第26話 話し合いの場

 レトの町から帰り、間もなくエンテムの町並みが見えようとした時、走竜に乗った見張りの1人がルクスエとアレクアの元へと走ってきた。


「ルクスエ! 町長が戻って来たぞ!」

「もうお帰りなったのか!」


 2、3日の誤差は予想していたが、10日も早い。やはり忌み子の噂を聞きつけて、早くに聖地から旅立ったのだろうか。


「町長は今どちらにいるんだ?」

「おまえの家だよ。アイアラとテムンもいるって聞いてる」


 旧見張り小屋には町長だけでなく、戦士の元締めや発言力の強い人達が集まっている事だろう。2人がいるならばカルアに一方的な危害が加わる心配はない。

 安心すると共に、すぐに帰らなければとルクスエは強く思う。


「わかった。急いで帰る」

「そうしてくれ」


 少しでも早く旧見張り小屋に帰れるように、ルクスエはアレクアに全速力で走る様に指示を出した。

 




 旧見張り小屋へ辿り着いた時には、建物の周囲に人だかりができていた。

 ルクスエが帰って来た、と中年の男性が言うと、人々は彼の乗るアレクアが動けるように道を開けた。


「あら、ルクスエ。おかえりなさい」 


 玄関扉の前に陣取り、野次馬が入らないよう見張っているアイアラは、普段と変わらない様子でルクスエを出迎えた。


「町長とカルアさんがお待ちよ。アレクアを竜舎で休ませたら、早く家に入りなさい」

「わかった。カルアは、どうしてる?」

「テムンがいるから、質問攻めにはなっていないわ。まぁ、町長はそんな事をする人ではないから、安心しなさい」

「ありがとう」


 ルクスエは裏手へと向かい、括り付けていた荷物を解き、アレクアを竜車の中で休ませた。

 荷物を抱えて旧見張り小屋に入ると、居間にはテムンとカルア、そして町長と従者一名、町の商人組合の役員の男性と女性、戦士の元締めと先代を務めた老夫婦が円を描くように座っていた。


「ルクスエ。帰って来たか」


 白髪の長い髪を一纏め、青や紅の宝石が埋め込まれた金細工で彩られている。控えめだが繊細な彫刻が施された耳飾りに、二重の首飾り。ふんだんにビーズや金糸の刺繍が施された赤い衣を着こんでいる。

 名前をアタリス。

 年は70歳を迎えるが、背中は曲がっておらず、顔には品の良さの中に生気が満ち、とても若々しく見える。黒い瞳には聡明な光が宿り、口元には穏やかな微笑を浮かべている。


「遅くなってしまい、申し訳ありません」

「急な事で、さぞ驚いただろう。謝罪はいらないよ。座りなさい」

「はい」


 ルクスエはカルアの隣に置かれた座布団へと座る。

 緊張し下を向いてしまっているカルアに小さく呼び掛けると、こちらを見て僅かに表情が緩んだ。

 忌み子とされるカルアについての話し合いが始まる。ルクスエは覚悟を決めた。


「さて、改めて話し合おう。先程、テムン達の報告の通り、ルクスエとの外出を除いてカルアは旧見張り小屋から一度も出てはいない。アイアラの普段変わりない様子から、おかしな呪いも扱っている形跡がない。これには、皆も同意するね?」


「……はい。戦士達もそれを知っています」

 含みを持たせるように、戦士の元締めは言った。


「はい。組合員たちもテムン様同様に見張る動きをしていたので、彼が出ていないと知っています。アイアラさんが毎日のようにこちらに来ていましたから、町の人達もご存じかと思います」

 役員の男性もまた同意をした。


「彼による影響は何か発生しているか、教えて欲しい」


「不作などの作物や家畜への影響はありません。人の間のみに留まっています。小麦などの保存がきく食糧の買い込みの急増や、忌み子を犯人に仕立てようとした窃盗や強盗未遂が4件出ていますね」

 役員の女性はこの20日間で発生した問題について話す。


 災いへの備えと責任転嫁の犯罪。

 他にも、風化や劣化で壊れた物に対して〈忌み子のせいで壊れたから、タダで交換してくれ〉などと言って店に持ち込みが起きるなど、小賢しい連中が現れ始めている。


「未遂の犯人達は、鞭打ち3回の罰を与えました。持ち込みについては〈外に出られない奴が、おまえの道具事情を知るわけない〉と、まぁ当たり障りない感じに言い換えて、追い返しています。食糧については買える量の制限を設け、対策を取っています」


「犯罪件数と厄介事は、増えているのかね?」

 アタリスが問うと、役員の男は首を振った。


「いえいえ。それ以上の数は増えていません。4件目の鞭打ちを公に行い、組合員が〈だったら忌み子を連れて来い!〉って旨を言ったら、それ以後なくなりましたから。壊れた物を押し付ける人は、特定の人物に留まっています」


 最新の情報を交換し合い、時代と価値観の変化を渡り歩き、品を見定め、多くの人との交流がある商売人達は、過去を大事にするものの現実主義の者が多い。

 忌み子の逸話は気がかりであるが、無下に扱って余計な問題事に発展する懸念があり、距離を置き、冷静に見定めていた。また住民達も自然とカルアを監視する体制に入っていた為、どこにも出ていないと誰もが知っていた状況が功を奏した。


「問題は、町や村との交流でしょうか。忌み子の噂が広まり、他の町や村からの来訪者数が減っています」


「それについてですが、より減少する事が予想されます」


 体格が誰よりも良く、日焼けをした右頬に大きな傷跡が残る黒髪の大男。戦士の元締めデハンが軽く挙手をし、女性の報告の間に入った。

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