第23話 最後の散歩

    ◆


 ――とある休日、僕は自分の部屋のベッドの上で目を覚ました。


「う〜〜ん……」


 ボサボサの髪を無造作にかいて目をこする。


 今日は休日なので9時くらいに起きようと思っていたのだが、普段どうり朝6時に起きてしまった。


 ベッドから上半身を起こすと、隣でアリスが添い寝していた。


 人間形態ではなく、きぐるみ形態で気持ちよさそうに すーすーと小さな いびきをかいていた。

 動いたせいか目を覚ます。


「ムニャぁぁ……ご主人様ぁ……おはようニャ」


 喜びのこもった猫の声とは反対に、僕の表情は冷え切っていた。


「おはよう……猫。なんでおまえは、僕のベッドで寝ているんだ?」


「添い寝ニャ」


「知ってる。なぜ僕の家で、僕の部屋で、僕と勝手に添い寝しているんだ?」


「おはようの……キスをしてほしいのかニャ?」


「しようとしたら舌噛むからな。で、なんでおまえは僕の家にいるんだ?」


「ご主人様と散歩したくてニャ」


「散歩? というかおまえ、よくこの家に入れたな? 家の前にたくさんの取材陣とかいただろ? おまえのせいでな」


 実は僕の家の周りには、大統領を救ったヒーローだとかいって、ウザいくらいの取材人が押し寄せてきていたのだ。だが全部無視していた。


 けど母さんは、僕が世界的ヒーローになれたことが嬉しかったらしく、インタビューに受けまくっていた。


 母さんは僕にもインタビューを受けなさいと言うのだが、僕はやってもいないコトを偉そうに言えるほど神経図太くない。

 まあ、たとえ本当にやったとしても取材など面倒でごめんだが。


「それはニャね、『秘密の方法』で入ったニャ」


「秘密?」


 まさか、きぐるみとして配達してもらったとか?

 まさかな――いや、ありか。今度送り返そう。


「それよりご主人様。猫は今日、ご主人様とどうしても一緒に散歩に行きたいニャ。猫と一緒にこの日本中を散歩するニャ」


「す、スケールでかい散歩だな。たかが散歩で日本中を回れるかよ」


「それなら大丈夫ニャ。大統領専用ジェット機があるニャ」


「……あっそ……」


 さすが大統領。金の力でなんでもできる! そこにシビれるゥ! 憧れるゥ!


「だが断る! なんでわざわざたまの休みに、おまえなんかと散歩にいかなきゃならん。こっちはおまえのせいで毎日精神がすり減ってんだ、一人で行ってこいよ」


「ニャ~~。ご主人様つれないニャ~。一緒に散歩に行きたいニャ~!」


「うっせー! 誰がおまえなんかと散歩なんて行くか!」


 そのとき、部屋のドアが――バンっと開き――


「コラ、海斗! 聞こえたわよ。猫ちゃんと一緒に散歩にいってきなさい!」


 母さんと妹がズカズカと入ってきた。

 

「あなた、猫ちゃんに助けてもらったんでしょ? なら、その恩を返しなさい。あなたにはよく言ってるでしょ。人から受けた恩は 必ず返せって」


「い、いや……猫だし……」


「いい訳いわない!」


「わ、わかったよ……。行けばいいんだろ、行けば……」(どうせ どんなに拒んでも行くとになりそうだしな。なら、早めに受け入れたほうが精神的な負担も減るだろう。仕方ない。いちおうこいつは僕の命の恩人だしな……いや、恩猫か。そいつに一日くらい付き合ってもいいかな)


 諦めの境地に至っていると、妹 静香が声をかけてきた。


「兄さんは……【男の人】とデ―トするの?」


(こ、この腐女子が……)


 妹の変態的な趣向に頭を痛めていると、母さんが笑顔で言った。


「男同士なら いかがわしいこともないだろうし、今日は門限守らなくていいわよ、海斗」


(こ、この腐女子共が、期待しやがって……いかがわしいことを……。ったく、二人ともまだ猫の中身が男だと思っているのか? まあ、さすがに中身が大統領とは言えないしな……)


