第55話 一歩を踏み出す
ルクスエ、カルア、ファティマの3人は、幻獣調和団が貸し切った宿屋に一泊させてもらう。
「カルア。貴方はさっさとルクスエに、ついて来てほしいって伝えるべきよ」
次期町長の妻であるアイアラは、テムンと共に今回の事態に関する詳細と顛末を聞くため、カルア達に同行していた。夕食の喉が通らず、宿屋の廊下で右往左往するカルアを見かねて、アイアラは女性部屋へと招き入れ、相談に乗っていた。
「で、ですが、彼はエンテムにとって重要な戦士ではありませんか」
「1人いなくなった程度で、滅ぶような柔な町じゃないわ」
フンといつもの様に鼻を鳴らすアイアラを見て、一緒に相談に乗っていたファティマは何故か嬉しそうにする。
「なによ」
「仲が良いんだなーって」
「? 友達なんだから、当然じゃない」
即座に言われ、ますます彼女は嬉しそうにする。
「ねぇ、ルクスエとデーヴィットってどんな仲なの?」
「えっ!?」
「どんなって、親密に決まってるじゃない。2人は一緒に暮らしているもの」
「あらぁ~」
「か、揶揄はないでください。あれは、ルクスエさんの優しさで……」
「優しさだけで、あれだけ献身的になれるかしら」
カルアは上手く答えられず、顔がどんどん赤く染まっていく。
この感情に気付いたのは、少し前のことだった。レウテア騒動の後、幻獣調和団の戦闘員達とルクスエはゼンガウラの解体を行った。普段であれば業者に依頼するが、人の住む場所から距離がある為、現地で行う必要があった。戦闘員からエンテムで教わったものより更に効率の良い方法を教わり、ルクスエは一生懸命に刃物を扱っていた。
カルアは彼の傍で見学をさせてもらっていた。竜の解剖にも等しく興味深いはずなのに、彼の目はルクスエばかり追っていた。
そして、ふと目線に気付いた彼が、微笑みながらその名前を呼んでくれる。
満たされている自分がいると気づいた。幸福があると感じた。
カルアは、ルクスエに恋をしていると自覚をした。
「2人とも、相手を想うばかりで肝心の事を言えないのよ。もう白黒つけなさい」
「も、もし断られたら……」
これからもずっと一緒に居たい。一緒に食事をしたい。リシタとアレクアに乗って散歩がしたい。あまりにも贅沢な願いだ。だから、打ち砕かれてしまうのがとても怖い。
「あのルクスエが?? 馬鹿は休み休み言ってちょうだい。あれだけ想われて、どうしてここまで鈍感でいられるのよ」
大きくため息をつかれてしまい、戸惑うカルアは思わずファティマを見た。
「こうなったら、私達が連れてってあげる!」
「いいわね。そうしましょう」
「えぇ!?」
腕をアイアラに引っ張られ、背中をファティマに押され、カルアはルクスエの元へと向かった。
同時刻。
ルクスエは、タイラーの部屋へとやって来ていた。
「まぁ、座りなさい」
書類に目を通していたタイラーは快く受け入れ、ルクスエに椅子に座るように勧めた。
「話があってきました」
「なにかね」
いつになく緊張した面持ちのルクスエは椅子に座ると、タイラーを睨むように見つけた。
「俺の名前は、ルクスエと言います」
「? あぁ、知っている」
「名の意味を、ご存じですよね」
やはり、とタイラーは驚く様子もなく、その真剣な彼に応えるために、書類をテーブルに置いた。
「ルもしくはルーは、赤、光、太陽、クスエまたはクツァエは大きな鳥……主に鷲を意味する場合が多い。鷲は、幻獣が認知されるまでの間、空の王者と呼ばれていた」
「はい……そうです」
「君は、なにを知っている?」
「……親から教わった、言葉と文字、童歌のみです」
随分と少ない。いや、充分過ぎると考えるべきか。
「昔話をしてもいいか?」
「はい。お願いします」
「……かつて、幻獣はその名の通りごく少数しかおらず、幻の存在だった。故に研究が進まなかった。だが、170年前のある日のことだ。幻獣調和団の創設者となる男の元に、ある人物が訪れた」
10年後のこの日、絵物語に住まう生き物が現実となる。幾つかの国が滅び、幾つかの島は消滅するだろう。未曽有の災害が毎日の様に引き起る。人の子よ。汝もまた生態系の一部である。どうかそれを食い止める力を、知識を身に着けて欲しい。
「現実味のない話だったが嘘には思えず、創設者は動き出し、そして今に繋がっている。その人物は、赤黒い髪に赤い瞳をしていた。星の一族と名乗り、地脈の流れを見守る存在だと語ったとされる」
「俺は、その血縁の可能性が?」
「確実に。なにせ、現時点で幻獣調和団に在籍する変わり者がいるからな。君とあいつを見れば、血縁であるのは誰も疑う余地がない」
