第32話 家族のハーモニー 

忙しい毎日に沢松家は追われている。


そんな毎日でも、耕造は、エレキギターを、暇を見ては練習していた。ジェフ・ベック、エリック・クラプトン、スティーブ・ハウ、スティーブ・ルカサー、ポールマッカートニー、等々、主にヨーロッパの古典ロックギタリストのコピーをしていた。一方で、オリジナルの詞も書き、曲もつくる。

耕造は、県の主催するミュージアムや、フェスティバルに、ベース、狩野美香子と、ドラム、原田将と組んだバンド「ヘビー・レイン」はよく出演する。又、町の夏祭りで、ストリート・ライブをやったり、ライブハウスでも、よく、演奏する。耕造の荒々しく、美しいギター・プレイは見事だった。


小学校高学年になった久留美は、生物学の書籍に夢中になる。

「わたし、将来は、獣医さんになってみたいわ。」

と、みんなに言うようになった。ゾウガメ、イグアナ、カメレオン、カエル、トカゲ、クモ、コウモリ等々、特に奇妙な生物に夢中だった。そして、久留美は、得た知識を自分なりにアレンジして、みんなに説いて回る。


そんな家族を温かく見守る由香は、ため息交じりに家事に、育児に、専念する。

由香も、暇を見つけては、文学をする。カフカ『変身』、サルトル『嘔吐』などを愛読して、幼い悠斗に、無謀にも、読み聞かせする。当然、悠斗に、意味など解るはずもない。由香には、夢があった。

「我が子には、皆、大学まで行ってほしい。社会に立派に貢献してほしい。皆、幸せな恋愛をして、見事に、結婚してほしい。そのための支援に、力一杯、協力するわ。私には、家族がいてくれるだけで幸せよ。」


一方で、夕食時に、家族は、日本の行く末の話題で持ちきりになる。2020年の東京オリンピックの開催の話題や、政治、経済がらみの話、文化、芸能、スポーツの話で、いっぱいとなる。大抵、話のテーマは、耕造が決めた。思い思いの意見や感想に、それぞれが興じた。


側では、由香がスプーンで、悠斗にご飯を与えている。悠斗は、椅子に座って、目をまわるくさせて、キョトンとしている。悠斗には、意味が分からなかったようだ。


沢松家には、暗黙のルールがあった。それは、食事の時、自分の専門分野の話はしないというものだ。いつも、耕造が、会社から帰る際に、車のラジオからヒントを得て、テーマを決めた。あるいは、仕事の休憩中に読む新聞にテーマを求めた。耕造が、求めたテーマを、家族でシェアしていたのだである。


沢松家は、力強く成長しているなと耕造は思う。そして、協調して、あたかもハーモニーを奏で出ているようだ。沢松家のハーモニー。由香は、思う。

「この幸せの時代の期間が、いつまでも、できれば、続いてほしい。神様。母親としての希望を受け入れてください。」


家族は、ただ、各自がやりたいことだけでなく、お互いを尊重し、認めて、リスペクトし合っていた。


最近、家庭で、耕造は、頼もしい楽しいお父さんとなる。

琴音も、「天才ちゃん」と呼ばれるときもあった。

久留美は、「イグアナちゃん」と呼称される。

専ら、家族の手綱は、母親の由香が握っている。

そんなみんなを、くりくりとした目で見ている幼き悠斗。





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