第2話 迷探偵のご登場
2月13日(木)――6時間目の授業が終わり、放課後。
「やっと放課後か…………!」
背伸びしながら自分の席を立ち上がり、僕は机の横にかけてあった学生カバンを肩に背負った。
――この星空高校は、毎週木曜日が部活OFFの日だ。今日は木曜日なので、部活動はお休み。
…………普通はね。
生徒たちは2人3人とグループを作り、談笑しながら1年5組の教室をぞろぞろと出ていく。
ほとんどの生徒が後ろのドアから教室を出て、靴箱に近い右側に曲がっていった。
そんな中、僕は黒板側のドアを開けて、職員室に近い左側に曲がる。
僕だけみんなとは逆の方向だ。
Q、 家に帰らないんですか?
A、 ハハハ、何を言っているんだキミは。
僕の所属する部活は毎日活動があるのだよ。――ブラックだね!
校舎の端に着いたら階段を1階分下りて、横にある職員室を素通り。そのまま渡り廊下を渡って旧校舎に向かい、その校舎の1番奥にある小教室まで歩く。
――給食の件といい、この学校には色々と普通の高校とは違うところがある。
その1つが、『部員2名で存続する部活動がある』というところだろう。
……いや、やっぱりこれは『部長がむりやり存続させている』の間違いだったか。
小教室前の立て看板には、でかでかとした文字でこう書いてあった。
――
「…………」
色々とツッコミどころはあると思うが、こういうものなんだと納得して欲しい。
世の中には不思議なことがたくさんあるのだ。
……えっ?
そう言う僕は納得しているのかって?
やだなあ。納得してるわけないじゃないですか。(ニッコリ)
扉には、『――合言葉を言え!』という張り紙が貼ってあったが、僕はそれを無視してガチャリと扉を開く。
途端に目の前に広がるのは、さながら学校とはかけ離れた別世界だった。
部室内は外から想像できないくらいに広く、床一面には赤いカーペットが敷き詰められている。
天井には宝石で装飾されたシャンデリアがつり下がり、壁には高級そうな絵画。
窓際の赤いレースのカーテンでさえ、細やかな金の
……こんなもん部室じゃねぇ。もはやお金持ちの豪華な
僕はふかふかのカーペットを踏みながら、奥のほうに見える社長机に向かう。
「せんぱ~い。起きてくださあーーーい!」
「んあ……」
回転式の黒い高座椅子でスヤスヤ眠っていた女子生徒が、僕が声をかけた途端に勢いよく起き上がった。
「――おはようワトくん! ……今日の依頼は⁉」
底抜けに明るく、子供のようなかわいらしい声。
彼女はミディアムヘアーにした明るい金髪に、パッチリと開いたライトブルーの目をしていた。制服の上からケープを肩に掛けて、頭にはベージュでチェック柄の探偵帽子をかぶっている。チャームポイントに、木彫りのリスのピンバッチを帽子に付けるのも忘れていない。
身長はリンゴ5個分――なんてことはないが、かなり低いほうだ。そこらの中学生に間違えられそうなその容姿は、まるで小動物のような愛らしさがあると言えば分かりやすいだろうか。 …………まあ、中身は手が付けられない猛獣みたいなもんだけど。
「ねえ依頼はあったの⁉ あったんだよね⁉」
キラキラと、僕を期待のこもった眼差しで見てくるその女子生徒に、
「……もちろん、今日も依頼はありませんでしたよ。――レモン先輩」
僕は冷たい声で言い放った。
「――ウソだあああああああああ!!」
レモン先輩は、オーバーなリアクションで泣き崩れる。
「……うぅぅ、今日こそおもしろい依頼が来ると思ったのにぃ」
レモン先輩は残念そうに言ってから、ぐで~っと目の前の机につっぷしてしまった。
――この人の名前は、『キラレ・
この推理部の部長で、僕より学年が1つ上の先輩。
超が付くほどのお金持ちで、学校には高級車で通うほどのスーパーお嬢様だ。
僕とは小学生の頃からの付き合いで、僕――