170年前の出会い一回では、古い言葉を知る機会はない。幾度となく星の一族は幻獣調和団と邂逅し、そして共に生きる道を選んだ者も現れた。
タイラーの親し気に話す様子から長い付き合いがあると見受けられ、幻獣に関する古代の文献や伝承を紐解くために古い言葉を教わったのだと容易に想像が出来た。
「その方はどんな人ですか?」
「掟嫌いの酒好きだ。学者として働いてくれている」
両親に会いたい訳では無い。けれど、星の一族がどんなものかは気になった。
レウテアが飛び去って行く姿が妙に目に焼き付いている。
あの先に、あの山を越え、海を越えた先に何があるのか。見てみたいと思った。
「行きたいのか?」
「え?」
無意識のうちに窓の外を眺めていたルクスエは、思わず聞き返した。
「外の世界へ、行きたいのか? 今ならば地脈の溜まり場に、あいつも赴いている筈だ」
「それは……」
行きたいです。そう答えたかった。だが、世話になったエンテムを思い出し、ルクスエは言葉を詰まらせた。
「きみには、カルアくんを救ってくれた恩がある。もし、外に出ても行き場が無いのならば、面倒を見よう」
「……考えさせてください」
「わかった。私がラダンへの墓参りが終わるまでの間、待とうじゃないか」
そう言って微笑むタイラーにルクスエは感謝を述べ、逃げるように退室をした。
エンテムを去る。虐げられるたびにその言葉が脳裏を過った。しかし、小さな子供が外で生きてはいけないからと、耐え続けた。
もう1人で生きていける。自分の道を、自分で選べる。
カルアが来る前からずっと独りで暮らせているのに、その考えが頭になかった。
けれど、分かった所で選ぶことが恐ろしい。何が待ち受けているのか、分からなくて動けない。
「ルクスエ。どうした?」
カルア達とは別の役人から話を聞いた帰りのテムンは、廊下に立ち尽くすルクスエに声を掛ける。
「テムン。俺……」
「2人で話すか。さっき宿屋の人に聞いたら、屋上に登ると街を一望できるらしいぞ」
「あ、あぁ、そうだな。行こう」
ルクスエはテムンと一緒に宿屋の屋上にやって来ていた。僅かに湿り気を帯びるそよ風が通り過ぎる中、胡坐を掻くテムンはルクスエが話し始めるのを待った。
膝を抱え、腕の中に頭を埋める姿は、思い悩んでいる時に見せるルクスエの癖だ。
弱音を吐かない様に、一人前の戦士として振舞うために抱え込んだ姿だ。
「……なぁ、テムン」
「なんだ?」
「俺が、エンテムを出て行きたいって言ったら、どうする?」
「どうするって……そりゃあ、盛大に見送るさ」
意外な言葉にルクスエは顔を上げ、テムンを見た。
「止めないのか?」
「するわけないだろ。おまえが俺に言うってことは、相当悩んだ結果だ。それに」
彼は空を見上げた。夕焼けは徐々に終わりを迎え、雨雲の隙間から夜の星空が顔を出し始めている。
「俺は、ルクスエがいつか旅立つって、ずっと思っていたんだ」
ルクスエには、どこか遠くを見つめる癖があった。本人は全く分かっていないが、テムンはその姿を時折見かけていた。
まるで自分の故郷を探す様に。まるで飛び立つ頃合いを見計らう様に。
小さな頃は目を離した瞬間に居なくなりそうで不安だったが、ルクスエは自分とは違うのだと今なら受け入れられる。
彼は、よそ者なのだ。地に根ざす民ではない。
「おまえは、自分の行きたい場所へ飛べばいいさ。疲れたら戻って来て、休むついでに思い出話を聞かせてくれ。ちゃんと家は残してやるからさ」
「ごめん……俺は、いつもテムンに迷惑かけてばかりだ」
カルア達には見せない弱々しく情けない表情に、余程の重荷がルクスエの肩に乗っていたのか痛感する。町一番の戦士。その名を20歳にも満たない孤児が背負わされていた。
もう充分だ。
「その分、俺はルクスエに助けられて来たよ。おまえと出会わなかったら、きっと俺は頭が固い頑固おやじになっていただろうな」
お道化る様にテムンはルクスエに笑顔を向ける。
次期町長になる為に必死に走った日々の多くは、独り善がりだった。手を取り合い、助け合い、意見を交換し合い、視野を広めることが重要であると、ルクスエと出会い、そして忌み子と呼ばれたカルアとの交流で気付かされた。
そのままであったなら、甘い言葉に唆され、デハンやイヴェゼと同じ道へ進んでいたかもしれない。
「おまえの親友が俺だってこと、忘れるなよ」
「あぁ、もちろんだ」
ルクスエとテムンはお互いに笑い合った。
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