第4話 容疑者の個性が強いね
少し肌寒く感じる廊下を進めば、1年5組と書かれたプレートが見えてくる。
教室に着いたのは、16時を少し過ぎた頃だった。
僕の後ろを歩いていたレモン先輩が、ひょっこりと顔を出してから遠田に聞く。
「ねぇ遠田くん。この教室でチョコがなくなったんだよね?」
「おう。さっき話した通りだ」
遠田は教室に向かう途中で、もう1つ気になることを話してくれた。
『今教室にいる女子3人は、朝教室にいた女子3人と同じ』ということだ。
つまりこの3人の中に、遠田にチョコを渡した本人がいる。
――教室にチョコレートを置いたのは誰か。
――そして、そのチョコレートを盗んだのは誰か。
この2つに関係があるかは分からないが、僕は何か裏があると睨んでいる。
「教室内は犯行後からそのままになってると思うぜ。女子3人には動くなって言っといたからな」
「りょーかい。それじゃ、早速いってみよ~!」
レモン先輩は教室のドアをに手をかけ、
「――たのも~うっっ‼」
ハツラツとしたかけ声と共に、ガラガラと勢いよく扉を開いた。
……道場破りかな?
僕と遠田は、レモン先輩に続けて教室の中に入る。
教室の中には、窓際の後ろの席で談笑している女子が2名。教室中心の席では、黙々と本を読んでいる女子が1名いた。
突然現れたレモン先輩に驚いたのか、3人とも視線をこちらに向けてくる。
レモン先輩はざっと3人の顔を見渡してから、急に形式じみた挨拶を始めた。
「え~、こほん。この度、1年5組の教室にて推理を担当させていただく、推理部の『キラレ・理問』です。 今回は『遠田くんのチョコレートの行方』を推理させていただきたいと思います! 本日はよろしくお願いいたします!」
そのまま丁寧に、ぺこりと一礼する。
うん。出だしは順調だな――――と、思っていた時期が僕にもありました。
顔を上げたレモン先輩が突然、カッ‼ と力強く目を見開いたかと思えば、
「――さあ
――と、当社比120%のハイテンションで、暴走気味に締めくくった。
「……こいつはひでぇ」
遠田がボソリと呟いて、
「……知ってた」
僕はその横で頭を抱える。
レモン先輩は多分、久しぶりに謎を解けるのが嬉しいんだろう。それは分かる。
……だが、第一印象はミクロレベルで
僕は、恐る恐る女子3人の反応を伺う。
「「…………」」
女子2人は状況を飲み込めていないのか、いまだにポカンとした表情をしていた。
「…………」
先ほどまで本を読んでいた女子は、「なんか変な人に巻き込まれてかわいそうね」という視線を、僕と遠田に送ってきている。
……なぜ僕はクラスメイトから、憐みの目を向けられなければならんのだ。
僕が無情感に浸っていると、レモン先輩が思い出したかのように言った。
「あ、そうそう。大事なことだからこれも言っとかなきゃ。――推理中は皆様にご迷惑をおかけしないよう細心の注意を払ってまいりますが、もし何か不測の事態があった場合は……」
レモン先輩は途中で言葉を止めて、チラリと僕のほうを見る。
「――とりあえず、全ての責任うんぬんは、助手のワトくんに丸投げしてね‼」
ひまわりのような笑顔で、確かにそう言った。
……はい?
「え? レモン先輩?」
困惑する僕の肩に、レモン先輩がポンと手を置く。
「私の助手ならこれくらいへーきへーき。もーまんたい‼」
ワトくんならできる!――とでもいうように、僕に向けてグッと親指を突き出してくる。
「…………」
おい、てめえ。探偵のプライドはどこやった。
こめかみに青筋を浮かべた僕が、レモン先輩を問いただそうとしたそのとき――
「え~⁉ 推理部ってマジ~⁉」
ようやく状況が理解できたのか、後ろの席にいた2人の女子――そのうちの片方が声をあげた。
――クラスメイトの、『
僕とは特に関わりのない人物だが、僕は多少なりとも彼女のことを知っていた。
……なんせ、見た目が<ギャル>だからである。
丸いアーモンド型の目に、爪楊枝がのるくらい長いまつ毛。
茶色に染められた髪は肩くらいまで伸ばしてあり、前髪にカラフルなヘアピンが大量についていた。いわゆる、現代的な感じのギャルってやつ。
……こんなの、意識しなくても目立つに決まってる。
さらに彼女は美人でスタイルが良く、明るく前向きな性格だ。
当然のように美翔さんは学校中の男子からモテる。超モテる。モテモテの殿堂。
どれくらいモテるか例を挙げるとすれば――
仮に(仮だとしてもそんなことは有り得んが)遠田が、彼女からチョコを貰ったと仮定しよう。
――ここで脳内シュミレーションを展開。
僕の脳内には、教室で美翔さんにチョコを貰って、喜んでいる遠田が映し出されている。
そんな幸せの絶頂であろう彼の背後に、ゆっくりと近づいてくる多数の人影。
クラスの男子たちだ。
皆一様に、
――その手にはしっかりと、唸りを上げるチェーンソーが握られていた。
直後、教室に遠田の絶叫が
次の日。
教室の隅には、誰かさんの亡骸が転がっているのであった。
――以上、脳内シュミレーション終わり。
まあ、それくらい美翔さんは人気者で、たくさんの人に愛されているということだ。
つまり僕が伝えたかったのは、『彼女はクラスの中心的存在』ということである。
なんだろう。風評被害で彼女に怖いイメージが追加されてしまった気もするが。
ま、気のせいだな。
…………ちなみに、遠田が美翔さんにチョコを貰ったのが本当だとしたら、もちろん僕もチェーンソー部隊に加勢する。
どうやってチェーンソーを学校に持ってくるか考えていると、
「――確か推理部って~。旧校舎の奥にある、何をする部活かよく分からないって噂のあれだよね~⁉」
目を皿のように丸くした美翔さんが、驚きを隠せないという声色で言った。
「気になってたんだけど、実際は何をする部活なの~?」
興味深々、といった表情の美翔さんが、レモン先輩に問いかけた次の瞬間――
「――よくぞ聞いてくれましたっ‼」
レモン先輩は、シュバッ! と忍者のような動きを見せながら、美翔さんに急速で接近した。
「うわぁ! 急に来たからびっくりした~!」
腰が抜けてしまっている美翔さんに、レモン先輩はグイッと顔を近づける。
「素敵な質問をくれたそこのキミ! 名前はなんていうの?」
「えと、私は『
「おっけー、美翔さんだね。よろしく!」
レモン先輩は人懐っこい笑みを浮かべたあと、先ほどの質問に機嫌よく答えた。
「じゃあ、美翔さんには特別に説明しちゃいます! 推理部は日常に隠れている素敵な謎を、片っ端から解決していく部活のことなのです!」
腰に両手を当てたレモン先輩は、「どうよ!」と自慢げに胸を張っている。
……最近は先生から雑用を任されるだけの、ただの便利屋と化してるけどな。
「へ~、そうなんだね~。おもしろそう~!」
美翔さんは以外にも好反応だった。
「
美翔さんが、自分の右隣にいる人物に質問を投げかける。
「……確かに内容はおもしろそうですね」
メガネをかけた女子生徒が、抑揚のない声でそう答えた。
「――お?」
レモン先輩は目をぱちくりさせて、
「おおおっ!」
そのまま感極まったかのように、メガネ女子の両手をガッシリと掴んだ。
「さらに推理部に良き理解者が‼ キミの名前は?」
「あ、『
鈴木さんは淡々とした口調で、手を握られたままペコリと頭を下げた。
――クラスメイトの、『
黒髪はところどころ跳ねていて、顔には大きめの丸メガネ。
そして、メガネの奥のぼおーっとした目の下には、濃いクマができていた。
身長は低いほうだが、さすがにレモン先輩よりは身長が高い。
……多分、メガネ取ったら美人なタイプだなこの人。
彼女は美翔さんと大の仲良しで、いつも休憩時間に談笑しているのを見たことがある。美翔さんとは正反対の性格に見えるが、なんだかんだで馬が合うのだろう。
その真面目でおとなしい性格は、男子からも人気がありそうなのだが…………残念ながら彼女はモテない。
その理由はなんと言っても――
「ねえねえ鈴木さん。さっきから気になってたんだけど……その服は?」
レモン先輩が不思議そうに聞くと、
「――ああ。ただの白衣です」
鈴木さんは「それが何か?」という感じで答えた。
――そう‼ 彼女の見た目はもはや、<マッドサイエンティスト>なのであるッ‼
……なんでやねん。マジでなんでやねん。
彼女は制服の上に白衣を着ていて、どこか怪しい雰囲気を醸し出していた。
言うならば、常に近寄りがたいオーラを放っているのだ。
本当にマッドサイエンティストかは知らないが、そのせいで彼女に話しかける生徒は、美翔さんくらいしかいない。
いつも白衣を着ているところから考えるに、もはや形からマッドサイエンティストに合わそうとしているのではないのだろうか。
関係ないかもしれないが、名前が『薬』というところからも狂気じみたなにかを感じる。名前がこんなにも動きを示していることがあるか? いや、ない!
完全に偏見だが、なんか部屋の隅でヤバイ実験をやっていそうだ。
……僕は今まで、こんなに変わった人を見たことはなかっただろう。
「鈴木さん。白衣とっても似合ってるね!」
「キラレさんこそ、探偵帽子がお似合いですよ」
「でしょでしょ! この魅力が分かるなんて、さすが鈴木さん!」
――前 言 撤 回。
探偵帽子かぶってるレモン先輩も、似たようなもんだったわ。
「……というか、仲良くなるの速すぎるだろ」
楽しそうに談笑するコスプレイヤーズ(鈴木さんとレモン先輩)を見て、僕は思わず呟く。
……あれ? 鈴木さんって、美翔さん以外に懐かないはずなんだけどな。レモン先輩のコミュ力がヤバすぎる。
横にいた遠田も何か思うところがあったのか、僕に小声で話しかけてきた。
「なぁ和戸。キラレさんのコミュ力って、53万くらいあるんじゃねえか? そのうち圧倒的なコミュ力で数多くの部下を従えて、気に入らない惑星を爆破しそうなんだが」
「どこの帝王だよ――というツッコミをしたいが、否定はしない」
「否定しないのかよっ⁉」
「もし地球が謎解きできない世界になったら、暴れて爆破くらいはしそう」
「え、キラレさんこわ……」
僕と遠田が、レモン先輩の異常なコミュ力に恐怖を感じていると、
「――なんというか……噂よりずっと破天荒な人ね」
そんな呟きが聞こえて、僕と遠田は視線をゆっくりと左に動かした。
<第5話に続く>
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