第13話

今日は、とても蒸し暑かった。

柚は最近まで忘れていたことを思い出した。

壊れた冷房のせいで熱帯雨林のような蒸し暑い部屋、五月蝿いせみの声、そしてたま。たまというのは黒猫の名前。

柚は明治時代の夏を侮っていた。冷房もなければ扇風機もない。しかもまだ露出を良しとしない当時では、少しでも丈が短かったり袖を捲っているだけでも『はしたない』と言われてしまうので容易に薄着になることは出来なかった。

「あっつい…」

現代より涼しい明治時代。それでも着物は暑い。

(みんな何で平気なんだろう…?)

勇も夏服になっているとはいえ、暑そうな制服を平坦とした顔で着ているし、書生姿も暑そうだ。

街を歩く人達も夏物に衣替えしているものの、柚からはまだ暑そうに見える。

「冷たい物作戦は無理か…。アイスもかき氷も高いし…涼むとしたら井戸水を飲むくらい??」

現代では小学生でも手軽に買えていたアイス一本もこの時代では高価な品。

「あ〜ついよ〜〜…」

畳の上に寝転がり、うだうだ転がる。

そうだ!あれをしよう!!

階段を駆け下り、勇に提案する。

「勇さん!竹を使って素麺そーめんを食べませんか!」

「え、何それ!?」


そんなことがあって数日後。

その日の勇は珍しく昼間に帰ってきており、手に抱えているのは大量の竹。

「え…竹!?」

「そー、竹」

そう聞くと勇はニヤリと子供が悪戯する時のような笑みを浮かべる。

柚が竹を見て頭を捻らしている頃、虎太郎と田中は立ち話をしていた。

「なぁ、お前まさかこんなに食うつもりか?」

「そだよ」

「だからって、こんなに買い込むなよ、、、」

虎太郎は買い込んだ大量の素麺を恨めしそうに見る。

それはついさっき二人で買った物だった。そしてこれはお土産となる物であった。

「何で画材屋に寄ったら二人が待ち構えている訳?」

半ば冗談で坂田を探して画材屋に行ったら、丁度出てきた坂田と鉢合わせ。

「今日、勇の家に行くだろ?」

「あー…そんな話あったね」


場所を戻して大山邸。

ある程度の長さに切り揃えられた竹は縦に切って半月状の切り口に加工したもの。

それだけで何をするのか予想がついた柚はワクワクしていた。子供の頃からの夢、夏になれば友達を呼んでよくしたあれ。そう、流しそうめん!

流しそうめんは昭和時代に始まったものだけど、数日前に柚は竹と素麺で食べる流しそうめんが美味しいという提案をしたら、ノリが良い勇はすぐに実行したようだ。

「あ、ちゃんと助っ人も呼んだよー」

入って来てー!と言われて後ろから現れたのは同じく竹を持たされた咲真と颯介と井上。

咲真の手には焼酎まであった。

「え、どうして三人が?」

「こいつに巻き込まれたんだ。俺は仕事を終えたから家で焼酎でもと思っていたのに…」

「僕はチョコレヱトを買っていたら咲真さんに会ったんですよ。それで逃げる咲真さんと一緒に来ました」

「俺はフラフラしてたら入谷と同じく井上の自動車に乗せられたー!入谷なんか車に乗るとガタガタ震えていたんだよー!気持ちは分かる」

ケラケラと笑う颯介。

この時代の自動車は一台五千圓前後。換算するのは…怖いからやめておこう。


約二時間後。

素麺組とも合流して、庭に向かう。

庭には竹組が運んできた竹が長く繋げられている。

「おお!こりゃ何だよ!!」

「柚さんの指示の元、作ったらこんな物が出来ました」

「やべぇな…そして竹は竹林から取ってきたのか…」

「ねぇ、ちょっと描いて良い?」

「おーおー、健一は落ち着け?」

買ったばかりの写生帳を広げて描きだそうとする坂田を虎太郎は止める。

「おい、颯介!そこはちゃんと固定しろ!」新しく加わった三人を無視し、颯介の手際が気になって仕方ない咲真は注意する。

乗り気じゃなかったくせに、この男は面倒見が良いのだ。

それから素麺組も加わり、着々と竹が組まれていく。

「よし!出来たー!」

「皆、ご苦労だった」

「疲れましたね」

「柚ちゃん、もう少しで茹で上がるらしいよー!」

「え、やった!!」

「おれ達、やれば出来るな」

「明日絶対、筋肉痛」

「で、茹でてるのは誰?」

坂田のひと言でみんな顔を見合わせる。全員いた。

「やべぇ…」

「火!火の番しとけよー!」

「おれのせいかよ!」

「最後見てたの渉だろ!!」

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