第8話 シャルディア・リーガル

 一台のトランス・ギア搭載用トレーラーが荒野を走っている。


少し一般的なトレーラーと違うのはクレーン付きというところだろうか。


この場合は主に事故を起こして車両形態ビークルモードになれないトランス・ギアの回収用に用いられる車種である。


ベージュ色のつなぎ服を着て運転しているのはアンジェリカの友人であり、九八式スコーピオンとベータを作ったシャルディア・リーガル。


背中まで伸びている少し癖のついた茶色い髪をサイドで三つ編みで束ね、赤い渕の眼鏡をかけており、可愛らしい小顔にエメラルドの様な綺麗な瞳を携え、華奢な体つきに少し膨らみを帯びた胸を揺らしながらトレーラーを運転している。


目的はアンジェリカの救出と九八式スコーピオンの回収。


「さてさて~、救難信号が発信されたのはこの辺りだと思うんだけど、アンジェのことだから待たずに移動しちゃったかな~?」


 ベータからの救難信号を自宅の研究室で受信したシャルディアはトレーラーのモニターを覗き込みながら発信源をたどり谷底に沿って走る。


シャルディアの予想通り、アンジェリカは救難信号が送られてきた地点より五十キロも離れた所に移動しており、どうやら谷を抜けた先の湖に居るようだった。


九八式スコーピオンの機体の信号は救難信号が発信された地点で途絶えていたので、ベータの端末に入っているGPSを便りに救難信号の地点からさらに一時間以上トレーラーを走らせると徐々に湖も見え初め、さらにGPSを辿ると片膝をついて止まっている九八式スコーピオンが見えてきた。


「あっ、見えた見えた! ……えっ?、ボロッボロじゃん! うっそ~!?」


 九八式スコーピオンの満身創痍な姿に驚き、トレーラーを降りて近くまで行き、頭部と左腕の欠損、そしてボロボロになって地面に刺さっている大剣シャウラを間近で見て凄惨な戦いがあったことをシャルディアは感じ取った。


「まさかアンジェのスコーピオンがこんなになるなんて……。アンジェ、アンジェはどこなの!?」


 それからシャルディアは湖の周りを見渡し、離れたところでアンジェリカらしき人影を見つけて急いで駆け寄った。


「ハァ、ハァ、ハァ……。よかった、アンジェ、無事みた……」


「来た! 来た! 来た!! よっしゃ、フィーシュ!! くぅー! デカい!! この手応え、間違いない、ランカーサイズよっ!!」


「アンジェ、タイミングはバッチリよ。あとはバラさないように慎重に、そして時に大胆に巻くのよ。」


「…………。へっ??」


 青い空と太陽が照らす白昼、帽子とサングラスを掛け、黒のキャミソールとジーンズのショートパンツ、腰には釣り用のウエストバック、手には釣り用のグローブを装備し、竿を曲げリールを巻き身体も反りながら、今まさに大物との死闘を繰り広げているアンジェリカの姿があった。


釣りが趣味のアンジェリカはいつでも釣りが出来るようにと九八式スコーピオンの操縦席の隙間にマルチピースの竿を二本、リール二台、ウエストバックの中にはハードルアーとソフトルアーを各数種類、その他にもグローブ、折り畳み式ランディングネットなど、魚種、場所問わず釣りが出来るように積んでいた。


元々狭い操縦席を圧迫しているのは間違いないのだが、ベータに指摘されてもアンジェリカはそこだけは昔から譲らなかった。


つい先程までアンジェリカの心配をしていたシャルディアは呆気にとられ釣りを楽しんでいるアンジェリカの後ろ姿を遠い目をして眺めていた。


 それから数分間の激闘の末、アンジェリカは大物を釣り上げた。


「やったーっ!! 自己新記録出たかも!? ベータ! 急いで記念写真よっ!」


「任せて。ベストショットを撮影してあげるわ。」


 折り畳み式のソーラーパネルで充電をしながら三脚が付いた端末スタンドにセットされたベータを前に色んな角度やポーズをして撮影をしてから数分後。


「お~い、もういいですか~?」


 体育座りをして一部始終を眺めていたシャルディアはそろそろ頃合いかと思い声をかけた。


「えっ? って、えぇぇっ!? シャルルッ!? いつからそこに!?」


「にゃははっ。いや~、少し前から居たんだけどさぁ、アンジェったら全然気付かないし、楽しそうだから気付くまで待ってたんだけど、さすがに声をかけようと思ってさ~。」


「マスター久しぶり。元気してた?」


「久しぶりだね~、私は元気してたよ。ベータも元気そうだね。」


「来てくれてありがとう、シャルル。ただ、せっかく来てもらって言いたくはないんだけど、来るのにずいぶんと時間かかったわね。もうあれから三日も経ってるんだけど何かしてたの?」


「にゃははっ~。いや~、それに関してはホントに申し訳ない。実は、救難信号はすぐに分かって行く準備はしてたんだけど、今作ってるのが完成してからでも間に合うかな~って思ってやってたら気付いたら三日かかっちゃって~。……ごめんね。」


「まぁ、だろうなとは思ってたわ。シャルルったら昔から夢中になるとやり終わるまで止まらないもんね。別に気にしてないわ。おかげで久々にサバイバルって感じで楽しかったし、いいサイズの魚に出会えたし。それにせっかくだし一緒にこの魚今から食べない? この時期のブラック・キング・シーバスって油が乗ってて美味しいのよ。」


