第20話 火のトラウマ
どうしようか、と2人で話し合い、試すだけ試そうと言う結果になった。
晩御飯の際には、できるだけ胃に負担がかからないように、カルアには鶏の胸肉のスープと茹でた葉野菜を用意した。胃は驚くことなく、ゆっくりと食べたおかげでカルア体調を崩さなかった。
そして、
「なんだか、すまない。風呂に行ったから大丈夫だと思うが、俺は臭くないか?」
「い、いえ。石鹸の香りがするだけなので、平気です」
2枚の敷き布団の端を重ね合わせ、毛布も同様にし、2人は寄り添う程の距離で寝そべっている。お互いの吐息が認識できるほどに近く、ルクスエはどうにもむず痒く感じた。
「寝返りを打てば、自然と離れると思うから、今だけは我慢してくれ」
「はい。大丈夫です」
ルクスエは近くに置いてある灯明皿の火を消そうかと思ったが、油は残りわずかだった。時間が経てば、自然と消える。
「毛布の中は温かくなったと思うが、眠れそうか?」
「……いえ」
「それじゃ、少し話すか」
「はい」
2人とも慣れない状況に緊張しているのもあり、糸を解すのに時間が必要だ。ルクスエは話題を探そうとしたが、昼間の出来事が脳裏に過る。
「その……カルア」
「はい。なんでしょうか?」
「昼間の、先生の発言は気にしないでくれ」
「私とルクスエさんが恋仲と勘違いされていましたね」
好意を抱いている。その内容をあえて外してくれたのがルクスエにも分かり、カルアの心遣いに内心で感謝をする。
「一緒に住んでいるから、何かあると思われても仕方ないが……もう少し、言葉を選んで欲しいものだ」
頬杖を突きながら、ルクスエはため息を着く。
いつもは凛々しくも優しい表情を浮かべているルクスエが、今は拗ねた子供の様に見え、ルクスエは不思議に思う。
「御二人はお知り合いなのですか?」
「あぁ、先生は町長の1つ違いの兄で、俺は小さい頃から何かと世話になっている。5前の戦士見習いの時は特に無茶をして、よく怪我をするものだから毎回診てもらっていた。一番酷かったのは……4年前の制止を彷徨うほどの大火傷だな。意識を取り戻した瞬間に、説教された」
「生死を……!?」
過去の事だからと平然と言ったルクスエに対して、カルアは声に出る程に感情を露にして驚いた。
「ほら、ここだ」
ルクスエは起き上がると、寝間着をたくし上げ、腹を見せた。
鍛え上げられ、6つに割れた見事な腹筋ではあるが、そこに大きな火傷の跡が痛々しく残っている。カルアはそれを見て目を丸くし、口を思わず押えた。
「相手は竜の番で、片方を弱らせた瞬間に、もう片方が俺に向かって火球を放ったんだ。それが直撃してしまった」
寝間着を元に戻し、ルクスエは再び寝そべる。
油断していた訳では無い。あの番が歴戦の猛者であっただけのことだ。赤い火竜の番は、どちらも角や体に傷跡があった。竜の多くは、角は何十年とかけてゆっくりと伸びるが、欠ければ再び生えてくることはない。雌は強い子孫を残す為に、強い雄と番になる。雌を巡って雄は争い、勝者のみが子孫を残せる。つまりは、あの火竜の雄は多くの竜と対峙し勝利をおさめ続け、また雌は雛を守るために戦ってきた。
経験の差によって、ルクスエは負けた。
幸い、番は町の近くを離れ、別の場所へと巣を作ったと医師から聞いた。
「ど、どうして生き残れたのですか?」
火球は火竜にとって必殺技であり、切り札でもある。火竜種は、体内に火炎袋と呼ばれる内臓器官がある。そこには胃では消化しきれない骨や爪などが粉砕されて入っており、それが火球を生み出す燃料となる。粉砕された骨、火炎袋から発せられる熱、竜の吸い込んだ空気が合わさることで火炎袋内に爆発が発生し、それが火球となって体外へ放出される。
火球の全てを消し炭にするかの如き高熱、放たれたその凄まじい勢いに、直撃した時に全身に伝わる衝撃は一瞬にして命を奪うはずだ。
「火竜の皮で作った鎧を着ていたおかげで、火傷が内臓まで至らなかったんだ。3日間生死を彷徨ったから、大怪我であるのは確かだがな」
火炎袋に耐える為に火竜は鱗だけでなく、皮や脂肪もまた高い耐火性を持つように進化している。火竜の皮は、焚火の中に入れても焦げの1つもせず原形を留めたままと、頑丈なだけでなく強い耐火性を誇っている。
素早い動きで接近戦を行うルクスエは、出来るだけ邪魔にならない軽い装備を愛用している。鱗に比べて皮は防御性に劣るが、ルクスエはその防具がなければ全身やけどを負い、そのまま苦しみながら死ぬところだった。
「戦士の元締めは、並みの人間なら死んでいたとも言われたな……あの一瞬で意識も記憶も飛んでしまったから、どの様に当たったかまでは分からない。かなり運が良かったとしか言いようがない」
鎧は火球の直撃した部分は焼け焦げ、大きな穴が開いていた。大火傷の痛みがあった当時ですら、現実味がなく、他人事のように思えたほどだった。
「ただ、あの火球が目の前に迫る瞬間は鮮明に覚えている。全てがゆっくりに見えて、死ぬんだと悟ったくらいだ」
ルクスエは灯明皿の小さな火を見つめ、険しい顔をする。
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