第13話 恋。
一年後、テキパキとパソコンのキーボードをたたき、コピーを取り、製図作業に取り組む由香の姿があった。先輩に指示に従い、資料をまとめる。そして、一息ついたところで、気を効かせて、主任にお茶を入れる。主任は、
「いつもありがとうね。小松君。」
とほほ笑む。
由香もほほ笑むと、ドアのガラス越しに、事務所から工場の様子を窺ってみる。
耕造が、後輩を怒鳴りつけている。
「お前の質問してきたことは、基本中の基本だ。そんなこともわからないでどうする。」
真剣な表情で𠮟る耕造に、由香は、何か、暖かな気持ちがこみあげてくるのを感じる。由香は、耕造が仕事熱心で、頼もしい人だと思う。若手社員をまとめる親分肌的な所が、耕造にはあった。そんな彼に、由香は、秘かに恋心を抱き始める。
由香にしてみれば、学生時代の破局以後の恋だった。
耕造は、由香の活躍ぶりは知っていた。作業の打合せで、事務所に訪れると、てきぱきと働いている。そんな彼女に、耕造は、好感を抱いた。耕造も、高校時代に初恋に敗れて以来、恋愛はご無沙汰である。
二人が、引き合い、くっつくのは自然なことだった。
ある晩、耕造は、一人事務仕事の残業をしていた由香に、声を掛けた。
「由香さん、俺と付き合ってくれないか。」
ぶしつけで、男らしい告白だと、由香は感じる。いきなりではあったが、由香は、覚悟はできていた。由香は、椅子に座って、耕造を見上げていたが、スッと立ち上がって、
「よろしくお願いします。」
と、丁寧にお辞儀をした。
お互い、ガラ携帯の電話番号とメールアドレスを交換っこする。
誰もいない事務室で、二人は見つめ合い、耕造は、由香の手を握ると、由香は、意を決して、耕造の胸に飛び込んだ。耕造は、由香を抱きしめる。由香は耕造を見上げる。耕造は、由香に、そっと口づけをした。由香も、応えた。
「耕造さん、疲れているでしょう。今、お茶を入れるわ。」
由香は、耕造から、そっと離れて、台所へ行く。
「ありがとう。もう、11時になるね。」
表から、雨の音が聞こえる。天井には、ウスバカゲロウが飛んでいる。蛍光灯がぼんやりと室内を照らす。
表通りを、トレーラーが、通過していく。街は、静かに、休息に入る。
星林町に、やがてやって来る春の匂い。
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