あ、あの木の枝に引っかかてるやつだね!」


 レモン先輩は指で輪っかを作ると、それを望遠鏡に見立てて覗き込む。

 

「……うーん。太陽の光が反射してよく見えないけど、私にはなにか丸い物が引っかかっているように見えるよ?」


「ああ、俺にもそう見える。ちょうど野球ボールくらいの大きさに見えるな」


 遠田が言うと、レモン先輩は何かを思いだしたのか、ポンと両手を叩いた。


「――あっ! もしかしてあれって、鈴木さんが無くしちゃった水晶玉じゃない⁉」


「マジか⁉」


「やっぱり鈴木さんもの水晶玉も、いたずらカラスに盗まれちゃってたんだよ!」


「おおっ! すげえなキラレさん! まさか本当に推理を当てちまうとは……!」


「えへへ……。照れるなあ……」


 嬉しそうにはにかんで、少し赤くなったほっぺたを指先でかくレモン先輩。


――バ、バカな…………⁉ こんなことが現実にあっていいのか……⁉


 カラスの居場所を当てるだけでなく、鈴木さんの水晶玉を奪った犯人まで当てた…………だと?


 あ、あ。ああ。ア。


 ソんナこと、天地がヒックりかエってもアリエなイ…………!


 キョうハ、バレンタインデーぜンジツでハなク、エイプリルフールダッたノカ…………?

 

 コンナノゲンジツジャナイ…………コンナノ……ア、アガ、ガガガガ。


…………ア、ヴァ。アシタ、セカイホロブ…………ナゾナゾ…………ユルサナ…………イ。


――ガクッ。


「――でもよキラレさん、どうやってあのカラスを捕まえるんだ? 木の幹は太いし、掴む枝も上の方にあるから登れねえぞ?」


「だいじょぶだいじょぶ。――ここには私の有能な助手がいるんだよ?」


「ああ。そうか、こいつがいるもんな」


 レモン先輩と遠田は顔を見合わせると、笑顔で声を合わせた。


「「――というわけでワトくん(和戸)、後はよろしく‼」」


 …………。


「――あれ? なんか気絶してる……? ワトくん? おーい。おーーーーーい⁉」


「おい和戸⁉ しっかりしろ⁉ おい⁉」



 うーん。誰かが呼んでいる気がするけど気のせいか。


 …………お、なんか水の流れる音が聞こえてきたな。


 なんだ? 霧の奥から赤い色をした川が見えてきたぞ?


 へえ。赤い色をした川なんて珍しいな。


 ちょっと見に行ってみるか。


「――⁉ なんかワトくん、赤い川が見えてきたって寝言で言ってるよ⁉」


「いやそれ絶対行っちゃいけないヤツだろ⁉ 戻って来い和戸⁉」


「ワトくーーーーーーーーーーーーーーーーーーん‼‼ 戻って来てえええ‼‼」



 ……もう一度僕の頭に、誰かの声が響いたような気がした。


         

                             <第15話に続く>

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『キラレ・理問』は名探偵を語らない。 いえまる @IEMARU

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