ある日の洞穴での騒ぎ
ふむ、このページですか。
そうですねぇ、この話はある盗賊のアジトである洞窟で起きた、なんとも気味の悪い話でございます。
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洞窟の中だったので正確には把握できませんでしたが、おおよそ時刻は夕方頃だったでしょうか。追い剥ぎを済ませてアジトに帰った野蛮な盗賊どもが、焚き火を囲んでその日の戦果を話し合っていました。
どうやら少し前に頭が殺されたようで、山賊たちは組織内で次の頭を目指して争いあっていたそうなんですよ。野蛮な山賊の争いが口喧嘩なんかで済むはずも無く、毎回殴り合いに発展するんです。この日もそうでした。
ただ、この日はいつもと何か空気が違ったんです。なんというのでしょうか、どこか騒々しく、これから何か厄災が降りかかることを皆が予感していたんです。
なにか危機感を感じるのに、事態はいつも通りに進んでいく。次第に口調が荒くなり、どんどんと暴言が飛び出し、怒号で洞窟が埋め尽くされようとしました。
そんなとき、男たちの低い怒鳴り声で溢れる洞窟の中を甲高い叫び声が走り回りました。
『カンダァール!あぁ、カンダァール!素晴らしき堕天!』
男の声とも女の声ともつかないそんな声が、口汚い罵り声をかき消したのです。あの時代のあの国において、カンダァールという言葉には特に意味はなかったはずなんです。
ですが、ただでさえ喧嘩で張り詰めていた緊張を爆発させるのには十分な恐怖だったんでしょうね。その叫び声を合図に口喧嘩から殴り合いに発展したんです。
しかし、この日はやはり何か違った。
殴り合いが始まった瞬間、聞き慣れた大男の太く大きな叫び声が聞こえたんです。
当然みんなの視線がそこへ向きます。その視線の先には、身体のいたるところからドクドクと血を流した山賊の仲間である大男が立っていました。
誰が彼に短時間の間にこんな傷を負わせたのかは分かりません。しかし、喧嘩の荒れた雰囲気、謎の叫び声、鮮血。それらは彼らを狂わせました。
全員が事前に決めていたかのように一斉に剣を引き抜いたのです。
そして、切り合った。
叫びながら、笑いながら、泣き叫びながら、命乞いをしながら、怒鳴りながら。
中には耐えきれずに逃げ出した者もいました。そして、逃げ切れずに扉の前で背中を刺され殺された者も。
床は赤い血でみるみるうちに染まっていき、叫び声も徐々に少なくなっていきます。しかし、騒がしさはそれに比例して増していくんです。
洞窟中に男のものとも女のものともつかない、あの声が。一つではない、多くの笑い声が響くんです。
まるで闘技場で試合を観ているか観衆のように楽しげな、しかし恐ろしい、地の底から沸くような嗤い声。
その笑い声に突き動かされて、最後まで生き残った2人。もともと頭の候補だった大きく獰猛な男と、背は小さいがずる賢いニヤけ面の男。その2人が剣を手に取り互いをじっと見る。それが最後の開戦の合図でした。
ずる賢い小男はそばにあったテーブルからワインボトルを持ち、投げようとしました。しかしその瞬間、獰猛な男が小男につかみかかり、雄叫びと共にもう片方の手に固く握った剣を振り下ろしました。
そして体を2つに裂かれた小男のぎゃっという醜い叫び声が聞こえると同時に、それまで聞こえていた笑い声がまるでアドレナリンによる、大男の幻聴だったかのように止まったのです。
そして次の瞬間、それまでの何倍も大きな笑い声が辺り一面から暴風を伴い響き渡ったのです。
洞窟を包む何者達かの嗤い声、悪魔か悪霊か、それがこの洞窟に現れたのだ。彼はそう確信しましたのでしょう。嗤い声の主を見つけ出した殺そうなんて考えは頭の片隅にもなく、ただ懐から十字架を取り出して、何やらぶつぶつと唱えていました。
それから何時間か。助けを求めるかのような、絞り出すような祈りの声が静かな寝息に変わる頃には、嗤い声も暴風と共に流れ去り、消えていました。
極めて不気味な話ですが、このような事は稀にあるのですよ。
人々を恐怖に陥れ、殺し合わせる。狂気を好む悪魔か神、悪霊なんぞの類がする遊びの一つなのです。
私はそのあと、追い剥ぎの噂を聞いて賞金稼ぎに来た兵士に拾われてこの洞窟を後にしました。しかし、それから5人目くらいまでの私の持ち主は全員変死しましてね。
それぞれが、焼死、自殺、心臓発作、生き埋め。極めつけには妊婦の死体の腹の中で発見された者がいましたね。
きっとこの私の身体にあの狂乱の事件を巻き起こした犯人が宿っていたのでしょう─おっと、そんなに怖がらないでください。この事件はもう750年も前の話です。
……おや。今この部屋の中で誰か笑いましたか?
いえ、私の気のせいならいいのですが。
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