第4話 そして聖女は帰還した。
聖女ハルが満面の笑みを浮かべている。こめかみに青筋が立っていたが、ツイーディアは淑女として、見なかったフリをした。
「はぁ、違う? さてはお忘れになったんです? そうですなぁ。
王子はん、私やせんせが、犠牲になった兵士の家族全員に頭下げに行ったのにもついてきぃはりませんでしたし。
あんさんが勝手に連れてったのに、逃げ出すためにみーんな盾にしてもうて。
私は身を挺してかばってくれたみなさんが、残されたご家族のことが心苦しゅうて、頭下げずにはおられませんでしたが。
なるほどジェイドはんは図太いんではなく、いろんなことをよぉお忘れなんですなぁ」
「そ、そんな、こと、は……」
ツイーディアは二人の様子を見ながら、案外的を射ているのではないかとそう思った。
ジェイドがハルを勝手に呪い祓いに連れ出したとき。彼は12名ほど兵士を適当に見繕い、同行させていた。
そしてそのすべてが……帰らぬ人となった。
ハルは犠牲者たちのことを嘆き、助けられなかったと自身に憤り、以降は鬼気迫る様子で訓練に取り組んだ。
呪い祓いに赴く際は彼ら12名の墓参りを欠かさず、そして彼らに誓って以降は一人の犠牲者も出さなかった。
それに比べればジェイド王子の態度は、事件そのものをなかったことにしてるかのようですらある。
もちろん、最初にやらかして以降、ジェイドは呪い祓いには参加していない。
2回目からは第二王子のトライ、ハル、ツイーディア、そして精鋭の騎士や兵士たちが赴いた。
「足腰も弱ってはるし、頭もよぉおボケになって、おまけに嫁はんになってくれそうな人は自分から捨てて。
もう王子なんやめてしもて、陛下より先にご隠居なされたほうがよさそうですなぁ? ジェイドはん」
ジェイドはもう、涙目で弱く首を振るばかりである。
「そないなお顔しとったら、祝賀の席におれへんやないですかぁ。
んん。失礼、そこの衛兵殿。王子殿下は具合がよろしくないご様子ですので、学園の救護室にご案内を」
ハルは口調を直し、騒ぎに何事かと駆け付けた兵士に告げる。
怯えた様子のジェイド王子は、兵士たちに担がれるようにして学園の方へ連れていかれた。
ツイーディアは給仕に多めの銀貨を渡して茶の注文をし、ゆるりと待つ。
運ばれてきた茶にハルが優雅に口をつけ、半分ほど互いに飲んだところで。
ゆっくりと、口を開いた。
「気は済みましたか? ハル」
気持ちが落ち着いた様子のハルにツイーディアが声を向けると。
「…………はい、先生。
ありがとうございました。
私にたくさんのことを、教えてくれて。
私にたくさんの、勇気をくれて」
答える彼女の声は、まだ少し感情の高ぶりが残っていた。
ハルはテーブルの下で、震える手を押さえている様子だったが。
ツイーディアは視線の下を扇で隠し、そっと告げる。
「ご家族と引き離されたこと、本当に気に病んでいましたからね。
それで貴女の気持ちがいくばくかでも楽になったなら、私はそれでいいのです」
時に王子に対して呪いの言葉を吐くくらいには、ハルは召喚されたことを恨んでいた。
これで好かれていると思っていたなどと、ツイーディアは元婚約者の頭の軽さに呆れる一方である。
「そんな! ただでさえ先生は、私が帰るための方法を探して、研究してまでくれたじゃないですか!
それなのにこんな……私、貰いすぎです」
感極まった様子のハルに言われ、ツイーディアは……返事を飲み込んだ。
そんなことはない、自分の方が多くのものをもらったと言いたかったが。
やれ自分が見たいからあれこれ魚を食べさせ続けたこととか。
やれ訓練や教育のたびにハルが奮起して下から見上げた視線にぞくぞくしていたとか。
やれ実は居眠りしているときやたまに同衾したときに存分に吸っていたことがあるとか。
そんな話は台無しなので、心の奥底にしまい込んだ。
そして……扇を置き、テーブルの下で密かにぎゅっと、両の手袋をはめ直した。
(王子のせいで少し時間がおしてしまった。もうこの場でやるしかない)
ツイーディアは、お茶の最中に練り上げていた魔力を、密かに大地に浸透させていく。
「研究はしたものの、私が見つけたのはあなたを元の世界に返す方法、だけ。
同じ時間、消えてすぐにというのは……魔法の範疇では不可能だった」
「いえ、それだけでも、いいんです。いずれ一度、帰れれば。たぶん、お墓はあるから……」
ハルは、急病で倒れた家族の元へ駆けつける最中に召喚されていた。
最初にツイーディアに預けられた際はそのこともあり、本当に気もそぞろであった。
「ダメです」
ツイーディアは瞳に強く力を込め、真っ直ぐに愛弟子を見る。
「何のために、聖魔法の各種癒しを極めさせたと思っているのです。
それはすべて、あなた自らの手で理不尽を乗り越えさせるためです。
同じ時、必ず
「でも、帰還の魔法じゃ」
「違います。私が使うのは、聖女の
「……………………え? この魔力、まさか!?」
ハルの足元から、仄かな青い光が立ち上る。
彼女は逃れようとするものの、もう体も動かない。
「私があなたに教える、最後のものです。よく聞きなさい、ハル。
聖女は己の聖魔法の技の、すべてを引き換えにする代わりに。
一度だけ、愛する者の願いを、叶えることができるのです」
「! !? !!」
表情くらいはまだ変わるが、ハルは声も出ない様子だった。
ツイーディアは己のすべての魔力を――――注ぎ続ける。
「見届けなさい、ハル。
聖女ツイーディア、一世一代の大魔法を」
聖なる魔法の適性者だから、ツイーディアは王子の婚約者候補となった。
それが茨の道だとわかっていたから、母は厳しくツイーディアを教育した。
父もまた、全力でツイーディアが王妃となれる道を整えた。
その魔法の適性者でありながら王妃の道から外れれば、あとは使いつぶされる末路があるだけだったからだ。
なぜか王子がハルを召喚したため、いろいろおかしなことになったが。
これで、聖女はいなくなる。
聖女として呪いに立ち向かい続けるツイーディアの宿命も、結果的には、なくなる。
だがそれは。
(ごめんなさい。お父さま、お母さま。皆、ありがとう)
自分のために腐心してくれた者たちへの、裏切りでもあった。それでもツイーディアは、ハルを故郷に帰したかった。
父母を始め、幾人かには話してある。対面でも当然頭を下げたが。
彼女を許し、背中を押してくれた人たちに、ツイーディアは胸のうちでもう一度謝罪と感謝を述べた。
そして、愛する聖女に。
「いってらっしゃい、ハル」
別れの言葉を、向けた。
消えゆく彼女の瞳を、最後までじっと見ながら。
見送り終わったツイーディアは、席を立ち、振り向いて。
「――――――――早い戻りでしたね、ハル」
私を捨てる気満々の王子がむかつくので、預かった聖女を悪役令嬢に育てる。 れとると @Pouch
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