十 死闘

 朝日が徐々にその姿を現し、金色の光が山をき分け出てきた。

 幻想的な風景とは裏腹に、満身創まんしんそう大和やまとたちを打ち首に処すると豪語する信長のぶなが


「はあっ……はあっ……‼ 別にそれでいいから……休ませ、て……‼」

「う、うち……も、もう駄目……!」

「おいっ……せめて死ぬ時は、一緒だ、ぞ……!」


 汗と泥にまみれた三人の高校生が地面に大の字となってこと切れようとしていた。


「貴様たちが非力なせいでせっかくの『日ノひのもとじょう』が台無しだ‼ どうしてくれる‼」


 レックスが一人よろよろと立ち上がった。さすが補欠とはいえバスケ部である。


「なんだ貴様! 動けるではないか! 動けるなら働かんか‼」

「の、信長、さあ……!」


 レックスは何か言いたげにパクパクと口を動かしたあと、前のめりに倒れた。

 それを見た信長は「ふぅむ」と嘆息。


「前のめりに倒れるとは……! やるではないか……!」

「死……死ぬ……!」


 大和はケホッと乾いた咳をした。一昼夜飲まず食わずで作業していたのだ。よく生きていたものだが、それは全員に言えることである。まさに奇跡の生還。


「未来の連中はどうも打たれ弱くていかん! なあらん?」

「え? えぇ……まぁ……」


 乱は澄んだ瞳で信長を真っすぐに見つめながら、視界の端の準・死体の三人にチラチラと瞳をすがめる。


「そ……そもそも……トラックとかの一台も使わずにってのが……無理なんだ、よ……!」


 準・死体のうちの一体、レックスが体力を振り絞って喋る。


「『とらく』? 何だそれは⁉」

「トラック……! やっぱ知らねえんかい……! 車の一種……!」

「この建設会社……めっちゃくちゃブラック……げほっ……!」


 同じく過労死寸前のかなが呪いをかけるように呟いた。

 織田おだ安土桃山建設株式会社はブラックすぎる。


「あのう……先ほどからレックス殿がおっしゃっているのは一体どういう……?」


 レックスは泥まみれになった学生がくせいかばんから経済の本を適当に開いて見せた。

 そこには車がずらりと並んで列になっていた。

 乱の目がきらきらと輝く。


「こ、これは壮観です! 地をう鉄のかたまりですよねこれ!」


 乱はレックスから経済の本を受け取ると、パラパラとめくる。


「すごいすごい! こんなに鉄の塊が載っています!」


 本をめくるたび、子供のようにはしゃぐ乱を信長はどこかうざったそうに眺めていた。


「乱。貴様その鉄塊てっかいを操りでもするつもりか? 城を造るのに忙しいこの時に。そんなものを操る前にまずは城を造れ!」

上様うえさま。この鉄の塊に物資を載せて使うことはできないでしょうか」


 信長の目の色が少し変わった。


「何だと……?」

「こちらをご覧ください。材木を載せて運んでいる鉄の塊もあります」


 乱は軽トラの写真を信長に見せた。


「ふむふむ……」


 信長の目の色は変わり続ける。


「人だけでなく物資も載せることができるなんて一石四鳥も五鳥もあるような気がいたします」

「ほうほう……!」


 信長の目の色はすっかり変わっていた。


「うっくっくっく……!」と気味の悪さ全開の笑い声を発した信長は、乱をずびしっ! と指差した。


「乱! 至急この鉄塊を操り、『日ノ本城』を完成させよ!」

「はっ‼」

「わ~! ストップストップ!」


 いくらなんでも危なすぎると言わんばかりに大和が起き上がる。

 怪訝けげんな顔をして視線を向けてきた二人に、


「車を運転するのには免許がいるのっ‼ 無免許で運転なんかしたら捕まるよっ!」

「ふん。このを捕らえようとするのなら斬り捨てるだけだ」

「アホかッ!」


 大和は最後の力を振り絞ってわめらす。


「とにかく! 十八歳以上でないと普通自動車運転免許はムリ! 分かった⁉」

「私ちょうど十八なんですけど」


 大和はズコッとずっこけた。

 もう立ち上がる気力は残っていない。

 そのまま意識は闇の中へと沈んでいった——



 ★ ★ ★



 どれくらい長く眠っていただろう。

 大和が目を開けると自室の天井のシャンデリアがぼんやりと見えた。

 脚が動かない。

 あまりの過労でおかしくなってしまったのだろうか。


「う……くそ……っ! 信長め……!」


 起き上がりながら自らの脚を見やる。

 乱が猫みたいに丸まってすよすよと眠っていた。


「蘭丸————ッ‼」

「きゃいんっ⁉」


 大和は思いっ切り脚を振り上げ、乱を吹っ飛ばす。


「あんたねえ! いい加減にしなさい! からかってんの⁉」


 あまりの勢いでシャンデリアにつかまるところまで吹っ飛んだ乱は、


「大和殿怖い~! でも気が付かれてよかった! 丸一日眠ってらっしゃいましたよ!」

「丸一日⁉」

「あ、そうそう、上様が大和殿にお手紙らしいです。お優しい上様ですから、大和殿の容態をそれはそれは心配されていましたよ」


 そう言って大和の枕元を指でさし示す。


「……信長が?」


 起き上がってベッドの枕元を確認すると、確かに一枚の書状が置いてあった。

 それをいつの間にか点滴の管が走っている腕で取り上げる。


「なになに……」


 一枚の和紙が入っていた。それには「ぬます」と崩した字体で書いてあるだけだった。


「何これ」


 てっきり詫びの一言でも書いてあるのかと期待していたら意味不明の一言。

 信長は大和の逆鱗に軽々と触れていったのだ。


「あのひげちょんまげ! もう許さん!」


 大和は怒りに震える手で腕から点滴の管を引っこ抜くと、ふらつきながらベッドを抜け出る。乱がシャンデリアから飛び降りて大和の体を必死に支えた。


「ああ大和殿! あまりご無理なさいませんよう!」

「放せ! あの髭の頭をかち割ってやるっ‼」

「えっ⁉ そんなことしちゃ駄目ですよお!」

「今のあたしには理性がないのっ!」


 お互いがお互いを取り押さえようと、ばたこらばたこらすること数分。

 大和はふっと気が遠くなった。


「あっ……」

「ほら大和殿!」


 乱が床に座った体勢で大和をお姫様抱っこした。

 時間にして数秒——しかし大和には数分に感じられた——時が止まった。


「今は安静に」

「は、はい……!」


 至近距離で美少年らんからささやかれ、思わずYESの返事をしてしまう。

 顔を少し赤らめた大和がベッドの上へと運ばれた。


「……でも。でもでも。せめてお詫びの一言くらいくれてもよくない? あの髭!」

「う~ん、何て書いてあったんですか?」


 乱は和紙を受け取ると、裏返したり逆さにしたりして眺める。

 そして一瞬くうを見やり、


「……これ逆から読むのでは? 上様は素直じゃありませんから」


 と大和に貴重なアイディアを提供したのだった。

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