第11話

「で、勇は何でこの子を連れて来たんだ?」

「え、みんなに柚ちゃんを紹介しようと」

「それだけか?」

勇は少し目を泳がせた後、言い逃れは出来ないと思ったのか、頭を搔く。

「ちぇ、お見通しかよ」

がらりと変わった雰囲気に柚は驚きを隠せない。あまりの人格の変わり様にはらはらして周りを見渡すが、これも日常茶飯事なのか誰も気に留めない。無言で勇は自身の机に置いていた帳面を取り出す。

「死ニカエリ絡みか?家絡みか?」颯介はケラケラしながら聞く。

「どっちもー!」

ソファに座りながら勇を見守る柚。隣に座る咲真は本を読んでいた。

「荒れている原因は何でしょうね」

「さぁな」

「虎は知ってる?」

「え、知らないけど、またお見合いじゃねぇの?」

「それは全て断ったらしい」

興味あるのかないのか分からない会話を繰り広げながら勇は帳面を開いて話し出す。

「実はここ最近、かなり強力な死ニカエリの目撃情報があったんだ。だが、俺が裏取りしてる間に突然と姿を消して、その後の情報が掴めない。もしかしたら完全に人に同化しているかも…」

「なんだと…?おい勇、詳しく言え」

咲真の声に鋭さが混じる。

(同化…?どういうことなんだろう?)

まだ死ニカエリに対しての知識が浅い柚は会話の意味が分からず、チョコレヱトをくれた井上に助けを求める。

「完全に同化したってことは、人を呑んだってことですよ」

柚の質問に井上が答える。

「え…」

柚はヒュッと息を呑む。

最初に出会った時、勇に言われた言葉を思い出す。

『死ニカエリというのは、この世に未練を残して死んでいってしまった魂の総称。彼らは生者の体を求め、呑む。つまり取り憑くんだが、呑まれた人は…』

もう忘れたと思っていた言葉。

「死ニカエリに呑まれたままでいると、遅かれ早かれその人は壊れてしまう。体の中にふたつの魂が入っているのが耐えられないんですよ」

なんとかしなければという焦燥感が胸の中に広がる。

「た、助けてあげないと!」

「そうしたいのは僕も同じなんですけどね、人に同化した状態の死ニカエリを判別するのは難しいんですよ」

「そうなんですか?」

「周囲も"最近様子が可笑しいな"と感じるくらい、溶け込むのが上手い」

咲真が補足する。

「だから娘も気を付けろ」

「そんな…じゃあ、その人は誰にも助けられずに死んじゃうってこと…?そんなの、そんなの…」

酷い。その後に続く言葉を発することは出来なかった。みんな、その人を救いたいのだ。勇がこうして討伐課全員に情報共有するくらいに救いたくて、そして、危険な状態なのだ。

胸の奥がキュッと苦しくなる。

それを見ていたのか、咲真が柚の頭にポンッと手を置く。

「これは俺の仮説なんだが―――」

咲真は険しい表情のまま、言葉を選ぶようにゆっくりと口を開いた。

「その死ニカエリは呑まれた人が壊れる前に、また別の誰かを呑んだかもしれない」

「え?」

(次の人に移るってこと?)

想像すらしていなかったことに柚は驚く。だが、咲真以外の六人は咲真と同じ可能性に考えが至っていたようだ。

「俺も同じこと考えてた。強力な死ニカエリがフラフラしているとしたら、何かしら俺達の誰か、または討伐課の全員が情報を掴んでいても可笑しくない。それなのに、情報が掴めないとなると…」さっきまでのテンションの高さは何処へ行ったのやら、真面目な表情で答える颯介。

「で、最後に見た場所は?」

虎太郎は鉛筆で帳面をトントン叩く。

「それが…その…」

「何?もったいぶってないで言いなよ」坂田が追い討ちをかける。

「その…くるわです…」

声が小さくなる勇。

置屋おきやの方が調査はしやすいよね」

「まぁ、置屋でも目撃情報はあったらしいが」

「おきや…?くるわ…?って何屋さんですか?」

と、柚が尋ねると、全員柚から目を逸らした。

「え、あの…有名なお店だったりするんですか!?私、最近この時代に…じゃなかった。東京に来たばっかりで分からないことが多くて…」

そう言い訳すると、七人は集まってコソコソ何かを話し始めた。

最初はグーと言っている辺りから、じゃんけんをしているようだ。

結局負けたのは咲真らしい。

「置屋は女性を磨く稽古場だ。華道や茶道、太鼓や三味線などを習いに全国各地から集まってくる」

「そうなんですね!」

また一つ、知識が増えた。

「あ、なら死ニカエリはその置屋にいるんですね!」

「まぁ、死ニカエリは生前、自分に一番関係が強かった場所を彷徨うことは多々あるからね〜」

「客か芸者か、どちらなんでしょうね」

「もう、上司に言えば良くない?あの人、きっと今頃芸者のとこ行ってるから」

「確定になってるじゃねぇか」

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