二十五 出陣

「静まれいっっ‼」


 信長のぶながえた。騒ぎ出していたメイドたちは一瞬で静まった。

 しん、と静寂が屋敷の大広間を包み込む。


「——明かりを落として暖炉に火をかけよ」

「はあ?」


 思わず大和やまとはそうき返していた。


「あんた何言ってんの? こんな真夏の夜に暖炉なんて——」

「とっととせんか‼」


 再び信長が吼える。大和は指で耳を塞ぎながら、


「あーもう、分かった分かった!」


 大和が明かりを落とした。


「ひぃっ‼ 怖いよう‼」


 突然明かりを消されて光秀みつひでおびえだす。メイドたちも怖がっていた。

 その間に信長は奥の部屋へと消えていった。


「信長は何をするつもりなんだろう……? メイドさんたち震えてるじゃないか」


 しばらくして信長が奥の部屋の扉を開けて姿を現す。奥の部屋から漏れる明かりで分かった。信長は真っ黒なはかまを着ていた。


「信長さん……⁉」


 かなが戸惑ったような声を上げる。

 まだ怯えるメイドたちを尻目に、大和が暖炉に火をかけた。

 暗闇に信長の姿があやしく浮かび上がった。

 信長は袴から扇子を取り出し、力強く足踏みをしながら口ずさむ。


「人間五十年、てんうちをくらぶれば——」

「これは……‼」


 レックスが瞠目どうもくして固まった。口を開けたまま、塞ごうともしない。


「え? レックス、どうしたの? あれ何?」


 大和が訊くが、レックスは震えるばかりで質問に答えようとしてくれない。そればかりか彼の目には涙が浮かんでいた。


「にゃははー。大和。あなた教養ないでしょー!」


 奏多が、きししっと意地悪く笑う。信長は背後に炎の光を受けながら舞い続ける。


ゆめまぼろしのごとくなり。ひとたび生を得て、滅せぬ者のあるべきか——」


 いつの間にかメイドたちのおののきは解けていた。そして、皆が夢中になって信長の舞に視線を注ぐ。

 信長が舞ったのは——桶狭おけはざの戦いの前に彼が舞ったと伝わる、幸若舞こうわかまいの『敦盛あつもりまい』であった。

 大和だけはこの件に関して知識が浅いらしく、困惑して信長の舞を見ていた。

 最後に信長はひときわ強く床を踏み鳴らした。床のもく蜘蛛くもじょうに砕け、手に持った扇子を高く掲げる。


「このたいらの朝臣あそん織田おだ上総介かずさのすけ三郎信長さぶろうのぶながに——!」


 信長は手に持った扇子に力を込めた。


「ついて来い‼」


「「「「「「ウオオオオォォオオオオオオォォォオオオオオオオ——————ッ‼」」」」」」


 熱狂するメイドたち。

 次から次へと武器を手に取っていく。

 レックスに至っては感動のあまりむせび泣いていた。


「ふわぁああああああっ‼ いいもの見た! 頑張らなきゃーっ‼」

「にゃははー。ほり君、やる気があるのはいいことだよ」

「ね、ねえねえ信長。何かちょっとよく分かんないんだけど。まあ何となくすごいってのは伝わってきたかな、うん」


 大和が必死に知ったかぶりをした。

 そんな大和の前を光秀がトコトコと歩いて通り、信長の袴のそでをくいくいと引っ張りながら、


「この袴はどこで用意したの? 通販サイトとか?」


 カッコいいなあー、と続けた光秀のあごに信長のアッパーが綺麗にヒットした。


「光秀の分際で軽々しくに触れるな‼」

「まあまあ信長。あんまり味方を殴るとせっかく上がった士気が下がるよ……!」


 レックスが言うも、既にメイドたちの士気は凄まじいまでに上がっていた。

 奏多がだらしなくのびた光秀を介抱する。


「ふん。こんなこともあろうかと、これは少し前にフリマアプリで購入しておったのだ! ジーパンとポロシャツでは恰好がつかんからな!」

「へ、へぇー……」


 大和がとりあえず相槌あいづちを打った。信長は辺りを見回して、


「……よいか貴様たち‼」


 声を張り上げる。


「これはらんを奪還するだけの戦ではない‼ この日ノひのもとを奪還するのだ‼ それを忘れるなよ‼」


 メイドたちが「はい‼」と勇ましい声で返事をした。


「出陣だ————————ッ‼」


「「「「「「ウオオォォオオォォオオォォオオオオオオオオオオ——————ッ‼」」」」」」


 大和は目に涙を浮かべ、信長に清々すがすがしい笑顔を向けた。


「……信長。あんたやっぱり織田信長ね。……あたしはあんたについていくよ」


 信長はしばらく大和をしかめっ面で見ていたが、やがてそんに鼻を鳴らした。


「それは正確ではない。余はたいらの朝臣あそん織田おだ上総介かずさのすけ三郎信長さぶろうのぶながだ。言い直せ」

「え……えぇ~。それ言えないんだよ~……」

「言い直せ」

「た、たいらの……あそん……えぇっと…………ぇえ~……?」




 こうして大和たちはたいらの朝臣あそん織田おだ上総介かずさのすけ三郎信長さぶろうのぶながの指揮のもと進軍を開始した。

 目指すは駅の近くの『金砂きんしゃ』のアジトである。

 道中、行進をしながら進軍したのだが、やはり道行く人たちから変な目で見られたのだった。




 ——明朝、アジトの近くに着いた大和たちは手早くアジトの入り口付近を取り囲んだ。見張りの『金砂』隊員らがいたが、造作もなくメイドの斧で切り捨てられた。


「大和隊! 進めいっ‼」

「よーし! 行くよみんなっ‼ 待っててね……蘭丸らんまる‼」


 大和隊三十人がうなりを上げて『金砂』のアジトへと突入する!

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