僕も昔、キラレの「レ」と理問の「モン」を取って、先輩に『レモン』というあだ名を付けた。――明るいパステルイエローの金髪が、レモンっぽい色だったからね。
先輩の顔は見た感じ日本人よりだけれど、実はお母さんがイギリス人らしい。確かに色白で整った顔立ちをしているし、だからこそ髪色が金髪なのだろう。
いわゆる幼馴染ってやつなのだが……まあ全然うれしくないんだ、これが。
僕は、じとーっとした目でレモン先輩を見る。
「――ひまだひまだひまだひまだひまだぁああああああ! ヒマだよワトくん‼」
今じゃこんなんだからね。
「そんなに叫んでもなにも解決しませんよ。レモン先輩」
「だってヒマなんだもん~!」
駄々をこねるレモン先輩に、僕は大きくため息をつく。
……昔はまだよかった。
今では信じられないと思うが、昔の先輩はクールで高圧的な印象だったのだ。
こんなのほほんとした雰囲気ではなかったし、しゃべり方も知的な感じだった。
――昔、名探偵だった頃のレモン先輩の話をしよう。
レモン先輩は小学生の頃から頭脳明晰で、大人からも一目置かれていた。
テストは常に満点で、いつも先生に褒められている……なんてレベルじゃない。
部屋にはたくさんの論文や賞が並び、その頃から大学に飛び級できるほどの頭脳。
中学生の頃には、各国の大学教授と証明問題の論争をしていたらしい。
――いわゆる天才。
レモン先輩はその並み外れた頭脳を生かして、今まで数々もの難事件を解決してきた。近所のペット探しから、学校の七不思議の解明――果ては警察との突入事件まで様々だ。
僕も先輩と一緒に事件を追う内に(無理やり連れて行かれたとも言う)、いつの間にか助手のようなものになっていた。
僕は善良な一般市民だったはずなのに、なんでこうなったんだろ……
――でも、そんなことを僕が気にしなくなるくらい、レモン先輩はすごかった。
警察が迷宮入りにしていた事件だとしても、秒で解決するほどの推理力。
どんなに小さな手がかりも逃さない、動物並みに鋭い勘。
気が付けばレモン先輩は、周りから<
……なんか物騒な名前だな。
まあとにかく、レモン先輩は名実ともに最高の名探偵だったのだ‼
……ハイ。
それが今では……なんというか……そのぉ、
「――ヒマだからメリーゴーランドごっこしよっと。――ぐるぐるぐるぐるぅ‼」
……アホになってしまった。
そのくりくりとした大きな目や、子供のような立ち振る舞いからは、かつての只者ではない圧倒的なオーラは微塵も感じられなくなってしまった。
あんなにかっこよかった先輩が、なぜ今はこんなポンコツになってしまったのか。
――その原因ははっきりしている。
心的外傷後ストレス障害。
先輩が中学3年生のとき、海外のとある名所の近くで事件が起きたらしい。
らしい、と
僕は事件の詳細を知らないが、先輩はその事件でひどく心を病んでしまった。
自分が積み上げてきたものを記憶から消して、その性格を変えてしまうくらいに。
多分、レモン先輩は事件のことを忘れようとするあまりに、それまでの自分も忘れてしまったのだろう。
もう事件のことを思い出さないように、先輩は無理やり明るい性格になったのだと僕は思う。
……だからってこれはあんまりだ。
「――うひゃあああああああ、目がまわるぅうううう‼」
レモン先輩は回転椅子に座って、そのままグルグルと高速で回転していた。勢いが強すぎて、自分では止められないらしい。
「……何してるんだろこの人」
僕は新種の珍獣を見るような目で、高速回転するレモン先輩を眺める。
……もう小学生なんじゃないだろうか。
僕は最近、割と
――それを裏付ける一部の理由がこれだ。
1、ふりがな付きの本じゃないと読めない。 (好きな本はなぞなぞクイズブック)
2、テストはいつもギリギリ赤点。 (・赤点ギリギリ× ・ギリギリ赤点〇)
3、部室を勝手に改造する。 (秘密基地が好きらしい)
