第2話 警備員
昼間自転車にのってたら職質された。
ふざけんじゃねー。
(あー気分わりぃ)
しかし、なんだっておれはこんなクソ寒い日に海なんかに来ようと思ったんだ?
しかも、地元でもなんでもねぇ、これっぽっちも思い入れのない場所になんか。
(なんだアレ)
横に防波堤がある道に自転車をとめてたら、制服の(たぶん)中学生の男のグループがさーっと通りすぎた。
(いまのガキ、あんなヘルメットなんか。ロードレーサーみたいなヤツ。はは……。時代もかわったね)
近くにあった自販機で、ホットの缶コーヒーを買う。
一応、缶の底を見て賞味期限をたしかめた。
おれはこんな感じで、なにかにつけ用心深い。
だがヘルメットはいらん。
さっきも警察官がなるべくつけろと言ってきたが、おおきなお世話だ。
(お……そうそう、ああいうヤツだよ。あれぞヘル
アタマをすっぽりとおおう、真っ白いヘルメット。
すこしはなれたところに、それをかぶった子がいた。
おれと同じようにそばに自転車をとめている。
セーラー服のうしろ姿。
わずかに横を向いてて、海のほうを見ているようだ。
(ふつうにやばいよなこの構図……女の子をねらってる不審者にしかみえんぞ)
缶コーヒーをゴミ箱にすてて、おれは自転車にのった。
(かえるか―――――どわぁっ!!!!??)
あわててブレーキ。
前輪がふれるギリギリのところに、セーラー服の女がたっている。
んなバカな。
あの子がいたのは逆方向だぞ。しかも距離だってあった。
(別人か? いや……)
おそらくそうじゃない。同一人物。
紺色の生地に赤いスカーフ。
そいつはゆっくりと、ふかめにかぶったヘルメットをあげた。
「とまってるね、アンタの生き方」
ザパーとひときわ大きな波音。
ポニーテールで、おれをまっすぐみつめる瞳。
つよい目力があって、そらすことができない。
この顔この態度この雰囲気、事故のせいでおれにはさっぱり記憶がないが、
もしかして中学のときのミ…………
「さあっ! 泳ぐよ!!!!!」
声がきこえる。
この防波堤の向こうからだ。
頭上には太陽。
カンカン照り。
(な……なんなんだ?)
目の前に自転車が二台。
どっちも、カゴにはあの白くて大きくてダサいヘルメットが入っている。
(よっと)
背丈ぐらいの防波堤の上にけんすいして上がる。
かるっ。
おれ、けっこう中年太りがあったとおもったけど…………
よくみると、半袖からのぞく肌はツルツルだった。
まるで10代じゃないか。
(あ)
これは、そうか。
あのパチ屋のときとおんなじ現象だきっと。
てことは、
(あいつはミサだ。幼なじみのミサ!)
早くに亡くなってしまった女の子。
ただ、おれは病気のせいでそれが〈いつ〉なのか知らなくて、その原因もわからない。
こっちに手をふってる。
ふりながら、器用にセーラー服を脱いでる。
その下は下着じゃなく、
「水着みすぎだろポチ。水着みすぎ水着みすぎ」
真っ赤なビキニだった。
おれをからかうように、早口言葉みたいにいって。
目のやり場にこまる……とか、おれはそんな紳士でもない。
ただじろじろみた。
当然ムラっときそうにもなったが、おもえば同年代にはこれぐらいの子ども(あるいはもっと上)がいるんだよなぁと気づき、急速で
「ミサ。なんだよ、これ」
「いや泳ぐんだろ」ポニーテールに手の
「そう、なのか……?」
「アンタ警備員やってくれる約束だろ?」
「警備員? おれが?」
ししっ、とくしゃっとした笑顔をつくって、水辺にかけてゆく。
めっちゃいいシリ。
が、あれに欲情するのはな……。40がらみの男とJC。シャレにならん。
「とっつげきーーーーっ!!!」
おれはまわりを見わたした。
(人っ子ひとりいねーじゃん)
砂浜は貸し切り状態だった。
今が何月の何時かはわからんが、泳ぎどきなのはまちがいない。
(たまたま、すいてるのか?)
意味もなく地面の砂を指でつまんだ。
とおくで、ミサが「こっちこっち」とジェスチャーしてる。
あいつ、わかってやってるんだ。
――おれが泳げないのを。
(―――――!!!!)
瞬間、背筋に寒気がはしった。
(え。ちょっとまて。パチんときは交通事故で死にそうになったあいつを……ってことは……)
ザパーとひときわ大きな波音。
汗がひたいからあごまで落ちていく。
「ミサっ! ミサ――――っ!!!!!」
ポニーテールがほとんど水面につかっている。
信じられないほど沖のほうで。
もっとこっちで楽しく泳いでいたのに。
あいつは、もう動いてなかった。
(これは……
おれは服を――おそらく当時の中学の夏服を――ひきちぎるようにして脱いだ。ズボンもだ。
(ま、じ、か)
いきおいで飛び出したって、
ダメなものはダメ。
もがきながら、おれの体は海中に……
「とっつげきーーーーっ!!!」
(え?)