 静香は、猫の右手を両手で厚く握りしめた。


「猫ちゃん……いえ、義理の兄さん。もう会えないかと思ったよぉ……」


 潤んだ瞳で猫を見つめている。

 僕も泣きそうになった。


(もう、結婚したことにされてるし……)


「ごめんニャ、妹さん」


 フレンドリーに話す2人に怒りをぶつける。


「――義理の兄ってなんだッ! 言っておくが、僕はこいつと結婚なんてしないからな! こいつと結婚するくらいなら、死んだ…………いや、なんでもない……」


 何故か、『死んだほうがマシ』という言葉が出てこなかった。


「そういう素直じゃない関係ぇ、萌えるるぅー」


(だ、ダメだ、この腐れ妹……)


 妹に絶望しきっている僕に、母さんが親指をつき立てウインクする。


「海斗、今日は帰ってこなくていいわよ。猫ちゃんと楽しんできなさい」


 いったい何に期待しているのだろう? 想像して気持ち悪くなった。

 これ以上、何を言っても無駄だと悟り、着替えて家を出た。


 家から出ると、目の前には、もの凄く長い黒塗りのリムジンが停めてあった。

 こんな長い車、初めて生で見た。


 それに何故か、家の前にいた取材陣がすべて消えていた。


(ん? 猫の奴……何か大統領の権力を使ったのか? 権力を嫌い、自由を愛するマスコミをここまで一掃できるなんて、並みのパワーじゃねーな。まあ、最近のマスコミはそうじゃないのも増えたけど……)


 家の前に停まっている、もの凄く長い黒塗りのリムジンを指差した。


「猫、これはおまえのか?」


「イエス ニャ」


(さすが、大統領。これくらいは余裕で準備するんだな)


 素直に感心した。

 猫にではなく、権力と金のパワーに。


「早く乗るにニャ」


「あ、ああ……」


 リムジンに近づくとドアが開き、中からメグミさんが現れた。

 黒いスーツでびしっと決め、メイドというより執事に近い。


(――車を運転できるってことは、この人18歳以上なのか? 海外では乗れる年齢は違うっていうけど、15か16にしか見えないよな?)


 メグミさんは丁重にお辞儀する。


「おはようございます、海斗さん、姫……ではなく、猫様」


(猫の奴、メグミさんにまでそういう設定を押し付けているのか? 大変だなメイドって。アニメでは楽しそうに見えたけど、給料いくらだろう? 最低100万はほしいよな、こいつを相手にするなら……)


 どうでもいい事を考えていると、メグミさんが僕たちを乗りこませるため、リムジンのドアを開けた。


「今日、私が御二人を、日本各地に案内させていただきます」


 僕たちの様子を、玄関から出てきた母さんと妹が見ていた。


「うわー何これ? もしかしてこの車……猫ちゃんの?」


 静香がもの凄く長い黒塗りのリムジンを喰い入るように見回した。


「へぇー。猫ちゃんってお金持ちなのね、海斗」


(まあ、大統領ですから)


「ちょっと海斗」


 母さんは僕の腕を引っ張り、少し離れた場所に移動させるとコソコソと耳打ちしてきた。


「海斗。それで猫ちゃんと大統領……どっちが『本命』なの?」


「はあ?」


「はあ? じゃないわよ! どっちと結婚してもかまわないけど、二股は絶対に許さないわよ! わかってるわね? ちゃんと別れてから大統領とは付き合いなさいよね」


 う、うん、と微妙な顔でうなづいた。


(――二股もなにも、一人しかいないんですけど……)


「じゃあいってらっしゃい、海斗」


「いってらっしゃい、お兄ちゃん」


 家族に見送られ、もの凄く長い黒塗りのリムジンに乗り、猫との散歩を開始した。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る