イズミ君は何かオカシイ。
J.J.
第1話 トンネル
僕のクラスには変な奴がいる。
前髪は伸びっぱなしで目すらまともに確認できず、無口な口元からも表情は読み取れない。陽の入る窓際の席なのに、彼の周囲だけが何故か常に雰囲気がどんよりと暗い。
そんな彼はイズミ君、よりにもよって僕の後ろの席である。
そんな彼とは仲良くなれそうにないと思っていたのだが、ある事をキッカケに絡むことになってしまった。それは『あなたと一番仲のいいクラスメイトは?』という悪趣味なクラス内のアンケート企画。後ろから回ってきたイズミ君のアンケート用紙に書かれていたのは『アイカワ』、つまり僕である。ほとんど話したことないのに。
「イズミ君、これ……。」
「……適当だよ、適当。」
「そ、そうだよね。えっと、何かごめん。」
実は『一番仲のいいクラスメイト』と思われていたことが少しだけ嬉しかったのだが、さらりと『適当』と言われてしまった。しかし放課後、教室から出ようとした時だった。急にイズミ君に呼び止められたのである。
「アイカワ君。この後時間ある?」
「うん、大丈夫だよ。」
「ちょっと付き合ってもらっていい?」
「いいよ。」
アンケートの件もあって、つい内容も聞かずに了承してしまった。それが良くなかった。イズミ君に連れられて来たのは、学校の近くにある旧道の廃トンネルだった。この辺の住人なら誰でも知っている、マジでヤバいと噂の心霊スポットである。もう既に日は落ちかけていて、辺りには夕暮れ特有の薄暗さが滲んでいる。
ここで補足説明というか、このトンネルについて。昔このトンネルで殺人事件があったとか、心中をした奴がいるだとか、色々聞くから、心霊スポットと呼ばれる原因はよく分からない。しかし、ここで幽霊を見た奴は、口を揃えて『デカイ女がいた』とだけ証言しているそうだ。『デカイ女』って……八尺様かよ。知ってるかな、『ぽぽぽぽ』って笑うデカイやつ。あの怖い話、有名だよね。
「……イズミ君、もう暗いから帰らない?」
「暗い方が雰囲気出るだろ。」
「ここ、実は有名な心霊スポットなんだけど。僕、怖いの苦手なんだけど。ねぇ!」
そんな言葉をガン無視して、僕の腕を掴んでグイグイ引っ張っていくイズミ君。初めて知ったのだが、どうやら彼はかなり力が強いらしく、掴まれている箇所が凄く痛い。それに、目の前では真っ暗闇が口を開けて待っている。それだけで彼の手から逃れようとするには十分すぎる理由だった。
「離してって!ねぇ、おい!離せ!!」
イズミ君は何も言わなかった。僕は一歩も動いていないのに、ずりずりと引きずられているせいでどんどん暗闇が近づく。確かに僕は運動が苦手だが、ここまで暴れてもイズミ君の姿勢を崩すことすら出来ないとは。それがもう既にホラーである。
「イズミ君!待ってって、待てってば!!何で急に心スポ!?せめて理由とか!!無いの!?」
「……アイカワ君さぁ。」
トンネルに入る直前で立ち止まってくれたイズミ君は、やっと振り返ってくれた。良かった、とほっとして彼を見上げる。イズミ君は、『行きたくない』という意思表示のためにしゃがみこんでいる僕を見下ろすと一言。
「うるさい。」
呆然とする僕を無視してスマホのライトを点灯させると、再度僕を引きずりだした。遂に暗闇に飲まれ、照らし出されたトンネル内部の様子が見える。じっとりと湿った空気と、トンネルの外よりも明らかに冷えた温度が肌に伝わってくる。ここまで来てしまったなら仕方ない、と立ち上がって自分で歩き始める。が、イズミ君が腕を離すことは無かった。
「イズミ君、怖いの好きなの?」
「普通。」
「ソウナンダー、で、なんで僕を連れてきたの?」
「霊感強いから。」
本日何度目かの呆然である。今まで生きてきて、幽霊の類や怪奇現象に遭遇したことは無いため、イズミ君が何を以てそう結論付けたのかが全く分からない。
「でも僕、幽霊とかは見たことないんだけど。」
「あっそ。」
会話が終わってしまった。イズミ君くらい友達がいなさそうな奴はいない、と思いながら、出口の見えないトンネルの中を進む。特に何も起きないまま、入口からの光が届かないところまで歩いてきた。聞こえるのは僕達の足音と、どこかから垂れているのであろう水滴の音だけである。
「意外と何も起きないね。」
「何も起きない、ねぇ……?」
少し振り向いたイズミ君の長い前髪が揺れ、口角がニィッと気味悪くつり上がっていく。初めて見た彼の表情らしい表情は、背筋が凍ってしまうほどに寒気がした。
「イズミ君、何か知ってるの?」
「別に。」
「腕、そろそろ離してもらっていい?痛いんだけど。」
「いいけど、逃げるなよ。後悔しても知らないからな。」
「え?うん。」
単に痛かったから離してもらおうとしたんだけど、そうか、その手があった。ありがとう、そしてバイバイ、イズミ君。この不気味な前髪ゴリラの手が離れたら一目散に逃げよう。
「ほい。」
強く掴まれている感覚が消えた瞬間に、振り返って猛ダッシュを決め込もうと足を踏ん張った。その瞬間、視界の違和感に気がつく。スマホは反対側を照らしているため、本当にぼんやりとしか見えないが、明らかに誰かが立っている。浮かび上がった輪郭から察するに、ワンピースを着た女の人のようだ。心臓が止まりそうな程に驚いて汗が吹き出しているのに、脳みそは妙に冷静だった。その女の人は、こちらを追いかけてくるでもなく、去るでも消えるでもなく、ただ佇んでいる。聞いていた話と違うのは、デカくはないということだ。もしかして幽霊じゃない?
