第7話

『七月の終わりにさ、学校の近くの神社でお祭りがあるんだって』

『一緒に行かない?』


 藤ちゃんから送られてきたメッセージに、あたしは卓上カレンダーを確認する。とは言っても特にバイトや塾があるわけでもなく、お盆でもないから遠出の予定もない。

 用事がない、つまり遊びに行けることは確認するまでもないことだった。あたしは親指を立てサムズアップするうさぎのスタンプを送りつけ、続けてメッセージを送る。


『行こいこ!』『六時からでいい?』


『りょ。駅の改札で集合でいいよね』


『オッケー』


『楽しみ!』


 短い会話を終えると、あたしはベッドの上にスマホを放り投げた。


 少しの間ぼーっと天井を見つめて、思い立ったようにまたスマホの画面を眺める。表示されたのは、あれから数回改稿がされた台本だ。

 あたしはまだまだジョバンニを演じられない。ゆとがジョバンニの台詞をできる限り削ったり簡単な言葉にしてくれているが、やはりジョバンニは使う言葉も心理もあたしにとっては難解だった。

 そもそも、本当の幸いという言葉が唐突なのだ。そんなの一度も考えたことがないし、あたしはジョバンニのように劇的な冒険をしているわけでもない。思い悩むジョバンニの心は全く分からなかった。


 本当の幸い。あたしはなにができたら幸せなのだろう。


 普通に美味しいご飯を食べられたら、幸せと言えば幸せだ。あとは、警察官になれたらあたしは幸せな気持ちになれるだろう。

 いいや、それよりも真っ先に、淵神だ。淵神の自殺をやめさせれば、あたしはきっとその瞬間、何にも代え難い幸福を手に入れられるだろう。だって、藤ちゃんの頭上から文字が消えた時がそうだったのだから。

 そのためならあたしは何だってできるだろう。確か、カムパネルラがそんな感じの台詞を言っていた。ならば、あたしは自殺志願者を救えることが『本当の幸い』なのだろう。


 ああ、少しわかった気がする。ジョバンニにとっては、カムパネルラの存在が『本当の幸い』な訳だ。だからラストシーンでひどく悲しんだ。


 そして、カムパネルラが己の本意であることをしたのをわかっていたから、カムパネルラ自身の『本当の幸い』に従ったから、ジョバンニはまた立ち上がれたのだ。愛する友人が己の幸福に従ったのだから、それを悲しむわけには行かない、と。


 なるほど、少しわかった気がする。人には人の幸福があって、ジョバンニはそれを肯定した。だからあの物語のラストに繋がる、というわけである。

 そんな感じのことを拙いながらも文章化して、淵神に送りつけた。彼女は文面でもそっけなくて、けれども意外と送られてくるスタンプはユニークだ。意外性があって面白いと思うが、その代わりに返事はルーズだった。

 翌日、朝にスマホを見ると通知が一件。淵神からの返事が返ってきていた。


『そういう解釈もあるかもね』


 そっけない一文だ。淵神らしいと言えばらしいのだろう。

 あたしは思わず頬を綻ばせて、笑っているスタンプを一つ送信した。


 ふと思う。淵神の本当の幸いはなんだろう。


 人並みの生活だろうか。それとも、いつも本を読んでいるから読書の瞬間だろうか。はたまた、あたしの知らない何かだろうか。

 それを手に入れた時、望んだ時、淵神の希死願望は消えるだろうか。

 あたしは淵神の頭上に浮かぶ、『死にたい』の四文字を思い浮かべた。


「自殺をしたい理由まで素っ気ないんだなぁ……」


 メモアプリを起動して、四文字を入力した。

 これは、『その人が自殺をしたい理由』だ。

 孤独だったら『寂しい』、お金だったら『貧しい』などなど、そこに死にたい主な要因が書いてある。

 淵神の場合は、『死にたい』。死にたいから自殺したいと、それは示しているのだ。なんとも単純で、難解な言葉だ。だって、具体的にどうして死にたいのか、死にたいという願望がどこから湧き上がってきたのかが全く分からない。


 探っていくしかないのだろう。あたしは少し辟易としながら、天井を眺めて大きく息を吸い込んだ。

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