第9話 きれいな瞳

 今日も雨の予報が当たって、朝からしとしとと降り続けている。

 少し肌寒くて、お店の暖房を稼働させた。季節が進んでいるのを実感する。


 雨の君は来るかなあ。来ないのかなあ。

 小窓のイスに座ってぼんやりと外を眺める。


 美鈴さんは小学生の息子さんの学校行事のため、14時で帰った。

 その後に来たお客さんは、喫茶の利用が一人だった。


「暇だなあ」

 元からお客さんは多くないけど、晴れの日はぽつぽつと来てくれる。

 雨のしかも肌寒い時に花を見に来る人なんていないよねえ。植物園には屋根ないし。


 閉店時間まで一時半間ほどとなった頃、窓の向こうに淡い青の傘が見えた。

 思わず立ち上がり、目を凝らす。

 彼かな。彼だといいな。

 ドキドキと、胸が高鳴る。


 近づいてくる傘。


「あ‥‥‥違った」


 傘が通り過ぎて行く。よく見ると、傘の色は緑がかった濃い青で、彼が差している淡い青ではなかった。


 しゅんと、体から力が抜ける。

 来たらどきどきするけど、来なかったらとても残念。

 気持ちの浮き沈みが想像以上に激しくて、消耗する。

 恋をするって、少しつらいのかも。


 はあと溜め息をついたタイミングで、小窓から控えめな音が3回なった。


 お客さん! はっと気がついて顔を向けると、雨の君が佇んでいた。


 びっくりして立ち上がった私を、彼は驚いた様子で見ていた。ぱちぱちと瞬きを繰り返している。


 同じくらいの視線の高さで接客をしたことがないから、瞳の近さに息を呑む。

 くっきりした切れ長で、きれいな二重。クールに見えるけれど、人を寄せ付けないほどの鋭さや圧の強さはない。知的で落ち着いた印象を与える。

 めがね越しでも吸い込まれそうなきれいな瞳にうっとりしていると、彼の血色の良い唇が動いた。何かを言っている。


 慌てて小窓を開けると、

「あの、大人一人です」

 そう言って、トレイに100円を置いた。


「ごめんなさい。ぼんやりしちゃって」

 いつものチケットを渡した。


「ありがとう」


 彼はちらりと私に視線をやってから、植物園に向かう道を進んだ。


 私は彼の姿を目で追う。

 ドアの明かり窓に影がさし、すっと動く。


 壁で姿が隠れてしまい、窓の向こうに現れるのを、今か今かと待つ。

 傘が先に見え、そして顔が現れる。


 どきんと、今までの波打ちの比ではない、ひときわ激しい高鳴りが、私の胸を襲った。




   次回⇒第10話 恋の自覚

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