第10話 昔、耕造と由香の出会い。

時代は、さかのぼる。耕造が務める建築会社にて。


耕造は、機械で合板を切る。95枚目だ。


この日は、特に忙しい。新築の注文が、一週間で三軒も入っている。

小さな工場に、機械と言う機会の騒音が、鳴り響く。


耕造は、96枚目の合板をメモリにセットすると、右足でスイッチを踏んだ。

けたたましく、丸のこぎりが、回転して、合板を上から切断していく。

97枚目をセットしたとき、耕造は、ふと、工場の隅で、紺のスーツ姿の女性と、彼女に工場を見学させている社長の姿に気が付いた。

彼女は、25~26歳くらいだろうか。耕造は、少し見とれた。

彼女は、耕造と目が合うと、軽く会釈する。

耕造は、ヘルメットの端を、指で少し上げて、会釈をして、応えた。


作業も一区切りついて、耕造は、図面をコピーしに、事務所を訪れる。

事務所では、女性事務員たちが、デスクワークに追われている。

耕造は、管理課の一人の女性事務員のデスクに向かっていく。

「この図面は終了した。次のモノを寄こして。」

耕造は、彼女に、言う。そして、聞く。その彼女は、夏美さんと、みんなに親しまれていた。

「夏美さん、今度、また、女性新入社員が入るのかい?」

「うん。そうね。私の代わりに入るみたいだわよ。」

夏美さんのお腹は、今、妊娠中だ。今年の九月いっぱいで、産休に入る。

夏美さんの第二子が生まれる予定だ。

夏美さんは、耕造に向かって、言う。

「来週の初めから、来るそうよ。小松さんは独身みたいね。耕造さん、狙っているのでしょう。」

「何。そんなこと、わかるもんか。」

耕造は、少し、照れて言う。

「フフフ。」

夏美は、含み笑いをして、デスクに向かい、パソコンのキーボードを指でたたく。

耕造は、コピー機の方へ、歩いて行く。


今日も、残業だ。


数日後、月曜日になった。


例の彼女が、朝礼の時、みんなの前に立つ。社長が口を開く。

「今日から、みんなと働く新しい仲間だ。さぁ、みんなに、自己紹介をしてください。」

彼女は、真剣な面持ちで、結んでいた口を、開く。

「私の名前は、小松由香と申します。この春、大学を卒業して、この会社に来ました。皆様、よろしくお願いします。」

由香は、そう言うと、深々と、お辞儀をする。

スタッフたちが、パチパチと、歓迎の拍手をする。

耕造も、小松さんを見て、拍手をする。

耕造は思う。

「ちょっと、控えめで、可愛い女性だなー。とても、真面目そうだし。長い髪を後ろで結って、紺の制服も、品よく着こなしているなー。」

そんな印象を、小松さんに対して、抱く。

社長は、みんなに向かっていった。

「みんな、小松さんを、よろしく。では、今日も一日頑張ろう。」


朝礼後、みんな、散りじりに、各部署に着く中で、耕造は、新米の小松由香の前に歩み寄って言う。

「俺は、沢松耕造。わからないことがあったら、じゃんじやん、俺たちに聞いてくれ。どうぞ、よろしく。」

そう言って、お辞儀をする。


その時…。

耕造は、自分のズボンのチャックが、全開になっていることに気づいた。

「やばいー。これは、失礼。」

耕造は赤面して、言う。

由香は、お辞儀をして、身を引くように、その場を立ち去った。

残された耕造は、ばつが悪そうに、チャックを閉める。

彼女の初日のあいさつで、とんだ恥をかいてしまった。第一印象から、間抜けな姿をさらしてしまった。まったく、格好がつかない。

「こんなことって、アリなの。」

耕造は、頭を搔きむしりながら、工場の方へ歩いて行った。


この時、沢松耕造は25歳。この会社に入社して5年目だった。


一方、小松由香は23歳だった。


此処から、二人の出会いが始まる。

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