二十七 聖戦

 坂倉さかくらが黒い風となってアジトの中を走り抜けた。


「危ない大和やまと‼」


 大和の危機をみて光秀みつひで咄嗟とっさに立ち塞がるも、小石のように弾き飛ばされてしまった。ノートパソコンが地面に叩きつけられる。


「げっ……げふっ……がぁっ……あぐっ……!」


 地面で何度かサッカーボール並みに跳ねたのち、ごろごろと転がって起き上がった。


「へっへっへっへっへっ……!」


 坂倉が。

 大和の両手を背中側に回してつかみ、薄笑いを浮かべて立っていた。大和の首筋には坂倉のくさりがまの刃。大和が坂倉に完全に拘束されていた。


「ミツ君……助け……て……!」

「大和ッ‼」


 光秀が叫ぶ。

 いつしか坂倉はメイドたちに囲まれていたが、大和が人質に取られたことでみんな手を出せないでいた。かなやレックスたちも寄ってくる。


「苦しそうだなあ大和……! どうだ? 苦しいだろう? 苦しいと言え‼」


 鎖鎌が大和の首筋の皮膚ひふを浅くえぐり、赤いしずくがアジトの床にしたたった。


「く……苦しい……! 痛い……!」

「そうか! 苦しいか! 痛いか! 俺様がてめえに楽になれる魔法をかけてやろう……!」


 ——刹那。坂倉の手がいずるように大和の股間に向かって伸びていく。


「⁉ ひっ‼ ひいいいいぃぃいいいいぃぃっ⁉」


 大和は自分がされようとしている行為が何なのか信じられなかった。思考が真っ白になり、目に涙がにじむ。


「や、大和から離れろおっ‼」


 光秀が涙ながらに崩れ落ち、懇願こんがんした。


惟任これとう……‼ くそっ‼」


 レックスがいきどおり、奏多は言葉を失っている様子だった。震えながら顔を手で覆っている。

 坂倉がピタと手をめた。


信長のぶなが。てめえが土下座でもするってんなら話は別だぞ……? 現代日本を代表して俺様たちに土下座しろやあっ‼」


 信長は何も言葉を発することなく一歩、二歩と前に進み出た。

 くくくっ……とわらう。


「てめえ何がおかしいっ‼ これは俺様たちの意思表示なんだ‼ 俺様は孤児みなしごだった‼ そんな貧困や異端の集まりが『金砂きんしゃ』だ‼ だがてめえらのしたことは何だ‼ 俺様たちからことごとく権利や幸せを取り上げっ‼ てめえらに人間の心はあるのかっ‼」


 坂倉は一旦息を継いだ。


「俺様は‼ てめえらを許さねえ‼ つらい人間に圧力をかけるてめえらクズを‼ これは立派な聖戦だ‼」


 坂倉の目には涙が浮かんでいた。


「坂倉……」


 大和が哀感あいかんを込めてすぐ真横にある坂倉の横顔を見つめた。


「くくく……ははは……はっはっはっはっはっはっはっはっはっはっ……‼」

「だから何がおかしいってんだてめえはよおッ‼」


 坂倉が一層激しくえたてた。信長はそんなことには構わずに続ける。


「『聖戦』と言うたな」

「そうだ‼」

「——が貴様なら。民には手を出さずにただ腹を切って抗議する。戦乱の世を生き抜いてきた余が知る聖戦と言える聖戦はそれだけだ」

「何だと……!」


 信長は坂倉を悠然ゆうぜんと指差した。


「貴様はただいっって抗議できるか? その鎖鎌で腹を切ってみよ。貴様の腕力なら鎖帷子くさりかたびらをも切り裂けるだろうからなぁ……。どれ、撮影してやろう。これは好機だ。貴様の覚悟を世に示す絶好のな……!」


