第11話 真実を求めて

 スカーレッタの過去を探るには、町の中心地にある酒場が一番手っ取り早そうだった。

 酒場に行くと広場とは違い、賑やかな笑い声と酒の匂いが立ち込めていた。店内には様々な獣人が集まり、互いに賑やかに話し、歌っている。ノアが先導して俺は後ろに続いた。


 「さて、情報を集めるぞ。そこに1人で飲んでいる獣人に話を聞いてみよう。」

 

 ノアが指を差す先には、大きな体で周囲の席を圧倒するかのように飲んでいる熊の獣人がいた。熊特有の太い爪が、グラスを持つ手に目立っている。少し目が赤くなり、酒の影響か頬が赤らんでいる。


 熊はヤバくないか?

 体も爪も大きいし、怒らせたらどうなるかわからないぞ。

 噛みちぎられるか、爪で引き裂かれるかも……


 俺がやめておこうとノアに言おうとしたが「なぁ、君、ちょっと話を聞かせてくれ。」と既に獣人に声をかけていた。

 獣人はぐるりと目を向け、俺たちを値踏みするかのように上から下まで視線を送った。


 「なんだ? 見ない顔だな。よそ者か。」

 「少しだけ話を聞きたいんだ。」

 

 ノアが静かに言うと、獣人は少し顔をしかめたが、興味深そうに耳を傾ける。この熊は公用語を話すようだ。

 

 「話が聞きたいって?」

 「実はついさっきこの町にやってきたんだが、この町は人間を嫌っているという噂を聞いてな。興味があるので君が知っていることがあれば教えてほしいんだ。」

 

 獣人はぐっと身を乗り出し、顔を近づけてきた。威圧感がすごい。


 「酒を奢ってくれるなら話してやってもいいぜ。」

 「私の仲間が興味を持っているだけだ。子供だから過去のことを知りたがっていてな。」

 

 ノアは軽い調子で話し、トカゲの被り物をした小さな獣人、俺を指差す。


 「この子は何にでも興味を示すんだ。」

 俺も調子を合わせて「なんで人間が嫌いなの? 教えて!」なんて子供ぽく言ってみた。

 獣人はその言葉に思わず笑って、「へぇ、子供が過去に興味を持つって、面白いな。」と言った。


 「それじゃあ、教えてくれるのか?」

 ノアが尋ねると獣人は少し考え、「話してやるよ。ただし、酒を一杯奢れ。」と笑った。


 男は少しずつ口を開き、昔、この町がどれだけ人間に翻弄されたかを語り始めた。

 かつてスカーレッタは、人間と獣人の交流が盛んだった。しかし、人間たちが権力を持つと、獣人を支配しようと試みるようになった。特にある一族の商人がこの町を欺き、魔物と手を組み、多くの資源を奪い、獣人たちの生活を破壊した事件が町の歴史を大きく変えたという。


 「……それが人間を嫌うようになったきっかけだ。あいつらは信用ならん。獣人を道具のように扱いやがる。」

 

 語りながら、男の表情には苦しみと怒りが混ざっているように見えた。

 話しているうちに、男の態度は少しずつ柔らかくなり、最後にはこう言った。


 「まあ、よそ者にしては素直そうな奴らだな。俺はゼルクだ。うちは宿屋を営んでるんだ。今夜はうちに泊まっていくといい。夕飯くらいは出してやるぜ。」


 お礼を言い、ゼルクの案内で宿屋へと向かった。

 宿屋は小さな施設だった。この町には旅の獣人はあまり来ないらしく暇らしい。だから酒場にいたのかと納得した。宿屋の扉を開けると、奥から少年が顔を出した。


 「お父さんおかえり。あれ、お客さん?」

 ゼルクは「そうだ」と答え、俺たちを少年に紹介した。

 

 「こいつは俺の息子だ。名前はカルク。今年で10歳になる。」

 「こんにちは。」

 「カルク、部屋まで案内してやってくれ。」

 「わかった。部屋は2階だよ、着いてきて。」


 カルクに部屋を案内してもらった。荷物を置いた後、食事にしようと声をかけられたが、マスクを被っている俺は一緒には食べられないので後で部屋で食べると言った。ふとカルクが俺に声をかけた。


 「ねえ、ラキ。この町の昔のことを知りたいって聞いたよ。」

 「あぁうん、そうなんだ。何か知ってる?」

 「町の外れに石碑があるんだけど、オレ、時々そこに遊びに行ってるんだけどさ。お父さんは行くなって言うけど。」

 「石碑?」

 「そう。すごく古いやつ。あそこに行けば、町のことがもっとわかるかも。」

 「へぇ……ノア、明日行ってみましょう。」

 「あぁ、そうだな。」


 こうして翌朝、カルクに教えられた場所を目指して、俺たちは町の外れへ向かった。手入れも何もされていない道だった。


 しばらく行くと草木に埋もれた古い石碑が姿を現した。それは苔むした大きな岩だった。岩には文字が刻まれていた。読もうとするが公用語で書かれているものではなかった。


 「これ、何語なんですか?」

 「獣人語だ。町の者が時折話している言葉も獣人語だな。」


 日本語以外にも英語とか中国語など色んな言語があるように、この世界にも公用語と種族による言語が複数存在するらしい。門番が話していた言葉もやはり獣人語だったようだ。

 

 今度ノアに獣人語を教えてもらおうかな。

 若いうちの方が物覚えもいいし。

 

 俺がそんなことを考えてる間、ノアは石碑を読み始めた。内容は人間たちの裏切りと獣人たちの犠牲を象徴する記録だ。


 「これは……スカーレッタに起きた悲劇の記録だ。」


 だいたいは昨日ゼルクが言っていたことと同じだ。石碑には、人間の裏切りにより町が被った損害や、多くの獣人が犠牲になったことが記されていた。そして、その一族を「二度と許さない」という誓いが刻まれていた。


 「これが、この町が人間を嫌う理由……なのか。」

 

 その場に立ち尽くしながら、スカーレッタの過去に想いを馳せた。

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