彼女に浮気されて絶望してたら親友が助けてくれた! 学校中の噂に苦しむ元カノと浮気相手を横目に、俺は幸せを掴む

こまの ととと

第1話

 あの日、雪が降り始めたのは十二月初旬のことだった。


 どこか寒々しい雲に覆われた空から、ふわふわと降りてくるそれを見上げながら、俺――高峰悠真はため息をついた。


「またかよ。降りすぎだっての」


 街路樹の枝に積もり始めた雪を払いながら、俺はぼそりとつぶやいた。


 目の前には、まるで反対の性格の人間が居る。


「雪、いいじゃん。綺麗だし静かで」


 ニコニコと笑いながら答えるのは、幼馴染の七瀬紗希だ。


 背中に背負ったリュックには何やら膨らんだ荷物が詰まっている。それを気にするでもなく、彼女は俺の前をひょいひょいと歩き去って行く。


「紗希、どこ行く気だよ?」


「ちょっと待ってて!」


 返事をしながらも振り向かずに進んでいく紗希。


 俺は仕方ないと思いながらも、思わずニヤケた顔で小走りで彼女を追いかける。


 雪道で足元が滑る感覚を感じながら、それでも追い続ける。

 俺達はいつもこうだ。


 紗希は、昔から俺を引っ張り回す天才だった。


 紗希と俺が知り合ったのは、幼稚園の頃。

 隣の家に引っ越してきた彼女は、どこにでもいる普通の女の子に見えた。


 だが実際に話してみれば、普通どころかエネルギーの塊だった。


「たかみねゆうまくんっていうの? じゃあ、ゆうまだね!」


 初対面で馴れ馴れしく名前で呼ばれた俺。といっても幼稚園の頃の話だ。それを当たり前に受け入れて、うん! なんて元気な返事をしたのを覚えている。


 そんな調子で、俺たちは自然と一緒にいるようになった。


 小学校では、一緒に放課後の遊びに駆け回った。

 中学校では、部活終わりの帰り道を肩合わせながら並んで歩いた。


 そして高校に上がった今も、彼女は俺の隣にいる。


「で、どこ行くんだよ?」


 俺の問いに、紗希はリュックを持ち上げて得意げに言った。


「秘密! だけど、きっと楽しいからついてきて!」


 いつも通り、俺は彼女の言葉に従うしかない。

 そういう関係だ。



 たどり着いたのは、街外れの公園だった。

 遊具はとっくに雪に埋もれ、人気のない静かな場所。


 その真ん中で紗希はリュックを下ろすと、急に手袋を嵌め始めた。


「雪だるま、作ろうよ!」


「は?」


「いいから手伝って!」


 紗希に急かされ、俺は仕方なく雪を丸め始めた。

 冷たい感触が手袋越しに伝わる。こういうところが彼女の不思議なところだ。


 普通、高校生がこんな雪の日に外で遊びたがらない。それも雪だるまって。

 でも、紗希に誘われたら断る理由もない。


 実際、こいつと過ごす時間はなんだって楽しい。



 小さな雪だるまが完成したのは三十分後。


「よし、できた!」


 紗希は満足げに頷くと、雪だるまの頭に小さな赤いマフラーを巻いた。

 それは、彼女がつい先ほどまで使っているものだ。


「それ外して寒くないのかよ?」


「大丈夫だよ。ほら、こうした方が断然かわいい!」


「そうか?」


「そうだよ!」


 そう言い切る紗希の顔を見て、俺は言葉を飲み込む。

 結局、彼女に逆らえないのはいつものことだ。


 それに言われてみれば確かにかわいい……かもしらない。



 夕陽に照らされた帰り道、紗希がぽつりと言った。


「ねえ、悠真……」


「なんだよ」


「私たち、これからもずっとこうしていられるかな?」


 不意打ちの言葉に、俺は少し戸惑った。


「急にどうしたんだよ」


「なんとなく。こういうこと言った方が彼氏として心配してくれるかなぁって」


「……バカ言うなよ」


 そう言いながら、俺は小さく笑った。


「俺はいつだってお前の相手で忙しくて、とても他のことなんてしてられないよ」


 その答えに、紗希はホっとしたような顔をして笑った。


「ニヒヒ! もう~カッコイイこと言うじゃん」


 その笑顔を見た瞬間、俺の心に小さな灯がともった。


「紗希」


「なに?」


「これからも、こんなつまらないこと言ったりしような。雪だるま作りは流石にしばらくは勘弁だけど」


「えぇ、また作ろうよ。ほら、約束!」


 紗希は小指を差し出してきた。俺はそれに自分の小指を絡める。


 この瞬間、俺は彼女が好きだという気持ちが改めて深まった。

 そんな心も温まった帰り道だった。




 まさか、二人の関係があんな風に変わって行くなんて……。

 この時は思いもよらなかった。




 それからも、いつもの毎日が楽しかった。


 お互いの部活終わりに帰る道、週末の映画館。

 どれもが俺たちだけの特別な時間だった。


 でも、そんな幸せな日々は、思ったより早く歪んでいく。


 ◇◇◇


「七瀬。君、今日は誰かと帰るのか?」


 教室の隅、紗希が声をかけられていた。

 相手は佐藤秀一――スポーツ万能、成績優秀、そして女子からも人気がある。


 いわゆる学園のスターだ。


「え? あ、今日は悠真と帰るから……」


