第3話 依頼発生!
「助けてくれ推理部‼ 俺のチョコレートが盗まれた‼」
遠田は荒い呼吸を整えながら、必死の形相で叫ぶ。
「――女子に貰ったチョコが、いつの間にか無くなってたんだよ!」
その言葉を聞いて、レモン先輩は目を皿のように丸くした。
「遠田くんが…………チョコを貰った?」
レモン先輩は、しばらくパチパチと
「あ」
何かを察したかのように、にこりと微笑んだ。
「なるほどねぇ~」
「……なんだよキラレさん。その穏やかな目は」
「いやぁ。ついに遠田くんが妄想癖を発病したかぁ~、と思って」
「――妄想癖じゃねーよッ⁉」
「別に恥ずかしがることはないんだよ? 健全な男の子にはよくあることらしいし……」
「マジでチョコ貰ったんだって!」
懸命に訴える遠田に、レモン先輩は訝し気な表情で問いかける。
「ふ~ん。いつ? どこで? 誰に?」
「今日の朝。学校の教室で。女子に」
「アハハハ。いやいやいやいや」
へらへらと笑っていたレモン先輩が、急にスッと真顔になって、
「――遠田くんがチョコ貰うわけないじゃん」
ばっさりと切り捨てた。
「…………」
遠田は、うつむいた姿勢で押し黙る。
おや?
遠田の目からハイライトが消えているな。
しかもなぜか、その目から大量の汗を流しているようだ。
……器用な奴だな。
「さすがにグサッときたぞ……」
心臓部分を抑えてうずくまる遠田に、レモン先輩はさらなる追い打ちをかける。
「だってさぁ……遠田くんは推理部に遊びに来る度に、ワトくんを野球部に引き入れようとしてるだけのおじゃま虫キャラじゃん?」
「俺、そんなふうに思われてたのか?」
「そんな遠田くんがチョコを貰うだなんて――絶 対 お か し い ‼」
ぴしゃりと言い放ったレモン先輩の横で、
「僕も同じ意見だ」
僕も腕を組んで、うんうんと頷いた。
遠田はギシギシとぎこちない動きで、顔だけを僕のほうに向ける。
血走った目をしていた。
「――なんで和戸も頷いてんだよっ! お前は俺がチョコ貰ったの知ってるだろ!」
「いや、今日だけはレモン先輩の推理が正しいと思う」
「おい和戸! 記憶喪失になったのかお前⁉」
記憶喪失なのはレモン先輩だと思うけど。
「……いやまあ、遠田がチョコ貰ったのは覚えてるけどさ。やっぱり、いまだに信じられないというか。なんというか」
僕はそう言いながら、こそこそとレモン先輩に耳打ちをする。
「ふむふむ」
頷いたレモン先輩が、腕を組んでから高座椅子を立ち上がった。
そのまま椅子の右側に移動して、片足を肘掛けに乗せてから、ニヤリと遠田をすごむ。
「遠田くん。キミは今日が13日なのを知っているかい?」
「え? おう、知ってるけど……」
「――バレンタインは明日だよっ! チョコを貰ったっていう嘘をつくなら、せめて当日に出直してきやがれいっ!」
「え? ええ⁉」
うろたえる遠田。
僕はレモン先輩に、パチパチと拍手を送る。
「おお! やっぱりレモン先輩は天才だ! いつもはポンコツだけど、今日は推理が冴え渡ってる! やっぱり遠田はチョコを貰っていなかったんだ!」
「そのとーりだよワトくん!」
レモン先輩は得意げに胸を張った。
「いや今、完全に和戸が吹き込んでたよな⁉ なんだよこの茶番⁉」
「ハハハ。なにを言っているんだトオダクン。僕はレモン先輩に、バレンタインは明日だから、遠田がチョコを貰っているのはおかしいだなんて、一言も話していないヨ」
「完全に自白したじゃねぇか⁉」
僕が下手な口笛を吹いていると、満面の笑みでレモン先輩が言った。
「あ。さっき当日に出直してこいって言ったけど、例えバレンタイン当日に遠田くんがチョコを貰ったとしても、私は絶対に信じないよ!」
グッと親指を突き出すレモン先輩。
遠田が震える手でレモン先輩を指差す。
「……なあ和戸。これもお前が言うように仕組んだんだよな?」
「レモン先輩って、たまに無自覚でひどいこと言うんだよね」
「和戸? これもお前が言うように仕組んだんだよな?」
「――さてと、茶番はこれくらいにして……」
ライフがゼロで点滅する遠田を無視して、僕はレモン先輩に声をかける。