「おっ、いいねぇ~。それじゃお願いしようかな。」


「任せて。」


 そう言うとアンジェリカは馴れた手つきで魚を捌き始めた。


普段はスポーツフィッシングで釣っても記念撮影だけしてリリースしているのだが、たまに珍しい魚や大きいのを釣って持ち帰っては夕飯にして食べているので魚を捌くのは得意だった。


今回釣ったサイズは百五十センチ。


二人で食べきれるかどうかの大きさだったが、脂がのっておりシンプルな塩焼きでさえとても美味く、何回も焼いてすぐに完食してしまった。


「あー、食べた食べた! 最っ高に美味しかったわぁ!」


「にゃははっ、本当に美味しかったね~!」


「二人ともいい笑顔で食べてたわよ。撮っておいたから後で確認してね。」


「ベータったら写真撮ってたの?」


「記念にね。負けてサバイバルして自己ベスト更新した記念に。」


「負けたって、アンジェ、救難信号を受信した時はまさかって思ってたけど、本当に負けたの?」


「えっと、……まぁ、色々重なってね。元々機体の足周りが調子悪かっ……いや、言い訳はいいわ。うん、負けたわ。正直、死ぬかと思ったけど、ベータが気転を利かせて今生きてるって感じよ。」


「まさか、『あの』アンジェが負けるとはね。」


「で、でも、シャルルに直してもらったら再戦するつもりよ。やっぱり私、負けっぱなしじゃいられないわ。」


 シャルディアはちらりとベータの端末を見ると画面の右端から赤い点滅の信号をシャルディアに送り、シャルディアも片目で数回瞬きをしてアイコンタクトをとり、アンジェリカに悟られないように合図をして口を開いた。


「うんとね~、その事なんだけど~、はっきり言うけど、元通りに直して勝負したら勝るっちゃ勝てるかもしれないけど、それから先の敵には勝てないと思うよ。あの子(九八式スコーピオン)のベースになっているのはスター・ライズ社製の九零(きゅうぜろ)式アクシスなのは知ってるよね? それを学生時代に私が設計し直して造ったワンオフ機が九八式スコーピオン。只でさえ、ベースになっている機体は一九九十年製でもう三十年も古いんだよね。そんな旧式の機体で今まで戦ってこれたのはアンジェの腕とベータのおかげだと思う。それはそれで凄いんだけど、これから先も戦っていくのなら私は新しい機体で戦っていくことを進めるよ。」


「えっ、で、でも、私は……。」


「アンジェ、私もはっきり言うわ。私とあの子(九八式スコーピオン)にはこれからも先も戦い抜くためにバージョンアップ、いや、フルモデルチェンジが必要よ。」


 シャルディアとベータの意外な反応にアンジェリカは驚きを隠せずにいた。


さらに続けてシャルディアとベータは言う。


「アンジェがスコーピオンに拘るのなら直せないことはないよ。でも、ここまで破損してるのならフレームも歪んでダメになってるし、直すとなれば九零式アクシスをベースにまた一から設計して造り直す必要があるんだよね。そうなると同じ九八式スコーピオンでもアンジェが今まで乗ってきた同じ愛機とは私は言えないと思うよ。だからこれを機に新しい機体に乗り替えるのはどうかなぁ?」


「マスターの意見に私も賛成よ。私はこれから先もアンジェと共に戦っていきたいわ。でも、今のトランス・ギアの進化は歯止めを知らない。戦争が終わってもどんどん開発が進み、たった数年で次々と新型機が造られる異常事態なのに旧式の機体で戦っていくのは不可能よ。さらに言うと、エヴァ・サンダースの機体、トライデント・アロー社のレボリューション・セブン。あれは五年前の機体ではあるけれど、戦ってみてその性能は分かってるはずよ。今はさらに新型のレボリューション・エイトが市場には出回っているわ。只でさえ今回手強かった彼女が最新のレボリューション・エイトに同乗して戦った場合、旧式の機体で勝てるかしら? 私は無理だとはっきり言えるわ。スペックの差がありすぎてアンジェの腕と私の処理能力だけでは到底追い付かない。」


 一人と一機から言われしばらく沈黙が続く。


アンジェリカは悩んだ。


エヴァ・サンダースは今まで戦ってきたどの相手よりも強い。


そんな彼女がさらに最新のトランス・ギアに同乗してまた戦った時に旧式の機体で勝てるビジョンが正直浮かばなかった。


さらに、敵はエヴァだけではない。


これから先もアンジェリカは『フトゥーロ』で待つ子供達の未来のためにも賞金首達と戦っていく中でエヴァよりも強い敵が現れるかもしれない。


自分がもし倒されたら『フトゥーロ』の子供達はどうなるのか。


『KISS―キッス―』の経営だけでは何十人もの子供達をずっと養っていくのは厳しいだろう。


施設を維持するのは莫大なお金がかかる。


これまで得た賞金の殆どを『フトゥーロ』の経営に回しているが、いくら大物の賞金首を捕まえて多額の賞金を手にしても安定した収入源とはいえない。


『フトゥーロ』の子供達のためにも拘りを捨てこれから先も勝つために自分も変わらなければならない時がきたのかもしれないとアンジェリカは思った――。


「……うん。……そうよね。二人の言う通りね。さすがにもう今の機体じゃ限界なのかもね……。」


 一人と一機に散々言われ、下を向いている間に先程と同じようにベータとシャルディアのアイコンタクトが始まりお互いが合図を出している。


『《プロジェクトA》第一段階、アンジェリカの説得成功。第二段階に移行する』と――――。

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