第45話 黄金を貪る者の末路

「あいつのせいで俺の人生は滅茶苦茶だ! 俺とラシャッタの仲を引き裂き、彼女の体を好き勝手に暴いだ挙句、逃げられないように子を産ませたんだ! 俺はやつに罰を与え、子に罪を償わせ、彼女の愛を受け取っただけだ!」


 支配欲と被害妄想に囚われた傲慢なイヴェゼは唾を吐きながら叫びに、タイラーは冷ややかな目をする。その場にいる戦士だけでなく、イヴェゼの仲間であった男達ですら、人では無いものを見る目をしている。老夫婦に連れられたデハンはその姿を目のあたりにし、下を向いた。


「我らが同胞ドミニクとその家族、忘れ形見に対する度重なる卑劣な行為。太古の遺産を破壊し、絶滅危惧種の生息域を荒らし目先の利益を貪った。さらに村長としての責任を放棄し、男衆を騙し、現地に残る住民を見放した」


 タイラーは淡々とイヴェゼの罪状を述べていく。


「我々は忌み子を連れ戻し、罪滅ぼしをさせる為に来ただけだ! あれが黄金を隠したんだ!」


「その黄金は、反政府組織に流れていた」


 その場にいる者達は驚き、一部でざわめきが起きている。


「何を言っている! 彼らは誠実な商人だ!!」

「黄金を売り、招き入れた相手が何者であったのか、調べもしないとは」


 タイラーは表情を一切変えず、淡々と語る。


「薬物、人、動物、幻獣、金になるモノなら何でも売り、情報を操作し、国を裏から牛耳ろうと画策する組織は何処にでも潜んでいる。最初は良い顔をして近付いて来るが、徐々に蝕み、支配する。村の長となったのなら、住民を守るために肝に銘じるべきだったな」


 一歩前へとタイラーは出る。

 獲物を狩る竜の様に眼光は鋭く、その覇気に気圧されたイヴェゼは一歩後ろへと引いた。


「絶滅危惧種カナヤダンティアの黄金は、他国であれば魔術の最上級の素材として高値で取引される。走竜100頭を買っても釣りが来る程の価値を持つ」


 走竜はこの地で最速の移動手段であり、財産である。この地域一帯で最も分かりやすい価値の大きさを示された事で、強欲なイヴェゼは狼狽えた。


「おまえは利用されていた」

「なっ……」


 ラシェッタの愛と商人の厚意によって、豊かな生活を手に入れた。浴びる程の酒と身体に良い薬を飲み、贅を尽くした食事を食い、村の警備は商人の紹介でやって来た傭兵たちに任せていた。退屈になればやけに頑丈な忌み子で遊び、反抗期を迎えた娘を殴った。娘側に付く村人に重税を課した。

 やがて溢れるほどあった黄金が数える程しかなくなり、節制する必要があった。だが、この生活から抜け出せなくなっていた。

 大事な薬が無くなり、喉が焼ける程に乾いた。

 そんな時、火竜が水源へと飛来した。

 強い傭兵を雇うには金が足りず、鈍った戦士達では村を守れるはずが無く、娘を餌に戦士を募った。ルクスエと名乗った若者を定住させればと、村の者に手厚くもてなすよう命令した。だが、恩知らずな馬鹿はエンテムへと帰った。

 ならば宣言した通り娘を嫁がせエンテムと縁を結び、戦士をこちらに派遣させようと考えた。ファティマの父の頼みとあらば、エンテムの戦士は喜んで動いてくれるはずだ。しかしファティマは行方不明になり、何故か忌み子がエンテムへと到着していた。

 すべてあの忌み子の仕業だ。

 忌み子によって洗脳された町を救えば、町長の座か近しい地位へと迎え入れたいとエンテムの者達は頼み込んでくるはずだ。そして忌み子を連れ戻し、洞窟に放り込めば、ラシェッタの愛は取り戻せるはずだ。戦士のデハンも協力すると言ってくれた。

 きっと昔の様に、幸せに暮らせる。


「みんな、俺を馬鹿にしていたのか」

 イヴェゼはぽつりと呟いた。


 聞き取れなかったタイラーは訝し気に目を細める。


「俺が親父よりも馬鹿だと笑っていたのか! 親父よりも要領が悪いと陰口を叩いていたのか! 卑怯者どもめ! よくも! よくも! おまえらは、地獄に落ちるべきだ!」


 全身を使い大暴れするイヴェゼを戦士達は力づくで地面へと押さえつける。

 何かが壊れた様に叫び、獣の様に人々に歯を向こうとしている。


「根が外道に加え、薬の禁断症状でこうなるとは……」

「呪ってやる! 貴様らを、俺はぁ!!」


 タイラーはイヴェゼに歩み寄り、膝をついた。その眼は鋭く、冷たく、しかし復讐の炎が静かに燃えている。


「あぁ、呪えばいい。地獄でおまえを何度も殺してやろう」


 死に安らぎを見出させはしない。強い覚悟を持つタイラーの重い、重いその言葉にイヴェゼは竜に睨まれた草食獣の様に怯え震えた。

 立ち上がったタイラーは、大人しくなったイヴェゼを見下げると、軽く右手を上げる。

 後ろで待機していた隊員6名が走竜から降り、イヴェゼと彼の仲間を縛る縄を戦士から貰い受けた。


「こいつらをゼッカの街へ連れていけ。あちらで国の役人と落ち会う手筈だ」


 時に幻獣調査団は、竜に関する犯罪行為を行った罪人を国と連携し、取り締まる場合がある。竜の大群によって長距離の移動が困難となった為、国は討伐だけでなく罪人の護送を彼らに依頼したのだ。


「そちらの戦士はどうなさいますか?」


 老夫婦に連れられたデハンを見ながら、タイラーはアタリスに問いかける。


「あれの金回りは差ほど変っていませんでした。話を聞く限り、騙されていた様子です」


 昨晩尋問したところ、デハンは確かに町長の地位を狙っていた。ルクスエを筆頭に若者が実力を持ち始め、世代交代が始まりつつある今、元締めと言う地位が揺らぎ始めていた。経験豊富で気心の知れた同僚と先輩方の話ばかり聞き、改善して欲しいと訴える若者の声を無視し、都合が悪ければ潰してきた結果である。

 大火傷を負ったルクスエに優しく接したのは心配もあったが、半分は若者から支持を得る為だった。しかしこれまでの行為から贔屓しているとみなされ、より距離が遠のいた。

 このままでは、ただの戦士に逆戻りだ。何としても、上の役職が必要だった。テムンの母親に近付き、関係を持ったが権力が動く気配もない。そんな中で忌み子が現れ、同僚やその上の世代がやつを追放してくれと頼んできた。これは絶好の機会だと確信した。追放する方法を探そうとした矢先、イヴェゼと出会った。

 そして竜達の移動に関する手紙が届き、イヴェゼと協力し成果を上げれば、町長の座に近付くと考えていた。


「……しかしながら、やつらと繋がり、エンテムへ災いを招き入れた事実は変わりません。


 一歩間違えば、エンテムは反政府組織の根城になる所だった。


「幇助の罪を償わせる予定です」


 夫を亡くした寂しさのあまりに、町長の地位目当てに2人の男に唆されたと気づかず、思い上がってしまった。そう泣き崩れた義娘を含めて。

 アタリスはその言葉を飲み込み、そしてため息を着いた。

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