第5章 反転する運命
朝日が京都の町並みを照らし始めていた。涼と志乃は、
「確認できました」
志乃がタブレットを操作しながら報告する。「美咲先生のデータは、既に世界中の研究機関のサーバーに展開されています。消そうにも、もう消せない」
涼は深いため息をつく。母のデータが世界に広がるのを阻止できなかった医療データ管理局は、次にどう動くだろうか。
「ただ、気になることが」
志乃の表情が曇る。「このデータ、まるで生命体のように自己増殖し、進化していっているんです」
「進化?」
「はい。母体となるデータに、新しい解析結果が次々と書き加えられていく。まるで...」
「まるで生命の営みそのものですね」
涼は母のノートを開きながら言った。「母は、生命の本質に触れていたんだ」
ノートには、最後のメモが記されていた。
"生命とは、見えない世界と見える世界の境界に存在する。その境界で起きている現象こそが、ワールブルク効果の本質—"
涼のスマートフォンが震える。世界中の研究機関から、次々とメッセージが届き始めていた。
《これは驚くべき発見です - スタンフォード大学》
《ワールブルク効果の新解釈、検証を開始 - ジョンズ・ホプキンス》
《量子生物学の
「始まったんですね」
志乃の声が静かに響く。
涼は母のノートの続きを読み進めた。
"癌細胞の異常な代謝は、実は生命システムの必死のSOSだったのかもしれない。ミトコンドリアの機能不全は結果であって原因ではない。その奥に、もっと深い歪みが—"
「見えない世界の歪み...」
涼は呟いた。「だから母は、カタカムナの知恵に注目したんですね」
志乃がタブレットに新しいデータを表示する。それは、世界中の研究機関から集まりつつある解析結果だった。
「これを見てください」
画面には、ミトコンドリアの内部構造を新しい視点で捉えた3Dモデルが浮かび上がっている。従来の電子顕微鏡では見えなかった、量子レベルの相互作用が、明確なパターンを示していた。
「このパターン、カタカムナが示すトーラス構造と完全に一致します」
志乃の声が震える。「しかも、このパターンは...」
その時、涼の携帯が鳴った。ディスプレイには「非通知」の文字。
「よくやった、神谷君」
聞き覚えのない、しかし不思議と温かみのある声だった。
「私は、君の母上の恩師だ」
涼は息を呑む。母が医学部時代に師事していた伝説の研究者、
「母は...母は本当のことを知っていたんですか?」
「ああ」
大門の声が深い響きを持つ。「美咲君は、現代医学の盲点に気づいていた。私たちは、目に見えることばかりに囚われすぎていた。生命の真理は、もっと深いところにある」
涼は、母が最期に残したメッセージを思い出していた。
"この研究は、私たちの認識を根底から覆すかもしれない。でも、それこそが真実への道—"
「実は、もうひとつ重要な発見があります」
志乃がタブレットに新しいグラフを表示した。「美咲先生は、ある温度でミトコンドリアの機能が劇的に変化することを突き止めていた」
「39.5度...」
涼は母のノートを確認する。「体温が上がると、癌細胞の代謝が急激に変化する」
「そうです。しかも、その時、トーラス構造に共鳴現象が」
大門の声が静かに続く。
「それが、古来からの叡智と繋がっている。温泉療法、
涼は、母が最後に取り組んでいた臨床データを思い出していた。確かに、
「ですが、なぜ母は...」
「医療システムには、守るべきものがある」
大門の声が重くなる。「既存の治療法、薬品、そして何より、私たちの世界観だ」
「だから、母は狙われた」
「そうだ。しかし今、彼女の発見は世界中に広がっている。もう、誰にも止められない」
スマートフォンに新しい通知が届く。著名な科学誌が、緊急シンポジウムの開催を告知していた。テーマは「ワールブルク効果と量子生物学の
「神谷先生」
志乃が声を潜める。「医療データ管理局が動き始めました。鬼塚の名で、全データの即時削除命令が」
「もう遅い」
涼は静かに答えた。「母が命を懸けて守った真実は、もう世界中の研究者たちの心に火を付けている」
朝日が仁和寺の古い伽藍を金色に染め上げていく。涼は、新しい夜明けを感じていた。
目に見えない生命の力が、今、科学として蘇ろうとしている。
▢▢▢ 次回予告 ▢▢▢
30年の時を経て、医療王国の帝王、その素顔が明かされる。
鬼塚蓮司、彼もまた、かつては真実を追い求めた医師だった。
そして今、美咲の仕掛けた最後の罠が動き出す。
次章「医療王国の帝王」。すべての真実が、今、明らかになる。
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