そのダンジョン、帰還者ゼロ

風葵

第1話

「『挑んだ者は誰も戻って来ない迷宮ダンジョン』って知ってる?」


 その話を持ってきたのはパーティの斥候スカウト、セリカだった。


「記録ではとんでもない宝が安置されているらしくて、今までいくつものパーティが向かったらしいんだけど。戻って来たパーティはおろか、挑んだ冒険者は戻ってきていないんだって」


 酒場のテーブルを囲む仲間たちはセリカの話に疑わし気な目を向けている。

 それでも話を止めようとはしない。


「それでついた呼び名が『帰還者ゼロの迷宮リターンレス・ラビリンス』だって。どう? 私たちで挑んでみない?」


 重苦しい沈黙が俺を含めたテーブルを囲むメンバーの間に漂う。

 普通なら、そんなあからさまに怪しくて危険な場所に挑むようなことはしない。


 しないのだが。


 そうは言ってられない事情が今の俺たちにはあった。






 元々、俺たちは6人でパーティを組み、邪悪な魔術師が潜むと言われる有名な迷宮を探索していた冒険者だった。


 リーダーは剣士ソードマンの俺、シオン。


 メンバーは俺以外は5人。


 巨大な戦斧を操る力自慢の戦士ファイター、ゴラン。

 迷宮内の罠や仕掛けに対応するのが専門の斥候スカウト、セリカ。

 ドワーフ族で戦の神の神官プリーストでもある、ボル。

 魔術学校で魔術を学んだエリート魔術師メイジ、ミリア。

 エルフ族でエルフ専用の魔法を使える妖精使いフェアリーテイマー、リラ。


 それなりに実力のあるパーティとして知られていたし、自分たちでもいずれは迷宮を踏破して英雄と呼ばれるようになれる自信があった。


 満を持して迷宮最奥階層に挑戦した時までは。


 最奥階層で最初に遭遇した魔物モンスター

 正体不明の影のように真っ黒な獣だったが、そいつたった1匹によって俺たちの自信はあっという間に粉々に打ち砕かれた。

 獣の吐き出した黒い霧のような息によって後衛のセリカ、ミリア、リラの3人が一瞬で焼き尽くされる。

 動揺を隠せないままそれでも態勢を立て直そうとした次の瞬間に神官のボルが首を斬り落とされる。


 ただ1体の相手になすすべもなく全滅させられた。


 俺たちにとって幸運だったのは、事前に教会で保護の奇跡を願っていたこと。

 これのおかげで俺たちの死体は迷宮内に放置されることなく安全な教会に送り届けられた(ただし、ほとんどの持ち物や装備品は代償として失われたが)。


 俺たちにとって不運だったのは借金をしてまで高位の蘇生魔法を施してもらったのにも関わらず、仲間のゴランとミリアが目覚めることがなかったことだった。






「……挑んでみない、と言ってもですねえ。つい最近、その背伸びをして痛い目をみたのが私たちじゃないですか…」


 セリカの言葉にため息をつくのはエルフ族のリラ。

 お茶の入ったカップを持つ手が震えている。

 死からの蘇生は相応に肉体に負荷がかかる。元々身体の丈夫でないエルフ族のリラにはまだ後遺症が残っているのだろう。


「その通りじゃ。しかしだな」


 腕組みをして難しい顔をしているのはドワーフ族の神官ボル。

 白い髭を伸ばした厳つい顔は壮年のようにも見えるが確かまだ20代のはずだ。


「蘇生費用の借金はどうする。返済できなければ我らは奴隷落ちじゃ。わしとシオンはよい。せいぜい炭鉱で肉体労働が関の山じゃろ。しかしお主とセリカは」

「……言わないで。それは十分わかってますから……」


 リラの表情がさらに深く沈む。


 エルフ族のリラは当然として、セリカも見た目はかなりの美人だ。

 それが奴隷となれば行きつく先は容易に想像できる。


「いいじゃん。落ち目の私たちのパーティに今さら入りたい、て人もいないだろうしさ。それにみんなも新しいメンバーを補充するつもりはないんでしょ? なら、残った私たちで一か八かの勝負でもしないと、どうにもならないじゃん」


 セリカの不自然に明るい声が響く。

 元々、最奥階層への遠征を提案したのはセリカだ。今回の顛末について、責任を感じているんだろう。


「……どうする、シオン」

「……どうしますか? シオン」


 ボルとリラの2人が俺の方を見てくる。

 パーティで迷った時はリーダーである俺の意見を聞く。

 それが今までの俺たちのルールだった。


「そうだな。俺は……」


 2人の問いに俺は言葉を濁す。

 こういう時に決断を下すのがリーダーの仕事、なのだが。


「何、お主は挑みたいんだろう、シオン。わかっておる」

「いや、しかし。今さらパーティを無駄な危険にさらすのはリーダーとして……」

「セリカを奴隷落ちさせたくないんだろう? わかっておる」

「なっ……いや、それはその……」


 セリカが顔を真っ赤にして顔を背けている。


 俺とセリカはこのパーティが結成される前から付き合い、いわゆる「幼馴染」というやつだ。幼い頃から一緒に過ごしてきて苦楽も生死の境も共に歩んできた男女が仲間以上の関係になるというは……当然だろう?


 借金のカタに奴隷となれば別れ別れになる。

 それはしょうがない。自分たちの行動の結果だ。

 しかし、その後のセリカが辿るであろう末路は俺にとってはとてもではないが耐えがたいものだった。


 はっはっは、と豪快にボルが笑った。


「どうせ進退窮まっておるんだ。ならシオンの好きなようにすればいい。わしらはそれについて行くだけだ」

「私だって奴隷落ちがまずいのはセリカさんと同じですからねえ…いや、それ以上ですけど」


 つられてリラも笑った。


「すまんな。ボル、リラ」

「ありがとね、2人とも」


 俺とセリカの声が重なる。


「よし。じゃあ、その迷宮、俺たちでクリアしてやろうじゃないか!」


 こうして俺たちは。

 乾坤一擲の一攫千金を狙って。


 挑んだ者が戻ることがないといういわく付きの迷宮に挑むことになったのだった。






 先に結論を言えば。

 俺たちパーティはこの迷宮の未帰還者に名を連ねることになる。

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