十八 通話

「きっとそうです! 『金砂きんしゃ』の下っぱのスマホですよ!」


 らんが叫び、みんなで大和やまとの手の中のスマホを見つめる。


「でもさっき『おーい、坂倉さかくら?』って表示されてなかった?」

「うん……じゃあ坂倉のスマホなのかなあ……?」


 レックスが視線を上げながら顎下あごしたに指をあてがって考え込んだ。


「坂倉さんって誰?」


 光秀みつひでのんいてきた。

 大和は額に手をあてて、


「あー、そういえばあんた知らなかったね。えっと、坂倉っていうのは信長のぶながの命を狙ったことがある『金砂』からの刺客よ」

「えーっ! 何それ大変じゃん!」


 大和は光秀を流し見ながら、軽く鼻を鳴らして返事をした。

 改めて手の中にあるスマホを眺める。


「しかしこれはまたとない好機だな! 乱! よくやった! 見事な追突ついとつであったぞ!」


 背中をばしばしと叩く信長に、少し困惑気味に視線を泳がせる乱。まさか追突事故を起こして褒められるとは思ってもみなかったのだろう。


「信長さ。さっき『腹を切れ』って蘭丸らんまるに言ってたのは誰だっけ?」


 レックスの鋭い突っ込みを受けてもなお、信長は動じることなく乱の背中を叩き続けていた。

 そこへ再びポップアップ通知が入る。


『おーい、坂倉』

『今日久し振りに焼きそばパーティをせぬか?』

『材料費はわしおごるぞ』

『お前の返事が聞きたい』


 大和は目が滑る思いがした。こいつらの会話はどうでもいいにもほどがある。


「能天気な会話するんですねえ、坂倉の奴」


 そうこぼした乱に百パーセント同意だった。


「まあよいではないか。あとは車に乗り込んでから……」


 スマホの着信が鳴った。


「うえっ⁉」


 大和は喉の奥から変な声が出てしまった。

 一転してパニックにおちいる大和たち。取り乱すあまりスマホを取り落としそうになり——がしっと信長が鷲摑わしづかみにした。こういう時は動じることのない信長が頼りになる。


「出るか?」


 信長がスマホを手に訊いてきた。


「い、いや、出てどうするの⁉」

「知れたこと。余が巧みな話術でこいつらのアジトの場所をうま~く聞き出すのだ」

「何か不安しかないんだけど……」


 信長はスマホを指差し、


「早く出んと切れるぞ」


 大和は天を仰いだ。


「ええーい! あとは野となれ山となれ! 出て信長‼」


 信長は瞬時にスピーカーにしたうえで電話に出た。


「もしもし」

『すまんなあ坂倉、忙しい時に。どうしてもお前の返事が早く聞きたくて』

「ふん。どうでもいいことを気にするのだな貴様は」

『あれ? 坂倉よ。お前は本当に坂倉か? 何か口調がいつもと違うが……』


 不意に信長は大和にスマホを突き出す。


「飽きた。あとは貴様が話せ」


 それはもう凄まじい顔をしていた大和であった。こんなタイミングで飽きるなんて信じられない。ふんのあまりに無言で地団駄を踏む。


『おーい? 坂倉?』


 大和は幼い頃から演技力を鍛えてきたつもりであった。何と言っても将来の夢は芸能界入りなのだから。


「はぁ~い、坂倉だよぉ~?」

『???』

「……上様うえさまの勝ちですね! 大和殿に期待した私が愚かでした!」


 言った乱の頭を大和が跳び上がってぱたきながら、


「ごめんねえ。ちょっと風邪ひいちゃってえ。声が変なの~」

『そうか風邪か。どうも声が高くなったと思ったら。夏風邪は治りにくいから気を付けろよ』

「えへっ、ありがとぉ~!」


 何とか平然と話しているつもりだが、電話の向こうにいる話し相手のこわは常軌を逸していた。黒板をいたような不快な高音。大和たちはこの声をどこかで聞いたことがあった。


「(というか早くここを離れよう。坂倉が戻ってくるかも!)」


 レックスが小声でみんなにささやき、急いで大和たちはこの場を離れるのだった。




 全員信長カーに乗り込み、再び注意を電話の主に集中させる。


『ん? ドアが閉まる音がしたが車に乗ったのか?』

「そうだよぉ! 坂倉ちゃん運転してるの!」


 乱が車を発進させた。運転席側のヘッドライトが割れたままだが、この際しょうがない。


『…………そうか、早く帰ってきてくれ。今日は焼きそばパーティだ。お前の作る焼きそばは魔法がかかったかのように美味うまいからな』

「えへへ。腕によりをかけて作るね!」


 乱はテキトーに走りつつ、坂倉のスマホに耳をそばだてている。また事故を起こさないか心配だが、優秀な乱がそんなヘマはしないだろう。

 と、ここで光秀が大和の腕を小突こづいた。


「(ねえ? 早くアジトの場所を聞き出してよ)」


 大和は軽く咳払いをして息を整えた。


「え、え~っと、あれれ~? 夏風邪が悪化して意識が朦朧もうろうと……ア、アジトの場所を思い出すのが困難になってきちゃったぞ~?」

『おいおい、大丈夫か?』

「う~ん、大丈夫じゃない……。お前が誰かも分からな~い……」

『儂は猿玉楽さるたまがく! 『金砂』の頭領じゃないか! しっかりしろ!』


 車内の誰もがニヤリとほくそ笑んだ。


「(猿玉……! そいつが『金砂』の頭領か! さすが大和だね!)」


 囁いた光秀と大和は軽くフィストバンプ。


「アジトの場所を教えて~ん?」


 もはやなりすましを通り越してただのお願いになっているが、大和は至って真剣だ。


『えぇ~っと、駅の近くの空き地にあるさびれた小屋だ!』

「なるほど! OK!」


 大和の返事を聞いた信長は派手にガッツポーズした。そして後方に手を伸ばしてスマホを奪い、


「——最後に助言しておいてやる! 貴様こそのど飴でも舐めろ!」

『あれ? 坂倉、声戻ったな?』

「それだけだ! 死ね下郎‼」


 そう言ってスマホを切ってしまった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る