繋ぐと星座になるような
篠崎 時博
第1話
「――冬の星座には、おおいぬ座、おうし座、こいぬ座、ふたご座などがあります。その中でも代表的な星座はオリオン座です。オリオン座には明るい星が多く、1等星が2つ、2等星が5つあります。この1等星はオリオン座の左肩にあたる赤い星、ベテルギウスと右足にあたる青い星、リゲルです。ベテルギウスは別名「平家星」言われ――」
精密機械の接続部品を設計から製作・加工までを行っているこの製作所では、複数の機械が同時進行でひっきりなしに動いている。
金属を削るときの鋭い音と機械の鈍い作動音にかき消されるように
彼の言葉はまるでベルトコンベアのようにひたすら口から流れ、一向に止まる気配はない。
周囲の人間は彼のその奇異な行動を無視して、というよりも、既に慣れてしまっているのか、何事もないように作業を進めている。
「あ゙ぁ゙〜!!今戸のヤツ、マジでうぜえ……!」
製作所の外にあるベンチで、
「あぁ、アレね……」
自販機の横で煙草を吸っていた同僚の
「機械の側だと大して気になんねぇけどよ、休憩室でアレは困るわ」
「まぁな。BGMにもなんねぇしな」
「そう言ってお前、寝てただろ」
「バレたか……」
白井は呆れるように大きなため息をついた。
「悪かったな。寝たよ。寝ちまったよ。……だって飯食った後に、アレが聞こえたら寝るだろうよ」
「完全にBGMじゃねえか」
「そう言う白井はどうなんよ。うるさいって分かってるんならいっそのことイヤホンでも耳栓でもいいから付ければいいじゃんか」
「俺、耳になんか入れるの嫌なんだよ」
近くにある事務所の時計は午後の1時を示そうとしている。休憩時間の終了が近い。
「……まぁ、アレは今に始まったことじゃないし、結局俺らが我慢すりゃあいいだけなんじゃん?」
「まぁ、そりゃそうだけど……」
「時間ねぇし、早く戻るぞ」
時間を気にした古沢が白井の肩をパンパンと叩いて、戻ろうとしたときだった。
「おおっと……!」
2人が振り向いた先に俯き加減の今戸がちょうど立っていた。
「……ごめんなさい」
小さいが作業時の呟きとは変わってハッキリと白井たちに向かって放った言葉だった。
「えっ……?あっ、いや、その……」
「ごめんなさい!」
白井たちが聞こえないと勘違いしたのか、今戸はボリュームを大きくして言った。
「……ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい――」
「いやいやいやいや、別に気にしてないから、俺ら。な?」
古沢が白井のほうに目を向けると、白井は「おう……」と返事をしながら細かく頷いた。
「先戻ってるからな~」と言いつつ、2人はそそくさとその場を去っていった。
「今戸、何かあったか……?」
変わらずぶつぶつと呟きながら、出来上がったばかりのネジの確認をしている今戸に社長の
作業には変わりなく取り組んでいるものの、ここ最近の彼の様子を青池は気にしていた。
「あ、社長……」
「今戸、最近どうだ?」
「“どう”って?」
「あー……、“大丈夫か”ってこと」
「大丈夫です!」
「本当に……?」
「本当です!」
「……おう、じゃあ午後も頑張ろうな!」
「頑張ります!」
再び作業に戻った今戸を離れたところで見つめながら、青池はふぅ、とため息をついた。
彼が生まれながらの障害故に、他の作業員たちと入職時から上手くやれていないのは既に知っている。
「配慮」と「特別扱い」の違いは分かる。が、どうも上手くフォローが出来ない。
「真面目な子、なんだけどねぇ……」
✳︎
「……障害者の雇用って義務なんですか?」
その日の業務後、事務所の窓から作業場をぼんやりと眺めていた白井は、机で書類整理をしている青池に言った。
「今戸のことか?」
一応遠回しに言ったつもりではあったが、直ぐにバレてしまった。
「今戸を雇ったのは、別に義務でも助成金なんかでもないぞ」
彼を雇うことで不満を感じる作業員が少なからず出てくるだろう、いずれ作業員の口からそれについて直接聞くことになるだろうとは、なんとなく予想していた。
“あの人のせいでみんなが迷惑している”
しかし、だからといって解雇すれば解決、というわけにはいかない。そもそも職場なんて全員が全員、気の合う人たちが集まる場所というところでもない。
「でも社長、よく今戸のこと気にかけてますよね?知り合いなんでしたっけ?」
「まぁな……」
「親戚とか?」
「いや」
「友人の子供?」
「違う」と答えた後しばらくして青池は「……いや、違わないか」と小さく訂正した。
「
「その黒田さんって誰ですか?うちにいた人とか?」
「あー……。そうだな、白井は知らないかもな」
青池は顔を覆っていた手をゆっくりと放した。
「……1年くらい前まで、たまにこの工場に来てたメガネをかけたおばさん分かるか?俺とよく話してた」
白井は思い出す。確かにたまに、それも仕事が終わった時間帯に青池と会っていた女性がいたような気がする。
「覚えるような、いないような……?」
「彼女が黒田さん。今戸の保護者みたいなもんだな。養護施設の施設長やってた人なんだけど」
「あっ、そうだったんすか」
そういう繋がりか。そう思ったのと同時に白井はふと疑問を抱いた。青池と黒田は実際に会っていたようだが、黒田と今戸が工場内で話しているところは見たことがない。
「ちなみに黒田さんは、俺の高校の時の同級生」
「へぇ〜」
「卒業後は東京の大学に行ったってことしか知らなかったんだけど、20年くらい前かな、スーパーで買い物ところ偶然見かけてな」
「あー……、出戻りってやつですか」
返事の代わりに青池はん゙ん゙と咳払いをした。
余計なことを言ってしまったと気づいて、白井は慌てて謝った。
「すみませんでした……。それで、その、黒田さんはなんで地元に戻って施設長なんかに……?」
「まだ、再会したときは施設で働くスタッフだったよ」
『ねぇ、青池君。お願い何あるの――』
痩せた身体。変わらないあたたかい眼差し。けれどその瞳の奥には、拭いきれない深い悲しみと寂しさが潜んでいる。
あの日、彼女が見せた表情は今でも思い出せる。
「……黒田さんにはな、1人息子がいたんだ。あいつと同じで障害を持って生まれてきた――」
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