第六場:海溝での邂逅
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恐れる
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(☆は初登場のキャラクター)
【登場人物紹介】
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・初登場は第一場~第三場。交友にラグのあった墨香もすっかり打ち解けて仲良し三人組に。
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・初登場は第四場。始業式と部活紹介が終わり下校中、その帰り際に寄ったファミレスにて行われた特撮談議に花が咲き仲が深まった。
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・初登場は第五場。柚寿里と撫子が一緒に食事をとることは太陽が超新星爆発を起こしても起こり得ない。
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・
・人を見る目に長けており、彼女が数字で表せない能力のマネジメントを行えば
・ただし計算はからきし、加えてダブルブッキング常習犯のため、演劇部内のスケジュール管理や事務処理は副部長の
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・2年生でありながら、夕ヶ波高校演劇部の副部長を務める長髪系イケメン青年。主に
・第二のブレインであり、その実
[☆
・かがりと操の幼なじみ。果たしてその本質は──。
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・?
[☆
・?
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「はい、これで確かに受理されました。
「「「「よろしくお願いします!」」」」
「お願いしますう」
クラブ紹介の際に父ネズミの役に殉じていた、赤い長髪をひとつに束ねた
「
「一昨日のクラブ紹介の直後に3人と、昨日僕の教室にアポを取りにきた子が3人。そして今日集まってくれたこの5人で、合計11人ですね」
「ほうほう。私のところに来た子も含めると最低14人かあ。ようし、今年は豊作も豊作だ!」
「やっぱり、
「まあ肇ってば、一躍けっこう時の人だもんね!」
今いる先輩方に気を馳せる前に、すごく墨香と話したそうにしている男の子が気になった。私よりも少し小柄な、女の子みたいな髪型の子。
「あ、あのう……」
「ぼ、ぼくですか……?」
「視線で日焼けしちゃいそうですのでえ……あのう、何か要件があれば、答えられる範囲でだけですがあ……」
「大丈夫です! 今は秋月先輩のお話を聞きましょう!」
「そ、そうですねえ……」
うーん、すごく焦れったい。閉まりきらない蓋から隠せなかった息遣いが洩れているのに、それを隙間風ということにして誤魔化してる。
そんな体温を感じる風が吹く春だからって、どうにも見過ごせないなあ。強制するのもお門違いかもだけど。
「ねーねー! 名前なんて言うのー!?」
「俺は
「わたし
「よろしくな!
「きしぶき、きしぶき、きしぶき! えへへ、もう間違えないよ、ちしぶきくん!」
「うん!
……こっちは打ち解けすぎてるし。別に墨香とこの子だって涼しげなコミュニケーションって訳じゃないのに、温度差凄いなあ本当……。
「さて。それじゃあ、今日の僕からの伝達事項はもうおしまい。諸々の活動事項の説明は部員一次締切の4日後に行う予定だから、今日はもう解散でいいんだけど……」
「そう、それじゃ味気ない! 薄味で満足できる人生は、コスパはいいけど役者には不向き! お気に入りのおかずがない時の白米は進まないよね。でも、どうだろう? きみ自身がランキング圏外の烙印を捺したそのおかずは、誰かにとっての揺るがない金メダルかもしれない。……さあさ、若人たちよ! これよりまずは、ステージ上で自己紹介! その後の30分間は、お互いの内に眠る米のアテを曝け出す時間をおくること! いいね!」
部長の潮騒先輩はそう一声を上げると、私たちを急かすように団扇であおいでみせる。まだ団扇には早い季節だと思っていたら、なんとその現物は肇ちゃんが出演していたドラマのグッズで。
『私も持ってます』みたいな言葉を糸口にしたら、けっこう話も弾むかな? なんてうつつをひとつ抜かしておく。
「要するに、自己紹介を兼ねた親睦会だね。この数ならグループ分けの必要もないし。僕たち2、3年生は半透明なガヤみたいなものと思ってくれて大丈夫だから、自由に、気楽に楽しんでね。それじゃあせっかくだし、自己紹介はステージでやろっか。……
『…………ん』
と、背を押されるようにして舞台袖に案内される
今度は本物のスポットライトまで付けられてしまって、思いのほか緊張してしまう。
「よぅし。じゃあ背の大きなきみから!」
「分かりました!」
私よりも頭ひとつ……いや、ひとつと少しがふたつぶんくらい大きな短髪の男の子が、ステージ上へと勇んで躍り出る。
真ん中のスポットライトが彼を後ろの壁に焼き付けるから、より存在感が増していて、顔立ちの凛々しさも相まってすごく精悍だ。
「
「ふむ、精悍とはまさに彼のためにある言葉のようだねぇ。ぴんと伸びた背筋、勇ましい顔つき、大きくも安心感のある声調、そして揺るがないスタンス。園くん、
「ありがとうございます! えぇと……」
「
「分かりました! ……カニって、生き物の
「ああ、カニとは可能性の可に待機児童の児と書くんだよ。けれど、生き物のカニのほうが幾分可愛いから、そっちをイメージしてくれたまえ」
「確かに蟹は可愛いですね。貴女も数万回濾過すれば、その可愛さに辿り着けそうです」
「こら、なでこ。きみはすぐゆじゅに噛み付くんだからもう……」
ストッパーとして間に割って入ることのできる潮騒先輩は、おおよそお互いの水質を繋ぐ汽水域のような人だと思った。はっきりとした境目に喘いでいた水生生物たちが息を吹き返しているのを肌で感じる。
そこに住むたくさんの命は、涙を流して喜んだのだろうか。
魚に涙腺があるのなら、私がもしも魚なら、緩んだ息苦しさに安堵して、大人になれずに事切れたきょうだいたちを偲んで、きっと涙が止まらない。
光のほうに浮かんでしまったきょうだいたち。意思を持って
……あれ?
「──がり、かがり〜?」
「……かがりい?」
「あっ……操、墨香。どうしたの?」
「あのう、気づいていないんですかあ?」
「だいじょーぶ? しんどい? それとも、どこか痛い?」
「えっ? ……あっ」
いもしない魚に入り込みすぎた。涙で視界が薄ぼけて、呼吸の粒が不揃いになって、手がすごく冷たいことに、今気がついた。
強ばった膝が緩んで、ゆっくりと尻もちをつくかたちで項垂れる。
「だいじょーぶだよ、かがり。わたしはここにいるからね〜。ゆっくり息吸って、吐いて〜……」
「私もここにいますよう。大丈夫ですからねえ……」
「……ごめんね、もう大丈夫だから。心配しないで」
大丈夫。私は
今この場では、息苦しさに注意を向けていなければ、人であるべきだ。本当にこの部屋に海水は満ちていないし、息苦しさだって心理的なもの。
……うん。やっぱりコレは課題だなあ。
喫緊とかラベルを貼っておいたほうがよさそうで、それなら私が演劇部に入るのは気が逸りすぎた選択な気がする。
「かがりはん。ひとつ訊きますね」
「は、はい」
「今先程のあなたは、海原かがりでしたかぇ?」
「! ……いいえ、違います」
「ほう、そうですか。それはええですなあ。
「あ、ありがとうございます……?」
「いいなーかがり! わたしもやっちゃん先輩ポイントほしいよ〜!」
「羨ましいですう……」
「
「もしかしてそれ知らないの私だけ……!?」
よく分からない点数が加算されて、でも充足感がないわけではなくて。私が
そこに私は言及していないのに、全部あけすけな白日に曝け出された気分になる。裸よりも更に一枚脱いだような、そんな感覚に陥ってしまうほどに。
「かがりさん、大丈夫? しばらく調子が戻らないようなら、プレパレ……準備室にあるベッドで横になってくれていいからね。多分今は誰もいないだろうし……」
「ありがとうございます、秋月先輩。でも大丈夫です。もう平気です」
「うん、それならよかった。それじゃあ、ゆったり再開していこっか。次は……墨香さん。そのままステージに上がって、園くんに倣って、自己紹介とライフワークと、夢を言ってみようか」
「わ、私ですかあ……まあトリじゃないだけマシですがあ……」
後ろ向きな言い分の割に墨香の足取りは軽やかで、すぐにステージ上に馴染んでしまった。
きらきらと光る黒曜石のような両目は正面の照明に当てられて、いっそう輝きを増している。何だか潤んでいるみたいに、たくさんの光を反射して。
「
「その夢の内訳が聞きたいんだぜ、シーグラスちゃん!」
「秘密ですう。深海よりも深いところに埋めておりますのでえ」
「食えない子だ! でも活きが良くて素敵!」
墨香はすんなりとタスクをこなして、観客席側へと足早に腰を降ろした。どこか満足げで、けれども隠しきれないような、不安そうな笑みを浮かべながら。
「じゃあ、次は
「はい、大丈夫です!」
日奏くんって言うんだ。あどけない顔立ちで、髪型とか体型も相まって、何回見ても女の子みたい。
だけどそれをコンプレックスとし抱えているかもしれないから、多分この先仲良くなっても絶対言わないと思うけど。
「
「ヒーロー志望が2人も。都合よくあと3人くらい集まらないものですかね。映像研究部を使わせていただいてフィルムを作れば、きっと素晴らしいものができますよ」
「キミ、映研に知人なんかいるのかい?」
「いませんよ? 交友関係は浅く狭くがモットーですから。けれど、映研が悦ぶものなどとうに把握済みです。古典的な
「姉さん、我が家をロケ地にするのはもうやめてくださいね? 母さんの怒髪が天を
雰囲気にたがわない実家を持っていた鏡宮先輩たちが腑に落ちた辺りで、園くんと日奏くんの夢が似通っていることが気になった。
「園くんも日奏くんも、夢はヒーローなんだ。素敵な巡り合わせだね」
「だな! まあ、日奏はもうとっくにヒーローなんだが!」
「園だってそうでしょ。ぼくはまだまだだよ。ヒーローのヒの字に被った埃を払い始めたばっかりだから」
「っふふ、なんかいい例えだね。元々みんなヒーローの素質を持ってて、ヒーローに見えない人は、それが埃を被るほどにくすんでるってこと、だよね……?」
ヒーローには明るくないけど、多分大体のヒーロー作品のオチは〝仲間との交流で己の中にいるヒーローを奮い立たせよう!〟みたいな感じだと思うから、そうひと言を投げてみる。
「せ、正解……! えぇと、海原さん。もしかしてぼくの心の中読んだ……?」
「すごいな海原! 読心に長けたヒーローもまた、果てしない魅力を抱えていると思うぞ!」
「私はヒーローになりたいわけじゃ……って、ううん。なんかちょっと、私と似てるなって思ったから、思ったままに言ったら当たったの」
「かがり、すごーい! じゃあ今のわたしは、何を考えているでしょ〜!」
と、言われても。もう目で分かる。落ち着かない感じとか、指先の産毛の躍動で20割伝わる。
これは日奏くんとは違って〝長年の勘〟というやつだと思うけど。
「〝早く自己紹介をしたい〟でしょ?」
「せ、い、か〜い!」
「ふふ。じゃあ操さん、大きな声で言ってみようか」
「は〜い! わたしは
「趣味みたいなものだよ、明朗快活新入生ちゃん!」
「趣味かー! 趣味はおさんぽです! たくさん歩くとご飯が美味しいから! それで、夢は……たくさんの笑顔を見ること! って、あれ? 今さっき言った気がする〜! 以上です!」
やっぱりこの子は眩しい。私みたいな惑星も、つられて光ってしまいそうなくらい。きらきらとしていて、目を引いて綺麗。
こんなに眩しいのに、不思議と近くても火傷はしなくて。私という物語のページが温暖の元でめくられる感覚が、心に静穏を届けてくれる。
それは、極めて心地のいいもの。私や誰かに、欠かせないもの。たくさん光って、たくさん温めてほしい。ただ、それだけを願っている。
欠かせないんだ、この子はどこでも。だって鏡を見たって、自分の光に目を焼かれることがない逸材なんだから。
……きっと私にはできないこと。
「さて。大トリになってしまったけど、かがりさん、体調は大丈夫? ステージに上がっても平気そう?」
「はい、大丈夫です。失礼します」
2段の黒い階段を上がる。ステージ上から見る景色に高揚を覚えて、やっぱり鼓動の傍が熱く、むず痒くなって、いっそう深呼吸が捗った。
それは、緊張から? 後ろめたさから?
「……
──いや、ちょっと違う、かも。
何かを袖の中に隠した、そんな無意識がこめかみを殴りつける。
誰かの
意識せずともしていても、主役であることに向き合えなかった私が、すごく嫌だった。
今この場にいる全員に、そして今この場にはいない、他ならぬ私の
私を忘れずに。それは課題。じゃあ、夢は。
「…………」
……多分、絶対に、こうだ。
「──水天肇を超える俳優になることです!」
スポットライトが熱い。大粒の汗が垂れた。
いつの間にか開いていた準備室のドアの先の暗がりは汗粒の中で乱反射して、水溜まりとしてその生涯を終えた音が響いた、先に、いたのは。
「──ふふ。言ったよ、かがり。みんなも聞いた。でもいちばん憶えているのは、きっと私とかがりだね」
「肇……ちゃん」
「……待ってるね。追いついたら、嫌になるほど傷つけ合おうね。殺し合って、愛し合おうね。血か愛液に塗れた手で、たったひとりぶんの明るみを、奪い合おうね。引き千切った荊棘ごと、泥むみたいに絡み合ったその先で、二つとないスポットライトに、ぐずぐずに灼き殺されようね」
液晶の先で見慣れた、少し眠たげなふたつの目元。
今、それは眼前に在る。そんな、つり上がった口角が浮かべる、妖艶で不敵な笑みに──
「──うん!」
私は、どうしようもないほどに昂っていた。
♢♢♢
「……先輩。肇先輩」
「ん……
「カウントダウンです。今からきっかり15秒後に、
「え〜。……それってさ、おもしろいかな?」
「はい。きっとこの上なくおもしろいですよ」
「ふふ。なら乗っちゃおうかな。凪ちゃんの勘はよく当たるからね」
「もうすぐですよ。5、4、3、2──」
『──水天肇を超える俳優になることです!』
「……!」
(……っふふ。っははは……ホントだ。最高におもしろいや。やっぱり凪ちゃんの勘は──)
「──ふふ、言ったよ、かがり。みんな聞いた。でも、いちばん憶えているのは──」
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次の更新予定
カーテンズコール とまそぼろ @Tomasovoro
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