 紗希がそう答えると、秀一は少し眉をひそめた。


「高峰か……でも、ただの幼馴染だろ? たまには他のやつとも遊んだ方がいいぜ」


「べ、別にそんなこと……」


 紗希の声が少し曖昧に濁った。

 それを見逃さず、秀一が笑顔で続ける。


「じゃあ、今日だけ付き合えよ。俺が面白いとこ連れてってやるからさ」


「で、でも……悠真が……」


「高峰には俺から話しとくって。大丈夫、な?」


 その言葉に、紗希は小さく頷いてしまった。

 その時の彼女の胸には、不安と同時に、どこか未知のものに対する興味がわずかに生まれていた。


 ◇◇◇


 放課後。俺は紗希のことを待っていた。

 けれど、いくら待っても彼女は現れない。


 メッセージを送っても既読がつくだけで、返事は来なかった。


「おかしいな? 何してんだ……」


 いつまでも現れない事に業を煮やして一人帰ることにする。


 そんな帰り道の途中、雪が降り始めた。

 冷たい風が頬に触れるたび、どうにも嫌な予感がして気分が優れない。


「何も、無いよな……」


 ◇◇◇


「こんなとこ、初めて来た……」


 紗希がそう呟いたのは、街中のとあるカフェだった。窓際の席で向かい合う二人。

 秀一は慣れた手つきでメニューを開き、紗希の前に置く。


「何でも頼んでくれ。ここのケーキは結構有名なんだよ。俺もよく来る」


「あ、ありがとう」


 ニコリと笑う秀一に合わせて、紗希は少しぎこちない笑顔で答える。

 心のどこかで、悠真に悪いと思う気持ちもあった。


 でも、人の良い笑顔を浮かべる秀一の熱い視線に、どこか安心感も抱いていた。


「なあ、七瀬って意外とおとなしいよな。もっとこう、わがままとか言わないのか?」


「そんなことないよ。でもあんまり、迷惑とかけたくないし」


「迷惑なんてかけていいんだよ。高峰じゃないけど、俺だって全部受け止めてやるからさ」


 その言葉に、紗希の心がぐらりと揺れる。

 そんな力強い言葉をかけられたのは初めてだった。

 あの悠真すら、そこまで自信のある台詞を言った言葉はない。


 一人の男性としてはともかく、この目の前の人物のことはもっと頼ってもいいかもしれない。紗季は少しばかりそう思った。


 ◇◇◇


 数日後の校内、俺は偶然その場面を目撃した。


 秀一が紗希に寄り添い、彼女の耳元で何か囁いている。

 紗希は一瞬戸惑ったように見えたが、次の瞬間、彼の言葉に頷いていた。


 その後、俺は紗希に問い詰めた。


「今日、佐藤と一緒に何か言われたよな? もしかして嫌がらせでも受けて――」


「そんなことないよ!! あの人がそんなこと……!」


「あ、あの人?


「……ごめん。あの……違うの、悠真! 勘違いしないでね」


 紗希は慌てた様子で手を振った。

 その奇妙な動作が妙に気になった。


「勘違いって、一体何の話だ?」


「えっ? あ、その……佐藤くんが、ちょっと相談があるって言うから……それだけなの!」


「ああそう。でも彼氏としてはちょっと距離感が気にはなったな」


 他の男と楽しそうに話しているのは、正直気に入らない。これでも彼氏としてのプライドってものがある。


 それでも紗希は、まるで何かを隠すように目をそらした。


「大丈夫だよ悠真……信じて。私は、悠真が”一番”好きだから」


「本当かよ? ま、いっか。帰ろうぜ」


「う……。あっちょっとごめん。今日友達が相談に乗って欲しいって」


「そうか。まあ、そういうことなら仕方ないな」


「ほ、ほんとにごめんね! 明日はきっと大丈夫だから」


 それだけ言うと、紗季は足早に廊下の向こうへと消えていった。

 ちょっと不自然にも見えたが、それだけ重要な相談事なんだろう。



 仕方なく一人で玄関口までやってきて、一人寂しく下駄箱に手を掛けようとした時、不意に声が掛けられた。


「あっ、悠真。今日は一人なの? 珍しいよね」


「うん? ああ、ゆきか。紗季なら友達の相談に乗らなきゃだと。女にもおモテになるようで、まったく彼氏として妬けるくらいの人気者だ」


「ははっ仕方ないよ。紗季ちゃんってば学校のアイドルだもの。そんな可愛い子を射止めたんだから、どっしり構えてないと」


 もう一人の幼馴染にして親友。あだ名はゆき。

 そのクリッとした目に可愛らしい容姿、それに同い年の女子の平均より小柄な見た目だけあって、ある意味クラスの人気者だ。そういう意味では紗季と同じかな?


 実際、こいつと紗季は仲がいい。


 俺が紗季と付き合うようになってからは、気を利かせてか、三人で帰ることは滅多に無くなったな。


「今日は寂しい者同士で仲良く帰ろうぜ」


「なにそれ? ……もう仕方ないなぁ。ぼくが一緒に帰ってあげよう」


 恋人じゃないけど、親友と帰る道筋。これも高校生らしくて全然いいじゃないか。

 今日も北風が冷たいが、友達同士で他愛もない会話しながらなら、それもあまり気にならないものだ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る