#4 鳴っちゃった
初級ダンジョンの壁に穴を開け、上級ダンジョンへ侵入したラクナ。
警告に来たドローンはちょっとした事故で破壊してしまったため、本人はまだ初級ダンジョンにいると思い込んでいた。
「あれ。コレどっちだろ……」
穴を抜けた先には通路が左右に分かれている。
とにかく帰りたいだけのラクナは、とりあえず(適当に)直感で進むことにした。
少し進むと、すぐに異変に気付く。
通路は天井の高さや左右の幅が初級ダンジョンの倍以上もあり。
壁に掛かっている
明らかに先ほどまでのダンジョンとは、雰囲気が異なっていた。
普通ならその時点で引き返すのだが、彼女は普通ではない。
このまま進めば帰れるという謎の自信のもと、ずんずんと奥へ進んでいた。
そしてその後ろには、追尾型ドローンのカメラから流れている配信映像を見守る大勢の視聴者たち。
〝なぜどんどん進んでいくんだこの子!?〟
〝
〝明らかに見た目が初級と違いますよね?〟
〝引き返せー〟
〝この子はダンジョン初潜入だから何も知らんのや〟
〝あとこの子コメント見てないから指示しても意味ないで〟
〝何も知らない割になんなんだ、この自信あふれる迷いなき前進はw〟
〝嘘みたいだろ?これでEランク初ダンジョンなんだぜ?〟
〝Eランク初ダンジョンで上級ダンジョンソロとかいうバグ〟
〝初見です、どうしてこの子は山登りみたいな恰好なんです?〟
〝すまんわからん。俺も初見なもんで〟
〝いやみんな初見なのよw〟
〝あと山登りだとしてもこれは軽装すぎるぞw〟
〝まあどちらかと言うとピクニックやな〟
〝近所のコンビニに行く恰好にリュック背負っただけ、みたいな〟
〝それだw〟
〝初級でもこんな恰好滅多に見ないんよw〟
Eランクであるにもかかわらず上級ダンジョンの奥地へ進む彼女に、ツッコミという名のコメントが次々と流れていく。
加えて初級モンスターワンパンやドローン破壊、ピクニックスタイルなどの噂も広まり始め、いつの間にか視聴者は3000人にまで膨れ上がっていた。
ただ、視聴者の中には面白半分で見ている者と、本気で心配している者とで二分していた。
それもその筈、上級ダンジョンは初級と比べて危険度がけた違いだからである。
上級には多くの死傷者を生む凶悪なモンスターが棲息しているのは勿論、初見殺しのギミックやトラップなど、ダンジョンの構造自体に危険が潜んでいるものもある。
探索者の安全を第一に考え、上級と区分されたダンジョンは探索者の中でも熟練者と認められたBランク以上しか入ることを許されていない。
Eランクで初ダンジョン、ましてやピクニックスタイルの装備無しソロ探索者が挑んで良い場所では決してないのである。
「……はぁ……お腹空いた……」
そんな視聴者の心配など知る由もなく。
ましてや3000人もの大衆に視られているとも気付いておらず、出口を目指しているつもりで更に奥へと進んでいく。
相変わらず呑気に独り言をつぶやきながら歩いていたのだが、ここでふと前方を見つめて足を止めた。
「グルルルルルル……」
猪型のモンスターが行く手を阻んでいる。
その上、初級で出会ったウリボンとは明らかに違い、3メートルはあろうかという超巨体。
〝ワイルドボアや〟
〝でたああああワイルドボアだああああ〟
〝でけええええええ〟
〝こんなのが普通にうろついてんのかよ〟
〝マジでここ上級なんだなって〟
〝さすがにこの子も足止めたな〟
〝マジで逃げて〟
〝死 亡 配 信 確 定〟
〝まじで逃げろ!〟
コメント欄が叫び声を上げるのも無理は無かった。
ワイルドボアは中級ダンジョンならボスモンスターとして現れるほどの強敵。
数多の探索者、数多のパーティーを絶望に叩き落としてきたモンスターなのである。
そんな中、ラクナは目を細めてワイルドボアを見つめると、パッと表情を明るくする。
両手で拳を握ると、満面の笑みで呟いた。
「これは、チャンスかもしれない」
〝???〟
〝ん?〟
〝なんて??〟
〝チャンスって言ったか?〟
〝どゆこと?〟
〝なにわろてんねん!〟
〝わかんない。わかんなすぎてなんかこわい〟
〝正直、わかんないのは前からずっとだぞ〟
「グオォォォォォォォォッ!」
ラクナの意味不明な言動に、視聴者たちは困惑の声を上げる。
同時に、ワイルドボアが強烈な雄叫びを上げた。
大口を開けて、鋭い眼光で睨みつけている。
明らかに敵意を向けた、明確な威嚇である。
〝こええええええ〟
〝すげえ迫力〟
〝鼓膜ないなった〟
〝画面越しでもちびりそう〟
〝俺はちびった〟
〝もうこの子氏んだやろ……〟
視聴者ですら戦々恐々とするワイルドボアの威嚇。
それを目の前で受けてもなお、ラクナは動じずに立ち続けている。
すると、
「グル……グるるるるる~……」
〝ん?〟
〝なんの音?〟
〝ワイルドボアの鳴き声か?〟
〝いや、似てるけど違くないか?〟
〝なんかワイルドボアより可愛かったけど〟
〝おいおいおいまさかワイルドボアがもう一匹いるのか?〟
〝まじかよ〟
〝いやそれは流石に終わってる〟
