第11話 コンセプトは統一しとけよ


「――あれ?」


 なぜかまだ意識がある。


 ……もしや、この小説のタイトルを僕の名前にするまでは死ねない、という強靭きょうじんな思いが、どこかの神様に届いたのか?


 僕は恐る恐る目を見開く。


 どうやら鈴木さんの手は、僕の顔面を捉えることなく、耳元近くを通り過ぎて行ったらしい。


 これは一体どうしたことかと、僕とレモン先輩は、鈴木さんの動きを目で追うために、背後に振り向く。


 鈴木さんは僕たちには目もくれず、机の目の前で立ち止まっていた。


 真っ直ぐ伸ばされた彼女の腕は、迷うことなく頭蓋骨へ向かい――そのまま、むんずと片手で鷲掴わしづかみにする。


 そして、よっこらせ――という声と共に、重たそうに頭蓋骨を持ち上げ、お腹の方で大事そうに抱えた。


「……あの、驚かせてすいません。一応これ、プラスチック製なんですよ」


 そう言って、苦笑しながらコツコツと頭蓋骨を叩く鈴木さん。


 恥ずかしさと申し訳なさを、1対1で込めたような声色だった。


「……え、マジで?」


 僕は事実を確認するために、じっくりと頭蓋骨を見つめる。


 よく見ると、確かに頭蓋骨にしては表面がツルツルすぎるし、色も人工物のような真っ白さだ。禍々しさは本物より怖い気もするが、よく見たらプラスチック製。


 ……どうやら、そっくりすぎて本物だと勘違いしていたらしい。


 なーんだ。なにかの犯罪かと思ってびびったぜ。


 …………。


「――いや、なんで学校にこんなもん持ってきてるんだよッ⁉ プラスチック製だとしてもおかしいだろ⁉」


 僕が思わず声を張り上げてしまうのと同時に、レモン先輩は何かを思い出したのか、ハッとした表情をした。


「はっ‼ 私、推理部と同じように部員が少なくて、同好会をやっているおもしろそうな部活があるの知ってる! もしかしてだけど、鈴木さんが入ってる部活って――――では⁉」


「はい。オカルト研究部です」


 鈴木さんは嬉しそうな表情で、どこか誇らしげに白衣のすそを揺らした。


「いや、なんでそんなマッドサイエンティストみたいな格好しときながら、本職はオカルト系なんだ」


 おかしいだろ。コンセプトは統一しとけよ。


 僕が謎の脱力感に襲われていると、その横でレモン先輩が、「やっぱりオカルト研究部だった!」と、うずうずし始めた。


 頭蓋骨に事件性がないと分かって、溢れ出る好奇心を押さえきれれないのだろう。


「ねえねえ鈴木さん。そのカバン、他にはどんな物が入ってるの? 頭蓋骨の模型なんかも持ってるオカルト研究部員なら、もっとおもしろい物が入ってるんじゃない⁉」


「そうですね……。えーと、他には……」


 そう言ってカバンを開き、鈴木さんはゴソゴソと中身を机の上に並べ始める。


 キャンディーの袋にイカの足が生えたような物や、時計の針がごちゃごちゃになったようなコンパス。魔法陣的な物が描かれているボロボロな金属質のノートに、カタカタと横移動する『P』の文字。そして、鳥だか豚だか分からない四角くて茶色の謎の肉と、残機が1つ増えそうな緑色の毒キノコ。エトセトラエトセトラ……


 大きさは大小様々で、複雑で奇怪なデザイン。色は黒っぽい色の物が多く、どれも禍々しいオーラを放っているようだ。


 一言で表そう――――何も分からん。



「――これは何?」


 レモン先輩が、魔法陣が描かれた金属質の黒いノートを指差した。


「それは、呪いの魔導書と呼ばれるものですね。江戸時代の拷問などに使われていて、何人もの罪人を呪い殺してきたそうです」


 鈴木さんは魔導書を手に持って、金属ロックのダイヤルを回す。


 魔導書を開くと、丸や三角が何重にも組み合わさった、万華鏡のような模様が薄く描かれていた。


 その模様の上には、何やら鉛筆で手書きの文字が書かれている。


――⁉ 江戸時代の書物なのに、鉛筆で手書きの文字⁉


 ……ま、まさか鈴木さん、その魔導書で誰かを呪ったのか……?


「…………あの、鈴木さん。そこに書いてあるのって……?」


 僕が震える手で魔導書を指差すと、鈴木さんは淡々とした声で答えた。


「――はい。黒板の書き写しをするのにとても便利でした」


「――ッ⁉ こいつ、呪いの魔導書を日常的に有効活用してやがるッッ⁉」


 慌てて魔導書の内容をよく見ると、確かにこれは前の地理の授業の内容だ。


 あまりの脈絡のなさに、思わず気が抜けてしまう。


 授業の内容が書かれているところから、これは鈴木さんが書いたもので間違いはないだろう。


 気が抜けたせいで、関係のないところにも目がいってしまったが、どうやら鈴木さんは地味に字が下手らしい。


 綺麗に書こうと努力している形跡が見られるが、その筆跡は微妙な汚さを誇っている。


「自分の好きな物を使って勉強すると、テンションが上がりますよね」


 そう言って、心なしかうきうきとした表情で、魔導書を胸の前で抱える鈴木さん。


 ……いや、そんな物騒な物を黒板の書き取りに使うなよ。


 地理の先生が呪われたらどうするんだ。


「――あ、もちろん危険はありませんよ。悪い呪いの効力は発動しないよう、私が上から更に強いまじないをかけておきましたから」


 僕の不安が顔に出ていたのか、安心させるように鈴木さんは説明を付け加えた。


 …………いや、何者なんだよあんた。



「ほえー! 私もそのノート欲しいかも! 見た目がかっこいいし‼」


 ライトブルーの瞳を、星のように瞬かせるレモン先輩。


「――鈴木さん‼ 他にも色々見せて見せて‼」


 魔導書を見たことで好奇心が爆発したのか、鈴木さんの肩をガシッと掴んで、レモン先輩はその顔にグイッと自らの顔を近づけた。


「どうぞどうぞ」


「いやったあっ!」

 

