二十 巣窟

「……バレておったか」


 信長のぶながが声の方向に刀を向けて、そうこぼした。


「きゃっきゃっきゃっきゃっ……! お前はわしの最初の電話の相手……。たいらの朝臣あそん織田おだ上総介かずさのすけ三郎信長さぶろうのぶながだな? 坂倉さかくらから聞いておるぞ。よくもまあ誹謗中傷してくれたの」


 暗闇の中で徐々に猿玉さるたまの声が近づいてくる。


「何で⁉ あたしたちの電話、完璧だったはず!」

「……どのへんがだよ」


 大和やまとの叫び声に光秀みつひでが突っ込んだ。


「きゃきゃきゃ……。あの程度で完璧……? 恥を知れ……!」


 猿玉の声は近づくのをやめたが、変わらず正面方向から話しかけてくる。


「失礼ながらお顔を拝見!」


 らんがパンツのポケットからスマホを取り出し、猿玉の声がする正面へとライトを向けた。

 ——直視するのが難しい猿玉の外見が照らされ、明らかになる。


「……貴様。どこで気付いた?」


 猿玉はぼりぼりと頭をきながら、


「おや? と初めて思ったのは一人称だ。坂倉は『俺様』と言うからな。その後モニター室の監視カメラに張り付いておったら、案の定見たこともない連中がエレベーターに乗り込んできおった……。そういうことだ」

「疑ってたんなら、何でパスコードを教えたんだよ⁉」


 レックスがぜんとしていた。猿玉はくつくつとわらったのちに、


「決まっておろう……。遊びたかったから‼」


 つぶらな瞳をカッと見開いて言った。


「……も、もう嫌。帰ろうよ……!」


 ずっとおびえていたかなが震えながら呟いた。


「きゃきゃきゃ……。帰さん。帰さんぞ。お前らは帰さん。それよりも見てくれ。この芸術品を……」


 突如として明かりが点灯し、大和たちは目を覆う。目が光りに慣れるのを待って大和たちが前方を見やると、そこにあったのは濃い緑色の大型車両。その上にそびえ立つ一発の鈍色にびいろの弾頭は底知れないようさを醸し出していた。


「分かるか? こいつは9K720イスカンデル-M戦域弾道ミサイルだ。ロシアから格安で譲ってもらい、その後我らで独自に改造を加えたわい……! 車両のミサイル制御室からミサイルを発射することができる」

「い……いすかんでる……?」


 はっきり言って大和にはちんぷんかんぷんだった。


「ふん。早い話がミサイルか。それがどうした」


 大和は一気に超訳した信長を素直に尊敬した。恐らくそれは他のみんなも同じだっただろう。


「きゃっきゃっきゃっきゃっ。まだ分かっていないようだな。こいつはな? 弾頭を替えることができるのだ……。例えば……核弾頭に替えたらどうなるかな?」

「な……何だって⁉」


 光秀がくらっとよろめいた。


「そ、そんなこと……そんなこと許されないよ!」


 奏多が震えて、しかし自分を奮い立たせて叫ぶ。


「きゃきゃきゃ、許されるとか許されないではない。儂が核を撃つと言ったら撃つのだ。分かったかガキども……!」

上様うえさま! 後方より何者かの気配が近づいてきます!」


 乱の言う通り、後方から足音が聞こえてきた。それも複数。かなりの数だ。大和が後ろを振り返ると長身の男がガラの悪そうな男どもを引き連れて近づいてくる。ざっと百人はいるだろうか。


「——大事な俺様の車をよくもへこませやがったな……てめえら!」


 今度は一転して低い声が聞こえてきた。信長にとっては——かつて聞いたことのある声だった。


「……坂倉か。……囲まれたな」

「おう、信長……。元気にしてたか」

「あ、あいつが坂倉……!」


 結構イケメンじゃん、という言葉の続きを大和は呑み込むことに成功した。そんな大和にはお構いなしに坂倉が口を開く。


「なあ猿玉。てめえからもらった握り飯。食ったら腹壊してコンビニの便所の中だ。しかも織田信長の一行に車ぶつけられて運転席側のフロントドア見事にへこんだわ……」


 坂倉はくさりがまをひゅんひゅんと振り回しながら最後尾の乱に歩み寄ってくる。


「便所から出たらその一行は走り去っちまうし……悪いが後つけさせてもらったぜ……」

「きゃきゃきゃ、それはすまんかったな。さて。儂ら『金砂』は古の時代の戦い方をしとする。つまり飛び道具は最低限しか使わん!」


 猿玉がそう言い放ち、坂倉がダン! と足を踏み鳴らした。鎖鎌をピタと止めて構える。


「この落とし前は……暴れることでしかつけられねえ! 野郎ども! 行くぜ‼」


「「「「ウオオオオォォオオオオォオオ——————ッ‼」」」」


 アジト内に荒くれどもの怒声が反響した。

 ガラの悪い男どもが雪崩を打って飛びかかってきた。


「ひえええぇえええぇええええええええええええええっ⁉」


 真っ先に逃げ出したのは光秀。しかしその前には猿玉がいることに気付き、しばらく右往左往したあと上を向いて両腕をバタバタと動かした。まさか飛ぼうとしているのだろうか。


「何してんのミツ君‼」


 大和が奇行に走る光秀の腕を握った。


「離してよ大和! 僕は鳥になるんだ‼」


 変なことを口走る光秀に大和はすっかり困惑している。


「きゃあああああああああああ‼」


 奏多が男に足首をつかまれ、悲鳴を上げた。


「いけない‼ 奏多殿‼」


 乱が素早く男の腕を刀で切り裂いた……というより切断した。

 奏多の足首には切断された男の手首より先が摑まったままだ。乱は無邪気に白い歯を見せて、優しくウインク。


「これで大丈夫! よかったですねえ!」

「ひえっ! ひえっ⁉ ひええええええええええええぇええええええええぇぇぇええっ⁉」


 脚を蹴るようにぶんぶんと振ってパニック状態の奏多を、乱は不思議そうな顔をして眺めていた。


「……こうなれば手は一つ! 大将首を取る!」


 叫んだ信長が猿玉目がけて駆け出した。


「きゃっきゃっきゃっきゃっ!」


 猿玉が天井からぶら下がる機械のコードを摑み、雲梯うんていのようにして高速で渡っていく。


「待て貴様っ‼」


 信長が何度か剣閃を飛ばすも、猿玉の周囲のコードを切り飛ばして火花が散るのみだった。信長は怒りに震えたが、すぐにその怒りを引かせた。落ち着いた口調でみんなをさとすように言う。


「形勢不利だ。一旦退くぞ」


 乱が荒くれどもの鉄パイプを刀で受け止めながら、


「な、なんと……! 上様……!」

「で、でもここまで来たよ?」


 レックスがひょっこりと顔を覗かせた。


「屈辱を二度は言わん。ここは退く! 乱! 殿しんがりを命ずる‼」


 言うなり信長は荒くれどもに剣閃を飛ばした。鋭利な一撃が直線状に荒くれどもをたおし、見事な死体の川ができあがる。信長はこの期に及んでも存在しない翼をはためかせようとする光秀を押さえていた大和の手を取った。


「来いっ! 貴様たち‼」

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