謎の鳴き声にざわつくコメント欄。
対するラクナは、お腹をさすりながら、頬を赤く染めていた。
「へ……へへ……へ……お腹鳴っちゃった……」
〝え〟
〝もしかして腹の虫か?w〟
〝ええ……(困惑)〟
〝おまえかいw〟
〝ホンマや。お腹さすってる〟
〝緊張感無さスギィww〟
〝マジで危機感もって〟
〝この子なんなんだマジで(泣き)〟
ラクナはワイルドボアを見つめると、決心したかのように頷いた。
大きなリュックを地面に下ろし、ワイルドボアに背中を向ける。
するとリュックの中を漁り出し、ポイポイと雑に数本の薪を取り出した。
〝まてまてまて〟
〝ずっとなにやってんだこの子は〟
〝ワイルドボアに背を向けるとか正気かよ!?〟
〝いや正気ではない(反語)〟
〝ずっと狂気です〟
〝なんでリュックの中に薪が入ってるんですかねえ……(白目)〟
〝恰好どころか荷物もピクニックじゃねーか!〟
〝なにがはじまるんです?〟
〝未だになにをしようとしてるのか全く分からない……〟
ラクナはざわつく視聴者を余所に、取り出した薪を地面へ並べていった。
まるでキャンプファイヤーでもするかのように、規則正しく組んでいく。
「丸焼きかな? 猪鍋にしようかな? あぁー、またお腹が鳴っちゃう。えへへ」
〝え?〟
〝この子、いまなんか言った?w〟
〝なにいってんだww〟
〝嘘、だよな……?〟
〝食べる気なのか……?〟
〝じゅるり……だと……?〟
〝探索者vsモンスターだと思ったらモンスターvsモンスターだった……〟
〝いや怖いってこの子ww〟
〝ワイルドボア逃げてw〟
ラクナの呟きにコメント欄が引いていると、
「グオォォォォォォォォ!」
その言葉に呼応するかのように、ワイルドボアが叫び声を上げ、前足を動かしている。
〝あ〟
〝やばい〟
〝突進くるぞこれ〟
〝ワイルドボアさんバチギレ〟
〝まあ食べるとか言い出してるしそりゃあね〟
ワイルドボアが前足を動かすのは、突進の前兆動作と言われている。
その次に来るのは、巨体から繰り出される猛突進。
しかもその速度は100キロを超える。
対するラクナは、
「ぐるぉぉぉぉぉぉぉ~……」
腹の虫で対抗した。
〝張り合うなw〟
〝おい状況わかってる?(わかってない)〟
〝なんなんだこの緊張感の無さ〟
〝ピクニック配信なんで〟
「グオオアアアアッ!」
ワイルドボアが、雄叫びを上げながら猛突進を始めた。
重い足音に合わせて地響きは鳴り、ダンジョン内が揺れる。
突進する姿はまるで、戦車が猛スピードで突っ込んできているかのようだ。
「ちょ! ちょっと待って! もう少しで薪が組み終わるので!」
迫り来るワイルドボアに向かって、ラクナは両手を大きく広げて制止した。
〝おいこいつなんで逃げねえんだよ〟
〝おいおいおいおい〟
〝やばいって〟
〝逃げろ逃げろ!〟
〝止まってほしい理由が薪ってなんなんだよ!〟
「やめてえええええええええええっ!」
――バァァァァァァァァァァン!
ラクナの悲鳴と共に、猛烈な破砕音がダンジョン内に響き渡った。
まるで時が止まったかのように凍り付くコメント欄。
まるで静止画のように静まった配信映像。
そこに映っていたのは、無残にもワイルドボアに轢かれたラクナ……――ではなく。
猪突猛進してきた筈のワイルドボアが、地面に頭をめり込ませている映像だった。
その光景の前で、ラクナは悲しそうな表情を浮かべている。
ぴくぴくと体を痙攣させていたワイルドボアだったが、暫くして体が光を放ち、パァンという音と共に大量の魔石へと変化した。
「あぁー……せっかくのまんぷくチャンスが……」
〝え?〟
〝ん?〟
〝は?〟
〝ごめんなにが起こった?〟
〝なんか気付いたらワイルドボアが地面に頭突っ込んでたんだけど?〟
〝なに言ってるか分かんねーけどそうとしか言えない〟
〝いまのなに?夢?〟
〝まじ?俺も同じ夢見てたっぽいんだけど〟
コメント欄もなにが起きたのか分かっていない。
中には錯乱し始めている者もいる。
ラクナは肩を落としながら、地面に散らばった薪を拾い始めた。
「思いっきりはたいちゃったな……手加減したかったのに……」
〝は?〟
〝え?はたいたって言った……?〟
〝いや意味分からん。ひっぱたいて一撃で倒したん?〟
〝ん?ん?わかんないわかんない〟
〝まてまてまてワイルドボアって中級のボスモンスタークラスやぞ?〟
〝しかも手加減したかったって言ったか?んん??〟
〝よしワイルドボアの新たな攻略法を学んだな(震え声)〟
〝ビンタすれば一撃よ(震え声)〟
〝知ってるか?ドローンもビンタすれば壊れるんやで(震え声)〟
〝ここは攻略配信もやってるのかたまげたなあ(震え声)〟
いよいよコメント欄も戦々恐々とする中、薪を集め終わったラクナは大きなリュックを担ぎ直す。
しょぼんとした顔でお腹を押さえ、上級ダンジョンの奥へと再び歩みを進めるのだった。
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