第12話 カードマスター遠田
誰よりも圧倒的な犯罪臭を漂わせた、鈴木さんの持ち物検査。
だがしかし、彼女は今回の事件の犯人ではないと僕は考えている。
……なぜなら僕は、こいつが今回のチョコレート消失事件の、真犯人だと考えているからだ。
――4人目の容疑者、『
長く続いた持ち物検査もいよいよ大詰め。
栄えある最後の容疑者は、みんなご存じ野球バカの彼だ。
多分、こいつが真犯人だと思う。
「いやなんで俺が⁉ 俺って被害者側だよな⁉」
素人は黙っとれ。
僕は何年も先輩の助手をやってきたんだ。お前ごときが僕の推理にケチを付ける筋合いはな…………
ん?
うわぁああああああああああッッ⁉ バカなっ‼ 死体が喋っているだとッ⁉
「いや勝手にころすな」
違うんだ遠田。お前がここにいるのはおかしいんだ。
なぜなら僕は第8話の最後で、確実にお前の息の根を止めたはず……
「なんだよ第8話って⁉」
…………そうか! お前は人間ではなく不死鳥だったのか‼
僕の殺人エルボーは、確実にお前の
人間ではなく不死鳥だったのであれば、お前の不死身の生命力にも納得がいく。
「いや普通に人間だよ⁉」
…………じゃあなんでお前は生きているんだ?
「それがだな。気が付いたら目の前に鈴木さんがいて、キャンディーの袋にイカの足が生えたような、変な物を持って立っていたんだ。信じられないかもしれないが、どうやらそれを使って、俺のことを蘇生してくれたらしい」
…………。
恐るべし 泣く子も黙る 鈴木さん
「なぜ一句詠んだ⁉」
…………まあいい。
気を取り直して、遠田容疑者の取り調べを続けるとしよう。
「いやだから被害者側って言ってるよな⁉」
はあ、これだから素人は……
よく考えてみろ遠田。まず第1に、お前にはアリバイがないだろう?
「……まあ確かに。放課後になってチョコレートが消えた2分間、俺は教室の外に出ていたからな。誰も俺の姿を見ていないから、そのとき俺が本当にトイレに行っていたのかは、誰も証明することができない」
そうだろう?
まだ他にも証明できていないことがある。
それは、遠田が教室を出る直前、本当に机の上にチョコレートを置いていたのかということだ。
机の上にチョコレートを置いたというのは、遠田本人しか証言していない。美翔さん、椿さん、鈴木さんの中に、チョコレートの袋を実際に見た人は誰1人としていないのだ。
つまり、もし遠田が最初から嘘をついていたのなら、チョコレートなど最初から存在していなかったということになる。
「……いや、お前は給食のときチョコレートの袋見てるだろ」
ん? そんな記憶、僕は覚えていないなあ。
僕もレモン先輩のように、いつの間にか記憶喪失になってしまったのだろうか。
「おい⁉ 流石にそれで言い逃れするのは納得できねえぞ⁉」
えー? わがままだな、遠田は。
「どの口が言う⁉」
仕方ない。なら別の案を出そうか。
う~む。…………よし、これで行こう。
僕が推測するに、遠田はチョコを貰ったという自慢をしたいがため、この事件を引き起こした可能性が高いと踏んだ。――要は自作自演だっ‼
「何言ってんだお前⁉」
まあ焦るな。犯行の動機を当ててやろう。
まずお前は、クラスの女子にモテたいと考えた。
そして――
1、チョコレートを自分で手作りする。
2、朝、自分の机にチョコレートの袋をセットしておく。
3、その後タイミングを見計らって、僕たちの知らない場所にチョコレートを隠す。
4、放課後になって、『俺のチョコレートが消えた‼』とクラスの女子に宣言する。
5、クラスの女子たちが、『へえ、遠田くんってチョコ貰うんだ!』と勘違いする。
こうすることで、美翔さん、椿さん、鈴木さんのクラス女子3人に、自分はモテているというアピールをするのが目的だったのだ‼ どうだ? 正解だろう⁉
「むちゃくちゃ言いやがるなこいつ⁉」
というわけで僕は、遠田が犯人だということを、正直1番疑っている。
これは断じて、遠田がチョコを貰ったのが羨ましいから、犯人に仕立て上げようとしているわけではない。
これは断じて、遠田がチョコを貰ったのが羨ましいから、犯人に仕立て上げようとしているわけではないのだ。
「…………なんで2回言ったんだ?」
細かいことは気にするな。
よって以上の理由から、お前のカバンの中も見させてもらうぞ。
「カバンを見るのは別にいいけど、理由がまるで釈然としていないんだが」
……細かいことは気にするな。
――最後に調べるのは、熱血で野球バカな彼のカバン。
遠田のカバンはスポーツマンらしく、30リットル以上入る大容量のリュックサックだった。
まず目に入るのは、横ポケットに豪快に入れられたグローブや金属バット。
一瞬、犯人だとばれたときに反撃するための凶器かと考えたが、惜しくも遠田は野球部。これを証言しても、遠田を犯人に仕立て上げることはできないだろう。
「……くっ、惜しい!」
「いや何が⁉」
次だ。
リュックの上層部を開くと、ユニフォームや着替え、汗拭きタオル、大容量の水筒、スパイクが入った靴袋が入っていた。あとは教科書やノートに、筆記用具やプリント類など、美翔さんたちと同じような中身。
いらない物を捨てていないのか、プリントの量はかさばっているようだ。だが、1枚1枚丁寧に折り目が付いていて、ファイルにキチンと保管してある。
……野球部のくせに、意外と整理整頓されているところが小憎らしい。(※偏見)
「それにしてもおかしいな。なぜか怪しい物が1つも見つからない」
「だからねーよッ⁉」
……しらばっくれるつもりなら仕方ない。最終兵器を使うか。
僕はポケットからある物を取り出して、天に高々と掲げて叫んだ。
「出てこいレモン先輩! 君に決めた‼」
「――がってんしょうちのすけっ‼」
レモン先輩がすごい勢いで、教室の床を滑るように横スライドして現れた。
「よろしく頼んだ」
「まいどー!」
僕はレモン先輩に、先ほどポケットから取り出した缶コーヒーを手渡す。
――説明しようっ‼
好奇心の塊であるレモン先輩を使えば、どんなに隠れた怪しい物でも、好奇心センサーで見つけ出すことができるのだっ‼
だが、このモンスターを召喚するには、150円の缶コーヒーを生贄に捧げなければならないというデメリットが存在するぞ‼
みんなもこのモンスターを召喚するときは、
「――ワトくん助手‼ なにやら怪しげなものを見つけましたぜ‼」
さっそく、カバンの奥の方を探っていたレモン先輩から反応があった。
どうやらブツが出たようだ。
「でかしたレモン先輩‼」
レモン先輩が見つけた物に目をやると、それは白いデッキケースだった。
手に持ってみると、ずっしりと重さが伝わる。どうやら、ケースの中身がいっぱいになるまで、集めたカードを収納しているようだ。
デッキケースの蓋を開いてみると、案の定、中にはたくさんのカードが入っていた。僕はケースからカードの束をを取り出すと、両手を使って扇状に広げる。
アニメのキャラクターカードや、花札のようなカード。プリペイドカードに、牛丼屋のスタンプカード。遊園地の年間パスカードに、テレホンカード。そしてまさかの、臓器提供意思表示カードまで入っていた。エトセトラエトセトラ……
…………いや、臓器提供意思表示カードまであるとか、種類が豊富すぎるだろ。
あまりの量に戦慄していると、遠田が照れくさそうに頭をかいた。
「――いやあ、見つかっちまったか。一応、キャラクターカードとかは校則違反だから、カバンの奥に隠して没収されないようにしてたんだ。実は俺、色々なカードを集めるのが趣味なんだよな」
口元をほころばせる遠田の横で、レモン先輩がぱんっと両手を合わせる。
「へえー! カード集めかぁ……。いいね、それ!」
レモン先輩は良好的な反応を示したあと、僕が手に持っているカードを上から覗きこんできた。
ちょっ、探偵帽子がじゃまで、僕がカード見れないんだが……
「――わっ、私が知ってるキャラクターのカードもいっぱいある‼ ――おおおっ! こっちには白猫ナーナーのカードまであるよっ⁉」
目を輝かせるレモン先輩の横で、遠田が自慢げに鼻を鳴らす。
「ふっ、すごいだろ。カード類は、なんでも片っ端から集めてるからな。このデッキケースだけで大体200枚。家にはもっと種類があるぞ」
「すごーい‼」
嬉しさを表現するように、レモン先輩はぴょんと小さくジャンプした。
僕に密着するほど近づいた、その状態のままで。
――ゴッ!