「……あの……。」
「アイカワ君。」
「ビェアァァッッ!?」
女の人に話しかけようとした途端、左耳のすぐ横でイズミ君の声が響いた。突然の至近距離クソゴリラに口から心臓が飛び出るかと思うくらいに叫ぶと、イズミ君が『うるさっ』と小さく呟いた。コノヤロウ、こんなASMR求めてないっつーの。今度は右肩をガッシリと掴まれ、再度左の耳元でイズミ君の声が聞こえた。
「う〜え♡」
イズミ君から逃げようとして、反射的に女の方へ視線が向き、ふと気がついた。女の顔がある部分に顔がない、というか、首からは不自然に合成されたような沢山の首(?)が竹みたいに節を成して天井へと伸びている。ろくろ首みたいなその長い首の先へと、つまり上へと、視線が移る。
見た。初めて見えた。そこには、3mはあろうかという巨大な青白い女の顔があり、天井に張り付くようにして僕達を見下ろしていた。肌には固まった髪がこびり付き、目は虚ろで血走っており、ぶつぶつと何かを呟いている。
「お"あ"あああああああぁぁぁッッ!!!」
「うるさっ。」
急いで逃げようと思ったが、足が竦んで動けない。女の虚ろな目が蠢き、目が合いそうになった瞬間、イズミ君が思い切り僕の腰を叩いた。バシンッと音がして、鈍い痛みが走る。途端、足に力が入るようになった僕は、イズミ君を置いて出口へ猛ダッシュした。
「はぁ、はぁ……。」
「お疲れ、アイカワ君。」
「はぁ〜……、お疲れ、じゃない……。何あれ……。」
「多分、女の霊に色々くっついたやつ。」
「イズミ君は怖くないの!?」
「別に。」
辺りはすっかり暗くなっていて、イズミ君の顔が月光で照らされている。両手両膝をついて息を切らしている僕を覗き込むようにして、イズミ君はまだニヤニヤと気味悪く笑っていた。下からだと、前髪の隙間からイズミ君の素顔がよく見える。
「……ちくしょう、イケメンかよ……。」
「そりゃどーも。で、悪い報せと凄く悪い報せがあるんだけど、どっちから聞きたい?」
「は?」
こんなに決死の覚悟でトンネルを駆け抜けたのに、まだ悪い報せがあるのかよ。イズミ君から逃れるように立ち上がって、膝を手で軽く払う。僕から見てもイケメンのはずなのにな……何故かこう、それよりニヤニヤ顔が腹立つな……。
「じゃあ、悪い報せから……。」
「追ってきてる。」
「え?」
またしても反射的にトンネルの方を見る。ワンピースのシルエットがトンネルの中に映し出され、トンネルの方から、ズズ……ズズ……と何かを引きずるような音が響いてきていた。声にならない悲鳴をあげて、思わずイズミ君に掴みかかる。
「じゃあ凄く悪い報せって何!?」
「この先、道無くて行き止まりなんだ。」
つまり、帰るにはあの女を躱して行くしかないってこと。絶望しかない。イズミ君は、わざとらし過ぎる上に不気味な満面の笑みで親指を立てた。
「じゃあ、第2ラウンド行こうか♡」
僕は生まれて初めて、人に対して中指を立てた。やっぱりイズミ君とは仲良くなれそうにない。いや、仲良くなりたくない、そう思った。
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