第6話 铃



「――りん。手伝うよ」


 後宮の洗い物場で。天真は空っぽの駕籠を抱えながら一人の女官に声を掛けた。天真と同い年くらいの侍女。長い髪を三つ編みにして纏めている美少女だ。

 彼女の方から声を掛けられ、最初は警戒していたが、今では一番近い友人として付き合っている。


 ちなみに洗濯などは侍女より下の位である下女に任せるものと思われがちだが……妃妾(皇帝の妃やその候補)の洗濯はその妃に仕える侍女が行う。下女に高価な衣装を汚されたり破損されたりしては大変だし、何かを仕込まれる・・・・・可能性があるからだ。


 と、いうような知識をこの铃という侍女から学んでいる天真である。

 彼も皇太子であったのでそれなりの知識は持っているが、あくまでそれなり。上級妃(四夫人)の名前くらいは覚えているが、その下はよく分からないし、後宮の習慣などはまったく知らないと言っていいのだ。


 友人の登場に铃が朗らかな笑みを浮かべる。


「あ、天真。ありがとう。……沙羅サラ様の洗濯物は?」


 サラは対外的にこの国風の名前、『沙羅』と呼ばれているのだ。


「うん。なんか『えるふ』には洗濯が必要ないんだって。キラキラ光って綺麗になってた」


「へぇー。さすが沙羅様。そういうものなんだねー」


「そうみたい。臭くはなかったから本当なんだろうね」


「……天真、沙羅様のニオイを嗅いだの?」


 信じられないものを見るかのような目をする铃。


「え? なにかマズかった?」


「マズいわよ! 沙羅様は、あの・・沙羅様よ! その美しさは四夫人すら超越し! 数千年生きようとその美貌に陰りはなく! 不可思議な術で今まで数々の女官や下女を救ってくださり! 我が国の平和と安寧を日々祈ってくださっている、神様みたいな御方なのよ! そんな御方のニオイを嗅ぐなんて!」


「…………」


 それ、一体誰のこと?


 そんなツッコミは、铃の勢いを前にしてはとてもできない天真だった。


「え~っと、窓から顔を出しているのは祈りを捧げているんじゃなくて、女官や下女たちを見守っているらしいよ……?」


 とりあえず情報の訂正を試みた天真である。ここですんなり受け入れてくれるなら段々とあの『残念美人』の実体を教えていくのだが。


「あれほど高貴でありながら、私たちのことを見守ってくださって――っ!? なんて慈悲深い御方なのかしら!」


 あ、これはダメだ。


 余計なことは口にしないようにしよう。そう心に決めた天真であった。


「とにかく! これからは沙羅様のニオイを嗅いじゃダメよ!」


「あ、はい。分かりました。ごめんなさい」


 素直に頷く天真だった。そもそもサラのニオイになど興味はないので何の問題もないのだ。




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