第30話 集まった情報
話し合いを終え、テムンとアタリスは従者を連れて帰宅をした。
テムンの母は従者の女性と一緒に、大量の料理を作っている。これから、アタリスの帰還を祝いに、大製の人々が押し寄せる。
その前に2人は情報を共有するため、居間へと向かった。
「ラダンへの連絡は?」
「3回行いましたが、一切返答がありません。沈黙を貫いています」
「身勝手なものだね。情報は集まっているかな?」
そう言いながら、アタリスは従者の用意した座布団の上に腰を下ろす。
西から東へと火竜が渡った。最悪な事態を考えれば、ラダンを含め東側の村や町に大きな被害がおよぶ。カルアの関係性を含めて、気がかりだ。
「先日ようやく……僅かですが掴みました」
テムンも座布団の上へと腰を下ろした。
「カルアさんについては、完全に隠されていました。先程の会話から、よそ者と村の女の間に産まれた子供なので、無いものとして扱われていたと考えられます。これに加え、一つ気になる話を聞きました」
「一つ?」
「ラダンでは一か月前から、村長の娘ファティマが行方不明だそうです」
「そうか。彼女か……」
遠縁であるため、アタリスは一度だけ会った事があった。
年頃は16歳。性格は活発で社交的。その容姿は見た者全員が感嘆の息をつくほどに美しく、村長の娘の立場も相まって幼少期から縁談が絶えなかった。彼女見たさに、ラダンへ訪れる者がいたとさえ聞くほどだ。
竜を倒したものに、村一番の美しい娘を与える。その娘がファティマ。
誰であるか云われなくとも、ラダンの美女であれば、彼女の名前が最初に思い浮かぶ。故に、信頼できる内容と報酬だとして、ルクスエ含め戦士が竜に挑むためにラダンへ訪れた。
「忌み子がファティマを食べ、花嫁に偽装した。そんな噂が流れそうだね」
「ルクスエも懸念していました。しかし、エンテムに到着したカルアさんを俺が怒ってからの一連の流れによって、内容が変わっていました」
多くの逸話が語り継がれ、今の時代に現れた忌み子ともあり、皆が密かに注目をしている。ただ不吉で不安を煽る話もあれば、冷静に分析された内容も噂として流れている。
ラダンの娘が行方不明になったのが30日前。
ルクスエが竜を討伐したのが、25日前。
カルアがエンテムへ来たのが20日前。
その誤差と花嫁を迎える筈だったエンテムでの一連の騒ぎと、忌み子の姿と格好、そしてルクスエの対応から話は大きく膨れ上がった。
『砂漠の娘から生まれ、走竜によって育てられた忌み子は不死の姿を持っていた。心優しい走竜を守る為、自らの死を選ぶが、其の身は骨と皮になろうと生きている。首を切ろうと忽ち治ってしまう。死に場所を求め彷徨う中で、強大な竜を討伐した戦士の噂を耳にし、走竜と共にエンテムを訪れた。偶然花嫁を待つ戦士と相まみえ、殺してくれと懇願する。しかし、哀れに思った戦士は、忌み子を従者として迎え入れた』
「かなりの脚色だね」
「えぇ、まぁ……周囲から見れば、彼が逸話の様な悪さをしていないので、整合性を取らせようとしたのでしょう」
「悪評にならないだけ、マシか」
アタリスはため息をつき、テムンは苦笑した。
「……30日前、か。ルクスエの討伐した日と比べても、妙な誤差だね」
ルクスエは、宴会のように集団で騒ぐことがあまり好きではない性分も相まって、討伐を終えると、いくらか報酬を貰い直ぐに山を下りた。アレクアが他の走竜に比べて体力と脚力があるお陰で、3日でエンテムに帰って来た。あと2日もすれば花嫁が到着するだろうと、エンテムの町は住民総出で結婚式の準備を行ったのだ。
「あちらが嘘を言っていると考えるべきでしょう。ラダンの村外れには山肌を削って作られた聖堂があり、敬虔な信者であるファティマは毎日通い、時には数日籠っていたそうです」
「発見が遅れたことを誤魔化すため、か。どこまでが、本当か疑わしいね」
美しさのみが独り歩きし、それ以外のファティマに関する情報は山の下にはあまり届かない。それを利用して、ある事ない事を風潮している様にさえ思えてくる。
「ルクスエの活躍は、ファティマが行方不明と知ってもラダンの為に竜を討伐した、と作り替えられていました。俺がラダンについて調べていたり、連絡を取り合おうとしているのも、ファティマを探す為と応援されたくらいです」
「想像力が豊かな奴らだ。整合性を取った結果忌み子の話は風化を始め、知名度の高いファティマについて盛り上がり始めたか」
「そのようです。部外者は、本当にのんきですね」
テムンは呆れながら言うと、崩れかけた姿勢を正した。
火竜を討伐できる戦士は、エンテムでもルクスエ含め指より数える程だ。卓越した戦闘技術、臨機応変かつ即座に動ける判断力、そして強大な存在を目の前にしようと立ち向かえる度胸と勇気。それ等を兼ね備えるのは、相当な努力と経験を積まなければならない。
たとえ火竜を討伐できるほどの実力が無くとも、目標の縄張りの範囲や行動時間の調査などやる事は多い。
ルクスエが最初から最後まで一人で行った事から、ラダンに戦士が少ないのが伺える。
発見の遅れや聖堂に籠るのが事実であれば、ファティマの護衛に付ける戦士すらいなかったことになってしまう。
「……エンテムへ帰るルクスエに、花嫁がエンテムへ後で向かうと伝えたのは、ファティマだと俺は考えています」
人手が足りておらず、存続の危機に晒されていた村は、火竜討伐の成功に浮足立ったことだろう。
火竜とルクスエの存在に皆が注目するあまり、カルアを閉じ込める牢屋の警備は手薄となり、大きな隙を生んだ。その隙を突いて、ファティマはカルアを逃がした。
「彼女が何故カルアさんを逃がし、姿を消したのか分かりません。出来る事なら、彼にファティマとラダンについて詳細な話を聞ければいいのですが……」
初めて会った時の悲惨な姿に比べれば健康そうに見えるが、心はそうはいかない。
身体の回復と共に感情の起伏が見て取れるようになったが、大きな男への恐怖心は根深いものであるのが見て取れた。
彼が過去と向き合うには、時間が必要だ。しかし、こちらの立場では、その時間を与えられる程の猶予はあまりない。竜の渡りが目の前の事実となり、悪化の一途を辿れば、人の命を守るためにエンテムを捨てる選択も考える必要が出てくる。
その時、忌み子である彼は、槍玉に挙げられるのは明白だ。無実の彼を守るためには、過去とファティマの関係を知らなければならない。
「全てを話せはしないだろうね。でも、一つだけ確実に訊かなければならない内容がある」
「それは、なんですか?」
「火竜が縄張りを持つ前は、山にどんな竜がいたか、だよ」
テムンはハッとし、目を丸くした。
ルクスエ曰く、火竜は巣作りを行っていた。つまりは、竜の番はあの地が安全だと判断した事になる。
雨季のずれ込みや日照りはこれまでにもあったが、竜の討伐の依頼は今年が初めてだ。例年ではない。
あの赤銅色の山脈には、近年まで火竜が恐れる生物がいた。
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