「レモン先輩。さっき話そうと思っていたんですが、こいつは本当にチョコレートを貰っていました。僕もこの目で見ています」
「へ?」
ポカンとするレモン先輩に、僕は昼の給食のときにあったことを話した。
チョコレートが銀の包みに入っていたことや、ピンク色のリボンが付いていたこと。水色の付箋が貼ってあって、綺麗な文字で『遠田くんへ』と書いてあったこと。
ついでに、遠田が僕の唐揚げを奪ったことなどもチクっておいた。
できるだけ細かく説明できたと思う。
「――えええ! じゃあ遠田くんは、本当にチョコを貰ってたの⁉」
口に手を当てて驚くレモン先輩。
「だから俺、最初からそう言ってるのに……」
「あはは……ごめんごめん」
不満げな顔をする遠田に、レモン先輩は手を合わせて謝った。
「そんなことよりキラレさん! そのチョコがいつの間にか消えちまってたんだよ! 早く俺のチョコの行方を推理してくれねぇか?」
遠田が
「まずは、どうやってチョコが消えたのかを説明できる?」
「分かった」
遠田は頷いたあと、どのようにしてチョコレートが消えたのかを説明してくれた。
――遠田の話を要約すればこうだ。
【15:40】
時は遡り、時刻は放課後になってからすぐのことだった。
今日は部活がない日なので、遠田は野球道具をリュックにしまって、すぐに帰ろうとしていたらしい。
『あれ? 数学の課題どこやったんだっけな』
しかし、課題のプリントが見つからず、カバンから色々と物を取り出して探していたそうだ。
教科書やノートを机の上に取り出し、チョコレートが入っている袋も、そのとき一緒に机の上に置いた。
【15:43】
『あった!』
幸いプリントはすぐ見つかり、安心した遠田はそのままトイレに向かったそうだ。
机の上にチョコの袋を置いたまま。
【15:45】
そして遠田がトイレから戻ってくると――
『――なっ、ない‼』
机の上に置いたはずのチョコレートが消えていた。
最初は机の下に落ちただけかと思ったが、いくら地面を探しても見つからない。
不思議なことに、一緒に机に置いていた教科書やノートは無事だったそうだ。
つまり、遠田がトイレにいた2分間の間に、チョコレートだけが跡形もなく消えてしまったということになる。
『どこに消えちまったんだ⁉』
教室内には、まだ生徒が3人だけ残っていた。――全員女子生徒だ。
『――なあお前ら。ここにあった俺のチョコレート、誰か知らねえか⁉』
チョコレートの行方を聞いてみたが、女子3人の答えは――
『知らないわ』
『知らないし~』
『知りません』
――と、知らないの一点張り。
『そうか……』
遠田は考え込んで、自分なりに推理してみた。
袋は目立つ銀色だし、こんなに教室内を探し回って、見つからないわけがない。
――となれば、もしかしたら3人の内の誰かが嘘をついているのかも。
クラスメイトを疑いたくないが、袋の中身は魅力的なチョコレート。
甘いものが好きな女子は多いから、ついつい魔がさして盗んでしまったのだ。
きっとそうだ。いや、そうに違いない‼
自分の推理に確信を持った遠田は、女子3人にこう言った。
『よしお前ら。この事件の謎を解くために協力してくれ! この中に犯人がいるかもしれねえから、そこを動かずに待っていて欲しいんだ。――あの人を呼べば、きっとすぐ事件を解決してくれる‼』
あの人とは、もちろんレモン先輩のことだ。
『それと、謎を解くヒントが残ってるかもしれねぇから、教室の中の物は絶対に動かすんじゃねぇぞ! 爆速で呼んでくるから待っとけ‼』
そう女子たちに言い残して、遠田は推理部に向かって猛ダッシュした。
【15:50】
『助けてくれ推理部‼ 俺のチョコレートが盗まれた‼』
――そして今にいたるというわけだ。
「どうだキラレさん。これがあんたを満足させる謎なのかは分かんねぇけど――この依頼、引き受けてくれねぇか?」
「う~ん……消えたチョコレートの謎ってとこかぁ。どうしよっかな」
椅子に座り直したレモン先輩は、くるくると横髪をいじりながら考え込む。