めっちゃいいシリ。
二度目だ。
あのときのように、時間がもどってる。
(ふう……)
いや、安心してる場合かよ。
おれは泳げない。
これから危険な目にあうミサを、助けられないんだ。
「まてって!」
「あはは。鬼さんこちらー!」
「ちっ。あいつ足はや……」
おれが追いつく前に海に入ってそのままクロールですすむ。
で、そこから面白がるように〈おいでおいで〉してるんだ。
(あいつが今いる位置じゃ、ぜったいに足はつかないよな)
遠い。
何十メートルあるんだって感じだ。
「ほらこいよポチーっ!」
立ち泳ぎで得意げにいうミサ。
立ちつくすおれ。
(どうする?)
はっ。
そうだ。
「なんだよポチ! 服きたまんまじゃん」
手前のこのへんで、おれが先におぼれればいい。
さすがにあいつも、助けようとして来るはずだ。
ナイスアイデア。まったくさえてるぜ自分。
「しょーがないなぁー」
「はは。わるいなミサ」
「つかまっ…………きゃっ!!??」
ざぶん、とミサの頭が下に沈んだ。
つづけて、
掃除機で吸われるようにあいつが体ごと引っぱられる。
あわてて手をつかもうと追いかけたおれも、同じ目に。
(り……離岸りゅ…………)
海のにおいを口から吸いこみながら、気を失ったかと思うと、
「とっつげきーーーーっ!!!」
またか。
でもありがたい。
今度こそ、なんとか陸にいるうちにあいつを、
(クソはやい!)
つかまえられない。
ブがわるいんだ。
よく見ると、おれの足より、あいつの足のほうが長い。
このときのおれは、もしかして成長期の前か。
(はぁ……はぁ……)
またしてもシリに追いつけなかった。
いきおいそのまま、あいつは海へとダイブ。
再度、浜から遠い場所に陣取って、
若くして死ぬなんて様子は、みじんもみられない。
(ミサ。思い出したよ、おまえの好きな季節は夏だったな)
感傷にひたってるヒマはない。
なんとかしないと溺死する。
が、おれは泳げない。ライフセーバーぐらいじゃないと、沖に流される彼女をどうにもできない。
(くそっ! なんであいつはもっと用心しないんだよ! もっと用心……)
カッと心にイメージが浮かんだ。
最初、クイズの〈これはなんでしょう〉みたいに画像がぼやけてて、それが一気にくっきりする。
白くて丸くて大きいもの。
これだよ。
これっきゃねーよ。
おれは成長前のみじかい足をバタバタさせて、砂をけって走った。
ミサとは反対がわに。
しばらくは大丈夫。泳いで遊んでる時間がけっこうあったからな。
で、
「せめて服ぬいで入れよポチー!」
笑いながら、あいつがこっちにやってくる。
小学生のころとあまり変わらない、あどけない顔つきだ。
男友だちのようにおれに接する幼なじみ。
またこいつに会えてよかった。
「しょーがないなぁー」
「ありがとうミサ」
「……なに。急に。どうし……わわっ!!!!」
きたぞ離岸流。
すかさずおれは―――――
・
・
・
あくびがでた。
あー、 メシを食うと眠くなるな。
(ちょっとチャリで走るか)
外は夕方だった。
とりあえずフラフラいく。
曲がり角で自転車にのった警察があらわれた。
「ごくろうさまです」
って言いやしないけど、そんな表情をつくった。
じろじろ見られはしたが、今度は職質はされなかった。
もちろんヘルメットの着用をどうこう言ってもこない。
(ヘルメットね……)
あのとき、おれは急いでとってきたそれを思いっきりなげた。
うきわがわりになると思ったんだ。デカいし、中に空気がたまる形だし。
そのアイデアはうまくいった。
ミサはそれをひろって、バタ足で陸までかえってきたんだ。
なるべく浅瀬までミサを来させたのも、成功の一因だろう。
ニガ笑いしながら波打ち際を歩いてくるところで、おれは
ぶるっとスマホがふるえる。
――「死亡フラグは残り31」――
おっ。ひとつ減ったか。
でもまだこんなにあるのかよ……。
もしこれがゼロになったとき、なんか起きんのかな。あいつがよみがえるとか?
幼なじみのミサ。
中学のときのあいつ、こわいもんなしって感じだったな。
そんで、人生を楽しんでた。
(おれを警備員にして海であそぶ、か)
ながく自宅でそれをやってたけど、
このままじゃある意味流されてる。
スマホに表示されたメッセージはフッと消え去った。
夕やけ空を見上げる。
仕事でもさがしてみるか、とおれは思った。
失礼系幼なじみには33の死亡フラグがたつ 嵯峨野広秋 @sagano_hiroaki
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