4、レタスとキャベツの違いが分からない。(これは特に関係ないか)
――などなど、小学生である証明がてんてこ舞いだ。
特に2番――先輩がテストで満点じゃないなんて、僕は今でも信じられない。
もはや記憶喪失レベルだと僕は疑っている。
――ちなみに、本人は記憶喪失ではないと言い張っていたが、
『深いとこの記憶は靄がかかってるみたいで……なんか思い出しにくいんだよね!』
――とのことだ。
……バリバリ記憶喪失じゃねーか。
「ちょっ、ワトくん止めてぇぇええええ~~‼ これマジでやばいやつぅぅぅ‼」
「……頑張れ(ニッコリ)」
いまだに高速回転を続けるレモン先輩を見て微笑みながら、そういえば昔レモン先輩がこんなことを言ってたな、と思い出す。
あれは確か、僕が小学5年生のときだった。
『――サボテンにもIQが3あるのを知っているか? この程度の謎も解けないようじゃ、ワトくんのIQはサボテン以下だな』
そう言って、レモン先輩は苦笑いをしていたはずだ。
「……あの言葉を、今の先輩にそっくりそのままお返ししてやりてぇ」
てめぇのIQはサボテン以下か?――と。
見た目は高校生で頭脳はサボテン――『迷探偵、キラレ・理問』。
これが新しい名探偵の形なのだろうか。
1つの謎も解けないまま連載が終了しそうで不安である。
「はぁ、はぁ。やっと止まったぁ……! う、ちょっと吐きそう……」
僕が考え込んでいる間に、いつのまにか椅子の高速回転は止まっていたようだ。
レモン先輩はフラフラと椅子から立ち上がり、そのまま芝居がかった動きで、パタッと床に倒れる。
「うぅ。さ、三半規管がぁ……。ワトくん、例え私が死んだとしても、私のことは覚えておいてね……ガクッ」
レモン先輩はそう言い残したあと、ガックリと力なくうなだれてしまった。
「れ、レモンせんぱああああいッ!!」
僕はレモン先輩に向かって、感情の限りに叫ぶ。
ちなみにその感情が、『こんな茶番付き合ってられっか――オラァ‼』という心の叫びなのは秘密だ。
僕は真顔のまま、
「ああ、レモン先輩が死んでしまった。……どうせならもっとおもしろい最後を遂げればよかったのに……」
……ひもなしバンジーとかどうだろうか。
うーむ、少々派手さが足りない気がするな。
「…………」
いまだにレモン先輩の反応はない。
もしや、本当に死んでしまったのだろうか。
僕は胸ポケットからボールペンを取り出して、カーペットに横たわるレモン先輩をツンツンとつつく。
「――ぐえっ」
……返事はない。ただのしかばねのようだ。
「先輩が死んでしまうなんて残念だな」
僕はわざとらしく肩をを落としながら、背負っていた学生カバンを地面に置いた。そのままカバンに手を突っ込んで、ゴソゴソと中から2枚のプリントを取り出す。
「――せっかく学校で起こった謎を集めておいたのに……」
僕が残念そうに言った瞬間――
「まじで⁉ さすがワトくん‼」
レモン先輩は途端に息を吹き返し、後ろに倒れる動作をそのまま逆再生するように起き上がった。まるでキョンシーみたいだ。
……いや、どうやってんのそれ。
「ねぇねぇ。今回はどんな謎なの?」
レモン先輩が瞬間移動並みの速度で、僕の目の前にずいっと体を乗り出す。
らんらんと目を輝かせるレモン先輩に、僕は片手でプリントを渡した。
「まず1枚目。『行方不明のカラス』――飼育委員が弱ったカラスを保護していたそうなんですが、それが一昨日脱走したそうです。まだ完全に回復していない可能性が高いので、見つけしだい連絡が欲しい――とのこと」
ふむふむとプリントを読んでいたレモン先輩が、途端に渋い顔をする。
「……ボツ。そんなの謎解きじゃなくて、ただのペット探しじゃん! 私が求めてるのは、もっとドキドキするようなやつ!」
不満そうに口を尖らすので、僕は2枚目のプリントを取り出した。