「昔テレビで見たけど、キラレさんは<
あ。今の先輩に名探偵なんて言ったら……
「名探偵……?」
レモン先輩が突然プルプル震え出したかと思えば、
「――ああもう! 私は名探偵をやめたっていつも言ってるのに! その名前で私を呼ぶなあっ‼」
「もう知らないっ‼」
レモン先輩は頬をぷくりと膨らませて、そのままそっぽを向く。
「ええ……?」
遠田は目を白黒させて、戸惑いながら僕を手招きして呼んだ。
「――なあ和戸。どういうことなんだよ?」
僕はレモン先輩に聞こえないように、小声で遠田に説明する。
「言い忘れてたけど、今のレモン先輩に『名探偵』って言葉は禁句なんだ」
「ええ⁉ 探偵帽子かぶってるのに名探偵が嫌いなのか?」
「……完全に嫌いなわけじゃないと思うけど、先輩が部活の名前を『探偵部』じゃなくて『推理部』にしたのは、探偵があまり好きじゃないからなんだ」
「へぇ……」
「まあ、レモン先輩に謎を解いて欲しいのは僕も同じだ。先輩のやる気を引き出すのなら、僕に任せておけ」
そう胸をドンと叩いて、僕はレモン先輩に近づいた。
「レモン先輩」
「なぁにワトくん。私今、けっこう機嫌悪いんだけど」
レモン先輩はいまだに頬を膨らませている。
僕はなだめるように言った。
「今回は事件という事件ではないですし、別に推理してあげてもいいじゃないですか。それに、遠田のチョコがなぜ消えたのか気にならないんですか?」
「ま、まあ気になるけど……」
レモン先輩は、両手の人差し指をくっつけたり離したりしている。
「しかもやっと依頼が来たんですよ? これぞまさに、待ち望んでいた素敵な謎だとは思わないんですか?」
「確かにそうかも……」
ごにょごにょと言いよどむレモン先輩。
まだなにか迷っているのだろうか。
……これは後押しが必要だな。
ここで僕は、カバンの中から最終兵器を取り出した。
「てってれ~。コーヒーまめぇ~~~」
僕がカバンの中から取り出したのは、亀の絵が描かれた黒い缶詰。
それを見たレモン先輩が、あんぐりと口を開けて驚く。
「――⁉ そ、それは! 1987年、六目喫茶の高級コーヒー豆⁉ あの幻の⁉」
「お、流石はいいところのお嬢様。お目が高いですねぇ」
すごい食いつきを見せるレモン先輩を見て、僕はしめしめと内心ほくそ笑んだ。
「もしレモン先輩が、この依頼を引き受けてくれるなら――差し上げますよ?」
僕がそう言った瞬間、
「やる! 圧倒的にやる! いや、やらせてくださいっ‼」
レモン先輩は社長机から身を乗り出して、僕の目の前で綺麗なスライディング土下座を決めた。
ふっ、ちょろい。
昔のレモン先輩ならこうはいかなかったが、今の先輩は物で釣れる。
出費は痛いが、これもレモン先輩を名探偵に戻すための我慢だ。
「――どうぞ先輩」
僕はレモン先輩に、コーヒー豆の缶詰を手渡す。
「はわわわわ。やったあっ‼ ありがとねワトくん‼」
レモン先輩は僕からコーヒー豆缶を受け取ったあと、おもむろに探偵帽子を脱いだ。
「よいしょ」
レモン先輩は帽子の中にコーヒー豆缶を収めて、鼻歌を歌いながらいそいそと帽子をかぶり直す。
その様子を見て、遠田が僕に小声で話しかけてきた。
「……あの帽子どうなってんだ? どうやっても缶詰が入るほどのスペースはないと思うんだが……」
首を傾げる遠田に、僕は遠い目をしながら答える。
「世の中には不思議なことがたくさんあるんだ。――長生きしたいなら、余計な
「……おい和戸。お前いつの間に悟りを開いたんだ? 仏みたいな感じになってるぞ」
ちょっと引き気味の遠田の肩に、僕はポンと手を置いた。
「じゃあ遠田くん。レモン先輩の気が変わらない内に、教室まで案内してやってくれたまえ」
「お、おう……」
どこか物言いたげな表情をする遠田の横で、レモン先輩が大きく右腕を振り上げる。
「よ~し。行くぞ推理部! 久しぶりに活動開始だぁっ‼」
レモン先輩の底抜けに明るい声が、広い部室の中に響き渡った。
<第4話に続く>
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます