第3話 教育

 雪華は逃げ回っていた。

 追うのは超巨大なアンコウである。

 アンコウの背に脳筋陰陽師と式神の二人が悠々と乗っているといえば、その大きさが想像できるだろうか。


「あああああ! いーっやぁああー! たーべーらーれーるぅううう!! 外に呼び出された時点でイヤ〜な予感はしてたけど。……だけどコレは組手とか、鍛錬とか。そういうのを超えてるでしょ!?」


「だいじょ〜ぶ! ちょっと口内で転がしちゃうかもだけど、食べないよ〜。でも雪女って冷たいよね? ……行者のアイスキャンディーかぁ。ジュルリ」



「うああ!? 食べられちゃう!? 食べられるのはイヤー!」


 ここは陰陽房から徒歩ゼロ分に有る自然を利用した鍛錬場。

 実戦の環境に限りなく近い、平たくいえば近くの山である。

 近くの山にて。一方的な弱肉強食が繰り広げられていた。


 巨大アンコウが飛んだり跳ねたりすると超局所的な地震が発生し、その揺れで山の雪化粧は剥がれ落ちていく。

 これでは雪崩が引き起こされるのも時間の問題である。


「ふむ……。まだ喋る余裕があるみたいだな」


 追い返される原因を教えるはずの脳筋陰陽師は何やら不穏な事を呟きながら掌をこすり合わせ始めた。何をするつもりなのであろうか。


 少しでも情報を得ようと、手のひらに生み出した氷の鏡にて涙ぐましい努力を重ねていた雪華はいち早くそれを見咎め。勘違いして叫んだ。


「謝るくらいなら止めてぇー!! ひぃい!?」


「もう一押し。してみるか! はああ!」


 直後、雪華の勘違いは鏡越しに正される。

 脳筋のこすり合わせていた手のひらから火の手が上がったからである。

 オマケに燃え上がる手が鋭く突き出されると、猛烈な熱波が放たれた。


 この脳筋、陰陽師ではなくマジシャンか何かだったのであろうか。


 しかしその破壊力は奇術どころの話ではなく。空気を歪ませる程の熱波はヘッドスライディングで回避した雪華の直ぐ上を通過し、雪を身にまとった木に直撃。爆発・炎上させた。

 

 無駄に破壊力のある奇術である。


 一瞬の出来事だったので雪は木にまとわりついていたが、少しすると木を伝い流れ落ちて見えなくなった。


 己の未来を暗示する光景に絶句している雪華へ、慈悲なき脳筋は再び手をこすり合わせて炎を再装填・連射しながら冥土の土産のつもりか解説する。


小林寺こばやしでら流退魔術。セイッ! 焔魔合掌拳えんまがっしょうけんだ。ハァッ! 謝っていた訳ではないぞ。そういう詐術の型も存在するがなッ!」


「手をこすり合わせると、あったかくなるアレだね〜」


「なんで手のひらをこすり合わせて発火!? 何が燃えてるの!? どう考えてもおかしいでしょ! でもアッツ! この熱さ本物!? 熱いのはダメぃ!? あっちゃ!?」


 連打される熱波を命からがら回避しながら抗議の声をあげる雪華。

 その様子に気を良くしたらしい脳筋は、己の式神におかわりを指示した。


「やはりな。叩けば叩くほど伸びる。百々子ももこお前も追撃しろ」


「合点だよ! え〜追撃、追撃……。あ! アレがあったよね! アンコウ君! を出しちゃって!」


 脳筋からの指令をおちゃらけた敬礼にて了承した黒髪の式神は、更にアンコウに何やら任せたようだ。


 水中の住人故に喋れないアンコウの巨大な口から言葉代わりに吐き出されたのは、これまた巨大な坊主の石像。お地蔵さんだった。


「でっかいお地蔵……?」


 雪の積もった林を錫杖で払いつつ登場したお地蔵さんの動きは軽快であり、石像の鈍重さを全く感じさせない。


「おい百々子……アレは何だ?」


「ゴミ捨て場の隅に思念の纏わりついた美味しそ〜なお地蔵さんが捨てられていたんだ〜。美味しかったなぁ~」


「どこで拾い食いしてきた!? 返してきなさい!」


「消化しちゃったから、もう遅いよ〜。もう私の一部だも〜ん」


 お地蔵さんの登場に流石の脳筋も驚いたらしく声を荒げて悪食の式神を叱責するが、当の式神はどこ吹く風といった様子だ。


 ゴミの持ち去りは違法である。

 彼女は自分が法と契約で縛られた存在になったという自覚が薄いのかもしれない。


「おいおい。巨大化するお地蔵さんとか、明らかに曰く付きのお地蔵さんだろうが……。いや……ヨシ、お前は最初からお地蔵さんを呼び出せる妖怪だったな。元々アンコウも呼び出せていたし、そうだったことにする。いいな?」


「は〜い!」


 どうやら主人も主人で事実隠蔽を図ろうとしている模様。

 隠し事と聞いた途端に目をキラッキラに輝かせた式神は元気な返事をした。


 これが護民護国を誓う陰陽師と式神の姿であろうか。

 世紀末はとっくに過ぎ去っているが、嘆かわしい限りである。


 本当に人々の守護者なのか疑わしい主従はさておき、お地蔵さんをけしかけられた雪華は錫杖による突きの連打に襲われていた。


「ぴゃああああ!?」


 時には氷の盾で逸らしてみたり木を盾にしてみたりと頑張っているものの、大質量の錫杖による突きは雪華の努力をことごとく一撃のもと粉砕してゆく。


 お地蔵さん拾い食い隠蔽の算段を付けたらしい脳筋は、その様子を見て一つ頷いた。


「やはりな。コイツは逸材だ」

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