くるみの章

ストッパー

「黒瀬丞二（くろせじょうじ）が暴れだしたぞ！！」

そんな声が遠くから聞こえたのは、丁度昼休みが始まって五分ぐらいが過ぎた時だった。

私は何も聞こえない振りをして、一緒にいつもご飯を食べている友達と空き部屋に行くため、廊下に出た。

隣に並ぶ友達から感じる控えめな「いいの？」という視線を無視して誰かに声を掛けられる前に私は逃げようとした。

だけど、それはあっさりと阻まれる。

「櫻井（さくらい）くるみ！」

廊下を走っては行けないといつも叫んでいる体育教師である私の担任が、廊下を走って私の目の前で立ち止まった。

次の言葉が容易に想像出来て、私はわざとらしくため息を吐き出した。

こんなことで牽制になるのなら、とっくの昔にどうにかなってるか…。

半分諦める気持ちで。だけど、半分本気で私はこの状況が嫌だった。

「櫻井、黒瀬が暴れてる」

「……そうですか」

「止めてくれ」

なぜ私がそんなことしなきゃいけないのかと担任を睨み上げた。

こんなことをすれば通常なら生意気だと怒られるはずなのに、目の前にいる担任は縋るように私を見つめる。

黒瀬丞二のストッパーは櫻井くるみしかいない。

そんな根も葉もない噂が広がり、「黒瀬」と呼ばれた男が暴れる度、私はこうやって呼び出される。

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