「――じゃあ2枚目。『持ち物盗難事件』――前日あたりから校内で盗難事件が立て続けに発生しています。おもに腕時計などの金目のものが……」
言い終わる前に、レモン先輩が僕の言葉を遮る。
「そんなのもっとボツ! いいかいワトくん。いつも言ってるけどね――」
レモン先輩は急にきりっとした表情をして、僕のことをビシッと指差した。
「――私は事件が好きなんじゃない。謎を解くのが好きなんだ」
そうかっこつけて言い放ったあと、レモン先輩はプリントを僕に押し付ける。
「……というわけで、私は名探偵ごっこはもうやめたの! そういう事件はワトくんに任せま~~す。――ヨロシク!」
レモン先輩はひらひらと手を振って、だるそうに椅子に座り直した。そのまま、社長机から『楽しいなぞなぞブック』を取り出して、ニコニコ笑顔で読み始めてしまう。
そんなレモン先輩を見て、僕は渡されたプリントをくしゃりと握り潰した。
「……名探偵ごっこはやめた――か」
ポツリと声に出してから、小さく唇を噛む。
……昔のレモン先輩は、こんなこと絶対に言わなかった。
こんな、昔の自分自身を侮辱するような言葉、絶対に言わなかった。
レモン先輩は、自分が名探偵であることを誇りに思っていたはずだ。
華麗に事件を解決する名探偵に、敬意すら抱いていたはずだ。
――あの事件からだ。
先輩の性格を変えてしまった事件。
それ以来、先輩は自分から名探偵であることを語ることはなくなってしまった。
……理由は分からない。
今でもトレードマークの探偵帽子をかぶっているし、名探偵そのものを完全に嫌いになったわけではないはずだ。
ただ、先輩はあの日から、事件に関連する謎とは一切の縁を切ってしまった。
……まるで、事件に関わるのを怖がっているように。
レモン先輩は、自分の推理に自信をなくしてしまったのだと思う。
――だから僕は、先輩がもう一度本気を出してくれるような謎を探している。
僕は先輩に、名探偵だった頃の先輩に戻って欲しい。
……そのためには、先輩が探偵に戻りたいと思うほどの謎が必要だ。
先輩が名探偵に戻らなければ解けないほどの、手強い謎。
先輩が本気を出せば、昔のような熱い心を思い出してくれるのか?
それは分からない。
ただ――
うまく言えないが……きっと、探偵の本能のようなものを呼び覚ましてくれると思う。
先輩が昔の気持ちを思い出してくれれば、きっと自信を取り戻してくれる。
僕は昔みたいに、生き生きと事件を解決するレモン先輩が見たいのだ。
「――でも、……今日もダメだった」
僕はシワの付いてしまったプリントを広げて、クルクルと丸めてからカバンに収める。
先輩の興味を引くような謎はないかと情報を集めてきたが、今日もことごとく失敗に終わってしまった。
……いまだに先輩を本気にさせるような謎は見つかっていない。
昔の探偵が好きだった先輩に戻るくらいに、先輩を本気にさせるような謎はないのだろうか。
「――あ」
僕はハッと顔を上げる。
今日はもう1つ謎があるじゃないか!
差出人不明のチョコレートの謎が‼
「レモン先輩!」
「ん? どしたの?」
レモン先輩がきょとんとした表情で、読んでいた本から顔を上げる。
「実は今日、遠田の奴が……」
チョコレートを貰いやがって、と言おうとした瞬間――
――バーンッ‼
突然、部室の扉が弾けそうなほど勢いよく開いた。
ドアの奥に目をやると、丸刈り頭で筋肉質のシルエット。
そいつは荒い呼吸を整えながら、顔面蒼白のままワナワナと腕を震わせている。
――遠田だ。
遠田は僕とレモン先輩を見るなり、半ば叫ぶようして声を上げた。
「助けてくれ推理部‼ 俺のチョコレートが盗まれた‼」
……噂をすればなんとやら、だな。
<第3話に続く>
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