 こうして僕もレモン先輩と一緒に、鈴木さんの呪いのアイテムの数々を拝見することになった。



 「――じゃあ、ずっと気になってたんだけど、これはなに? 木製のキャンディーの袋に、イカの足が何本も生えたような物は⁉」


「それは、アムリタモドキと呼ばれる蘇生薬ですね。大昔のエジプトで、ミイラを蘇らせるときに使われていたそうです。――ちなみに、別名は聖なる神の薬草と言います」


 ……この見た目で?



「――次は……カラスの羽かな? 黒くてキラキラしてる!」


「確かに、それはただのカラスの羽ですね…………まぁ、のが不思議なんですが」


 ……いや、普通に怖いて。



「――じゃあこれは⁉ この、カタカタと不規則に横移動を続ける『P』の文字! う~ん。どこかで見たことがある気がするんだけど、思い出せないなぁ………」


「これは…………一体なんなんでしょうね」


 お前も知らんのかい。



 そんなこんなで僕たちは、突如学校に姿を現した妖怪マーケットを、しばらく見学した。


 鈴木さんのイメージが、マッドサイエンティストから黒魔導士に変わりつつある頃、見学を終えたレモン先輩が、椅子に座ってから満足そうに息をついた。

 

「はえ~! おもしろかった~っ‼」


 久しぶりに納得いくまで好奇心が満たされたためか、その口元は幸せそうにだらけきっている。


 そのだらしない顔を元に戻さないまま、レモン先輩は更に質問を重ねた。


「ねえねえ鈴木さん~。オカルト研究部って、普段はどんなことをしているの~?」


「こういった非科学的な物を集めて、それを使って社会の役に立つことを研究することが、オカルト研究部の活動目的ですね」


 おお。意外とちゃんとした目的があるんだな。


 活動目的が、『おもしろそうな謎を片っ端から解決する』というだけの、うちの推理部とは大違いだ。


「主な活動内容は、清掃活動や花壇の手入れなど、地域の環境整備への貢献。夏祭りや運動会などの、住民の交流を深めるためのイベントの企画や運営。そして地域周辺の防犯、防災対策をやっています。――あ、あとはたまに占いもやっていますね」


 …………もはやただの町内会のボランティアじゃねーか。

 

 なぜあれだけの呪物をそろえておきながら、オカルトらしい活動が最後に取って付け加えられたような『占い』だけなんだ。


 頼むからコンセプトは統一してくれ。


「はえ~。占いかぁ…………」


 占いという言葉を聞いた瞬間、だらけきっていたレモン先輩の表情が、急にキリッと真面目なものに切り替わる。そして――


「――はいはいはいっ‼ 私、鈴木さんに占ってもらいたいっ‼」


 レモン先輩はキラキラと目を輝かせながら、何度も右腕を真上に突き上げていた。


 ……好奇心のバケモノだという点は、昔の名探偵だった頃から変わりないな。


「もちろんいいですよ。……えっと、確かここに水晶玉が……」


 机の上に並べていたゲテモノの山を、あれでもないこれでもないと、手探りで探し始める鈴木さん。


 しばらく時間がたったあと、申し訳なさそうに鈴木さんが言った。


「……すいません、どうやら水晶玉を無くしてしまったようです。ちゃんと今朝、カバンの中に入れてきたはずなんですが……」


 手のひらに収まるくらいの物なんです――と言いながら、手でジェスチャーをする鈴木さん。


 どうやら大きさは、野球ボールくらいの大きさらしい。


「宝石のように光る物なので、ここまで探して見つからないはずがありません。おそらく家に置いてきてしまったのでしょう」


「えー、残念だなぁ……」


「すいません。――私は水晶占い以外は練習中で、今日は占いができそうにありません………」


「いーよいーよ。色々見れておもしろかったし! 占いはまた今度よろしくね!」

 

 積み重なったゲテモノの山を背景に、謎の絆を結ぶ鈴木さんとレモン先輩。


「占いをして貰うついでに、今度オカルト研究部に遊びに行ってもいーい?」


「もちろん大歓迎ですよ。――あ、部室にはの頭蓋骨もあるので、楽しみにしていてくださいね」


 鈴木さんはそう言って、ふふふ、と温和な笑みを浮かべていた。


 …………絶対行きたくねえ。


 そんなこんなで僕たちに絶大な印象を与えつつ、鈴木さんの持ち物検査は終了した。


 もう正直言ってこいつが1番怪しい。――というか、チョコレート消失事件とは関係なく、別ベクトルの方向から危険な匂いがする。


 なんだよあのヤバい呪物の数々、並みのホラー映画よりインパクトあるぞ?

 もうカバンの中を見ただけで110番通報したい。

 鈴木さんを崇めた新しい宗教が布教されそうで怖い。


 ……まあ、色々とそんな不安要素はあるが、彼女は今回のチョコレート消失事件の犯人ではない、と僕は考えている。



――なぜなら僕には、真犯人の目星がついているからだ。


 

                          <第12話に続く>

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る