 信長ははかまからスマホを取り出し、カメラを起動させた。

 坂倉は、大和の首筋から、自分の腹へと鎖鎌の刃を移動させた。そして——



「…………っ!」



 坂倉は腹を切れないまま、その場に鎖鎌をからりと取り落とした。

 ——しかし坂倉は大和の手首を拘束したまま再び風になり、取り囲むメイド一人の肩を蹴って高く跳躍。大和を担ぎながらくるりと宙返りをしてメイドの壁を飛び越えると、大和を連れて猿玉さるたまのいるミサイル制御室へと向かった。


「……まいめが」


 信長が厳しい表情で呟く。




 猿玉はハッキングされたコンピューターを必死に制御しようとしていた。

 そこへ坂倉が暴れる大和を抱きかかえて飛び込んできた。


「ちょっと! 放してよっ!」


 大和が足をばたつかせる。それを見た猿玉は実にいやらしく頰を綻ばせた。


「きゃっきゃっきゃっきゃっ! こういうシチュエーションは好きだなあ……! おい女。わしの女になれ……!」

「そんなのお断りよっ!」

「おい! 時間がねえんだ! とっととミサイルを撃て! 俺様はアレ・・の用意をする!」

「ミサイルが撃てるんならとっくに撃っとるわい‼ しょうがない、儂自身の手で時間稼ぎをする! 儂は頭領だがな……。坂倉。お前のほうがコンピューターに明るいだろう! あとは頼んだ……!」


 坂倉はもがく大和の両手を後ろ手にしたまま手錠をかけ、両足首を自身の赤いスカーフで固く縛り上げながら察したのだった。


「放せ‼ このっ‼」

「——! 分かった……! 何としてもこの国を俺様たちの手中にしてみせる‼」

「さらばだ。愛する友よ……!」


 猿玉と坂倉は涙ながらに熱い抱擁ほうようをかわす。

 ともにこんじょうの別れをしんだ。


「…………な、何よ……あんたら……! 何してるのよ……! これじゃ……これじゃあたしたちのほうが……!」


 両手足を縛られた大和が、信じられないものでも見たかのようにわなわなと戦慄せんりつする。

 ミサイル制御室のドアが激しい破砕音とともに割れた。メイドたちが転がっていた鉄筋をみんなで持ち、城門を破るじょうつい替わりにしてドアを打ち砕いたのである。

 そこへ猿玉が鉄の爪を片手に装備して飛び出した。坂倉が乗った9K720イスカンデル-M戦域弾道ミサイルの車両の前に立ちはだかる。


たいらの朝臣あそん織田おだ上総介かずさのすけ三郎信長さぶろうのぶなが‼ 一騎打ちを所望しょもうする‼」

「また古臭いな……。断る。貴様と一騎打ちをして余に何の得があるのだ」


 信長が面倒臭そうに吐き捨てた。この男は自分にメリットがないととことん動かない。動こうとしない。


「一騎打ちを受けてくれるならば……ミサイルの自爆コードを教えてやろう……!」


 猿玉はメイドたちに包囲されながら不快な高音で気丈に大気を震わせた。


「……自爆コードとは?」


 言って信長がまゆを寄せた。

 猿玉の構えからは寸分の隙もうかがい知ることができなかった。猿玉はなおも構えながら信長を見据みすえ、口だけを動かし続ける。


「自爆コードがあるとな。もしミサイルが発射されても、遠隔操作で自爆コードを入力することによってミサイルを自爆させることができるのだ。まあ保険だな……」

「信長さん。こんな奴の言うことなんか聞くことないよ」


 近くの奏多が信長に忠告した。


「そうだ! 早く惟任これとうを助けよう!」

「大和……!」


 レックスが奏多に賛同し、光秀は大和の心配しかしていないようだった。


「……面白い」

「信長⁉」


 レックスが思わず信長に振り返る。


「おい。道をけよ。ミサイルの発射は何としても阻止せねばならんし、自爆コードなるものがあるのであれば聞き出すに越したことはない」


 信長が開いたメイドの群れの合間をって猿玉の前に歩み出た。


「貴様たち。手を出すなよ……? これは余と猿玉の戦いである」


 猿玉がニヤリとほくそ笑んだ。

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