第9話 持ち物検査に青春はいらん
この学校の学生カバンの種類は、特に校則で定められてはいない。色がシンプルな色ならなんでもOKというルールなので、生徒によってカバンの形は様々だ。
僕は美翔さんたちにカバンの中を調べさせてもらう許可をもらい、さっそく持ち物検査に取り掛かることにした。
――1人目の容疑者、『
まず最初に調べるのは、明るくて現代ギャルな彼女のカバン。
美翔さんのカバンは、黒い横長のトートバッグだった。
まず目につくのは、カバンの半分を覆いつくすほどの大量のぬいぐるみ。
フェルトで作られたブタやコアラのぬいぐるみに、アニメキャラのキーホルダー。ボルチェーン付きの食品サンプルに、さらにはお守りまで付いてる。
カラフルがごった返しすぎて、これがカバンなのかぬいぐるみなのかすら、初見では判断が難しいレベルである。もはやカバンの中身より、このぬいぐるみ達のほうが重いんじゃないだろうか。
……というかこの学校、学業に関係ない物を持ってくるのは校則で禁止されてるはずなんだけどな。
まあ美翔さん髪染めちゃってるし、校則うんぬんのことは指摘しても今更だから、スルースキルを発動することにする。
美翔さんがカバンを開くと、中には乱雑に入れられた教科書やノートに、ぐちゃぐちゃになったプリント用紙。横の収納スペースには、スマホや生徒手帳、イヤホンに折りたたみ傘などが適当にぶち込まれていた。
……うん。整理整頓できないタイプだなこの人。
あと他にあるのは、さっき鈴木さんと一緒に食べたとかいうグミの袋くらいか。
「――美翔さん、このプリントは?」
カバンの奥のほうを漁っていたレモン先輩が、ぐしゃぐしゃに丸められたプリント用紙を取り出す。
「ああ、そのプリントは~‼」
プリントを広げようとするレモン先輩を、必死に止めようとする美翔さん。
だが、美翔さんが伸ばした手はギリギリ間に合わない。
「…………23点?」
レモン先輩がボソリと呟く。
広げられたプリントの中身は、赤ペケだらけの英語の中間テストだった。
点数はまさかの23点。これはもうドンマイとしか言いようがない。
……しかし、美翔さんってかなり字がきたな――ゴホン。味のある字である。
「いやああああああ~‼ 見ないでぇええええ~‼」
美翔さんはプリントをひったくると、泣き崩れるように地面に手を付いた。
「ううう~。墓場まで持ってくつもりだったのに~」
教室の隅でメソメソ泣く美翔さんに、レモン先輩はゆっくりと歩み寄る。
「――ふっ。大丈夫だよ美翔さん。私の英語の点数なんか……ごにょごにょ」
いじけている美翔さんに、こっそりと耳打ちするレモン先輩。
「え、キラレさんも~⁉」
美翔さんは、驚いたように顔を上げる。
「そうそう、下には下がいるのだよ」
なぜかどや顔をかますレモン先輩。
レモン先輩と美翔さんは、『お前、なかなかやるな』『そっちこそやるじゃねーか』みたいな感じで、ガッシリと互いに握手を交わした。
……こんな青春はいらん。
そんな少年マンガ的な熱い絆のやり取りはあったものの、いまだに遠田のチョコレートらしき物は見つからない。
なぜこれで心が通じ合えるのかと、僕の頭がはてなマークで埋まるだけだった。
絆を深めるのに異論はないが、ついでに謎を深めるのはやめて欲しいと思う。
うん。次に行こうか。
――2人目の容疑者、『
次に調べるのは、クールで氷姫な彼女のカバン。
椿さんのカバンは、小さめの黒いリュックサックだった。
リュックの上層部を開くと、教科書やノートに、参考書や赤シートなどが見えた。カバンの奥のほうには、文庫本2冊とシンプルなペンケースが入っている。
よく見ると、教科書は教科ごとにまとめてあるし、プリントも丁寧にファイルで保管してあるようだ。
どうやら椿さんは美翔さんと違って、とても几帳面な性格らしい。
その証拠に、教科書はカラフルな付箋で色ごとに要点をまとめているし、ノートに書いてある名前も丁寧で綺麗な文字だ。
そういえばこの前、『テストのときは綺麗に書くから問題なし‼』とか自信満々に提出物を出したあと、英語の先生に『私は歴史の教師ではありません。私が教えているのは象形文字ではなく英単語ですよ‼』と言われて、補修教室に引きずり込まれるどこかの迷探偵を見たことがあるな。
椿さんに書き方を教えさせれば、先輩ももう少し丁寧に文字が書けるようになるのだろうか……
そんなことを考えながら、次はリュックのサイドポケットの部分を探る。
中にはリールホルダー付きのパスケースが入っていて、伸縮リールの紐を伸ばしてすぐに取り出せるようになっていた。
パスケースのカードを入れる部分が透明になっていたので分かったが、どうやら定期券と保険証が入っているらしい。