レモン先輩の頭が、僕のアゴの下を直撃する。
――ぐおおお⁉ いてええええッ⁉
アゴを押さえて悲鳴を堪える僕。
帽子がクッションになって衝撃を受けなかったのか、レモン先輩はそれに気付くことなく、平然とした顔で遠田に質問をし始めた。
「――遠田くんは、どうしてカードを集めているの?」
レモン先輩の問いに、難しい表情でう~むと考え込む遠田。
「……やっぱり、集めて飾るってとこにロマンを感じるんだよなあ。――あとはアレだな! 綺麗だったり、かっこよかったりするものを見ると、力が湧いてくるんだぜ!」
すると遠田は、まるでバットを持ったかのように構えて、その場で素振りの動きをマネし始めた。
「野球の試合があるときは、必ずお守りカードみたいなもんを数枚選ぶんだ。それを持っていれば、試合をするとき勇気が貰える。自分の好きな物が集まってたら、応援の声も増える気がするだろ?」
「確かにそうかも! 自分が好きな物を見たら、心がうれしくなっちゃうよね!」
「……おおっ‼ キラレさんも分かってくれるか!」
きゃっきゃうふふと、2人で謎の盛り上がりを見せるレモン先輩と遠田。
僕は楽しそうな2人の間で、じんじんと痛むアゴをさすっていた。
……まあ、好きな物があれば頑張れるという考えは、僕も同意見かな。
そんなことを思っていると、遠田がニカッと歯を出して笑った。
「――よし決めた! キラレさんはこの中から、1枚好きなの選んでいいぜ! 遠慮はいらねえぞ?」
理解してくれたことがよほど嬉しかったのか、遠田が太っ腹になっている。
「ほ、ホントに⁉ ――やったっ‼ ありがとね、遠田くん! 絶対大切にするよっ!」
レモン先輩は、僕の手からカードの束を受け取ると、鼻歌を歌いながらカードを物色し始めた。
「――和戸はもうカード見ないのか? 欲しいヤツがあるなら、なんかのカードと交換してやるけど……」
遠田の言葉に、僕はひらひらと片手を振る。
「…………いや、それはまた今度にするよ。家にパケモンの超レアカードとかあった気がするけど、どこにやったか忘れちゃったからなあ……。今の僕の手持ちじゃ、まだ交換に値するほどのカードを持っていない気がするんだよ」
「ふーん?」
「まぁ、家に帰ったら気長に探してみるよ。きっと、探し続ける根気強さがあれば、必ず見つけ出せる。それか、どこかのタイミングでそのレアカードの場所を思い出せたり、何かの拍子で偶然見つけたりできるかもしれない。そのときがきたら、お前の自慢のコレクションをまた見せてくれ」
僕がそう言うと、遠田は少し意外そうな表情をした。
「……お前ってなんか、そういうとこは義理堅いよな」
僕はニッコリとした笑みを浮かべる。
「――いや、単純に僕が持っていたそのレアカードを探し出して、お前に見せびらかして自慢したいだけだ」
「おい」
遠田はしばらく苦笑していたが、すぐに元の人当たりのよさそうな顔に戻った。
「ま、カードを見たくなったらいつでも言ってくれ。次はもっと、すげえカード持ってきてやるからよ」
すると、遠田は何かを思いついたのか、自分の制服のポケットをゴソゴソと探り、そこから数枚のカードを取り出した。
「――ちなみに俺のオススメは、このプロ野球カードだぜ! もし野球部に入ってくれるなら、このプレミアカードの中から1枚好きなのやってもいいぞお?」
遠田がニヤニヤと笑いながら、僕の体を肘でつついてくる。
「いらん」
僕がバッサリ切り捨てると、遠田は床に両手をついて、しくしくとすすり泣き始めた。
ズーンと落ち込んでいる遠田の背後から、ひょこっとレモン先輩が顔を出す。
「――ちなみに私が選んだカードは、もちろん白猫ナーナーのカードだよ‼ このほんわかとした表情がたまらな……」
「超いらん」
床に手をついてすすり泣くやつが、もう1人増えた。
――そんなこんなで色々と波乱はあったが、聞き込み調査、現場検証、持ち物検査の、全ての調査が終わった。
調査を終わらせたものの、遠田のチョコレートに繋がるような手がかりは、いまだに何も見つかっていない。
事件に関係ありそうな怪しい物も、特に見つからず…………いや、事件に関係なく怪しい物は大量にあったが。(※
現場検証でも、特に怪しい動きをしている奴はいなかっ…………いや、怪しい動きをしている奴はいたか。(※
……まあとにかく、遠田のチョコレートがなぜ消えたのかは謎のままだ。
僕は腕を組んで、うーむと低く唸る。
……このままだと、事件は迷宮入りになってしまう。ここからどうしたものか。
僕が考え込んでいると、
「――みんなー! 集まってーーっ‼」
突然レモン先輩が、おーいと人を呼ぶように、両手を口元に当てた姿勢で大声を出した。
カバンの整理をしていた美翔さんたちが、レモン先輩の声に反応して集まってくる。
1つの勉強机を取り囲むように立つ、美翔さん、鈴木さん、椿さん、そして遠田。
僕とレモン先輩も、その輪の中に加わる。
――うん?
……どうしてレモン先輩は、このタイミングでクラスの皆を集めたんだ?
「一体何があったんですか?」
僕が訝し気に聞くと、レモン先輩はたっぷりと時間を置いてから――
――その口元の端をゆっくりと上げて、にやりと笑った。
「――ワトくん。私…………犯人、わかっちゃったかもしれない」
<第13話に続く>
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