……そういえば、百均で似たようなパスケースを見たことあるな。
こういう地味に便利な物を安く売っているなんて、百均の技術力には素直に感心する。 消費者が喜ぶ物を作るために、きっとメーカーさんは日々努力を重ねているんだろう。
するとレモン先輩が、後ろから僕の背中をツンツンとつついてきた。
「ねえねえワトくん! そのパスケース紐がびょんびょん伸びるから、ヨーヨーに改造したらおもしろいと思わない? そうすれば、ものすごく売れると思うんだ!」
「ヨーヨー?」
「そうそう。何かのマンガで見たけど、ヨーヨーを2キロくらいの重さに改造して、悪党をばったばったとなぎ倒すシーンがあるんだよ。――そうだ! 商品名は『超ヘビーヨーヨー』にしちゃおうっと。どうかなワトくん?」
「日々努力している百均に謝れ」
誰が欲しがるんだその魔改造ヨーヨー。
お前はいつからイカれヨーヨープレイヤーにジョブチェンジして、悪の組織を倒すのに尽力するようになった。
「そ、そんな……男の子はこういうのが好きなはずでは……⁉」
1人ショックを受けているレモン先輩を無視して、僕はパスケースをリュックのサイドポケットに収める。
「……えーと。最後はこの場所だな」
前側に付いている収納スペースのファスナーを開けると、中からはスマホや生徒手帳が出てきた。
あと他に入っているのは…………ん?
収納スペースの奥のほうにあったのは、やたらと丸っこいフォルムの、ふわふわとした白い猫のぬいぐるみだった。片方の耳には、ハート型のブローチが付いている。
「椿さん。このぬいぐるみは?」
僕がぬいぐるみを指差すと、椿さんは目を見開いた。
「――あ」
そう小さく声をもらして、僕からふいっと目を逸らす。
「別に。ただのぬいぐるみよ」
――へえ。もしかして椿さんって、こういうかわいい物が好きだったりするのだろうか。普段はクールな感じなのに意外だな。
……急にモテの方程式を思いついた。
〔普段はクール × たまにキュート = ギャップ萌え〕
こ、これだぁっ……!
やるなギャップの使い手。見直したぜ。
僕が勝手に椿さんのポイントをプラスしていると、
「――はっ! それって白猫のナーナーではっ⁉」
突然、レモン先輩の驚いたような声が教室に鳴り響いた。
………白猫ナーナー。
今のレモン先輩の言葉で思い出した。
確かこの猫は、子供向け教育番組に登場するキャラクターだったはずだ。
あまり記憶に残ってはいないが、僕も幼い頃にテレビで見たことがある気がする。この猫を見ていると、なんだか懐かしくて穏やかな気分になるしな。
…………。
くそぉ。このぬいぐるみ、やたらとつぶらな瞳しやがって……
「椿さんも白猫のナーナー好きなの?」
「……別に。私はそこまで思い入れはないわ」
レモン先輩の質問を軽く受け流し、椿さんはぬいぐるみをそそくさとリュックに収める。
「あっ、もう収めちゃうの? うぅ、かわいいからもうちょっと見ていたかったのに……」
レモン先輩は名残惜しそうに、ぬいぐるみが収められたリュックを見つめた。
……確かに、なんでそんなすぐに隠すようなまねを…………あ、そうか。
校則で学業に関係ない物を持ってくるのは禁止されてるからか。
真面目でリーダーシップのある彼女としては、校則を破るのは自分のポリシーに反するんだろう。
まあ校則といっても、そこまで厳しくガミガミ言う先生もいないんだけど。
レモン先輩や鈴木さんに至っては、探偵帽子と白衣でコスプレしてるんだぞ?
逆になんで怒られないんだよこいつら…………
「あーあ。かわいいブローチを着けてオシャレさせてるから、絶対椿さんもナーナー好きの仲間だと思ったのにな!」
レモン先輩は悔しそうに、自分の手のひらをギュッと握り込む。
ん?
つまり元々ハートのブローチなんてないのに、わざわざドレスアップさせてるってことか?
…………。
椿さん、絶対この猫のこと好きじゃん。校則を破ってまで持ってくるくらいだし。
僕がそんなことを思っていると、レモン先輩は何かに思い当たったのか、
「じゃ、じゃあ椿さん。ナーナーにそんなに興味がないってことは、もしかしてナーナーが出てくるテレビ見てないの⁉」
レモン先輩が食い入るように言うと、椿さんはそっと肩をすくめる。
「たまに目に入ることはあるけど、流石に高校生になって自分から見ようとは思わないわよ」
「そ、そんなバカな⁉」
レモン先輩はまるで空気の抜けた風船のように、しょんぼりとうなだれてしまった。
――まあ確かに、普通に考えてそんな奴いないよな。
高校生にもなって、教育番組を喜んで見る奴なんているわけな……
「――はぁ。私は毎日見てるのになぁ」
……ん? 僕の聞き間違えかな?
「えーと? レモン先輩は今もその教育番組を見てるんですか……?」
「――? もちろん毎日見てるよ?」
まるでそれが当たり前のことであるかのように、レモン先輩はハッキリとした口調で言う。
「だって、なぞなぞのコーナーがあるもん」
「「…………」」
僕と椿さんは無言でその場に立ち尽くす。
「あーあ。ナーナーのテレビ見てないなんてもったいないなぁ……。なぞなぞは頭の体操にもなるし、『語彙力のパワーアップ』や『論理的な考え方』を身に着けることができる、とっても素晴らしいものなんだよ?――ワトくんと椿さんも、天才になりたいなら私をみたいに、毎日なぞなぞを解くのがおすすめだね‼」
ふふんと威張るレモン先輩を見て、僕と椿さんは思わず顔を見合わせる。
「なぞなぞに、論理的な考え方を身に着けられる効果がある?」
「なぞなぞをするだけで、語彙力のパワーアップが見込める?」
僕たちは声を潜めて、小声でひそひそと話し合う。
「論理的な思考力を身に着けているだと? ……ただお菓子を食べてただけで美翔さんを犯人と決めつけた、あのレモン先輩が? ありえないな」
「本当に語彙力が向上しているのかしら? ……
そこまで言ってから、椿さんは考え込むように腕を組む。
「私の予想だと、キラレさんはなぞなぞに凄い効果があると、勝手に思い込んでいるだけなんじゃないかと思うわ。誰か悪い人に騙されたのよ、きっと」
「僕も同じ意見だ。確かにレモン先輩は天才だったけど、それはもう昔の話だ。今の先輩は精神年齢が小学生レベルだから、自分に都合のいい話を信じ込んでしまったのかもしれない。これは先輩の勘違いで間違いないな」
「きっとそうね。『――なぞなぞを解くことは、思考力、語彙力、記憶力、想像力など、様々な脳機能の向上に効果があります』とか、何かの本で読んだことがある気がするけれど、それは私が間違った知識で覚えていただけなのね」
「ああ。その本は不良品だったんだな。僕も昔、天才だった頃のレモン先輩に、『――なぞなぞは問題の文脈を理解し、複数の可能性を考慮しながら答えを見つけ出すことで、思考力や問題解決能力を養うことができる』とか、そんな豆知識を教えてもらったような気がする。 ………うん。これは僕が、存在しない記憶を作り出してしまっていただけだな」
「異論はないわ」
椿さんはそう言うと、手を顎に当てて考える動作をした。
「それにしても、誰がこんな間違った知識をキラレさんに教えたのかしら?」
「う~ん。 ……クラスの男子に騙されたと考えるのが妥当じゃないか? レモン先輩は子供料金で美術館に入れる見た目をしてるし、からかう男子が多いんだろ」
見た目は中学生、中身は小学生、その実態は高校生――これがレモン先輩だ。
「クラスの男子にからかわれた……。なるほど。可能性は高いわね」
納得して頷く椿さんの横で、僕はギリッと歯を食いしばる。
「――くっ、
「……かわいそうなキラレさん。きっといつもからかわれて、肩身の狭い思いをしていたのね……」
僕と椿さんは、ポケットから取り出したハンカチで涙を拭いながら、憐れむような視線をレモン先輩に送る。
「――な、なに? その憐れな小動物を見るような目は……?」
訝し気に目を細めるレモン先輩に、僕たちは温かい笑顔でこう言った。
「なんでもありませんよ。レモン後輩」
「別になんでもないわ。キラレちゃん」
「――⁉ いやなんで急に呼び方変わったの⁉」
ぎょっと顔を強張らせるレモン先輩に、僕たちは優しく語りかける。
「よく小学校にいますよね、年中半そで半ズボンで、赤白帽をヴルドラマンみたいにする男子。――大丈夫ですよ、レモン後輩。そんなガキ大将、僕がこの拳でやっつけてあげますから」
「小学校って、些細なことでからかってくる男子が多いわよね。先生のことを『お母さん』って言い間違えただけで、笑い者にされることもある。――でも大丈夫よ。キラレちゃんには私がついているわ」
僕と椿さんが救いの手を差し伸べると、
「…………」
突然、レモン先輩はプルプルと肩を震わせ始めた。
どうやら、なにかお気に召さないことがあったらしい。
「――私は小学生じゃなあああああああああああああいっっ‼‼」
レモン先輩の悲痛な叫び声が、教室内に大きくこだました。
……なるほど。幼稚園児の間違えだったか。
<第10話に続く>
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