第40話
冷やすこと数分で赤みが消えていった。それでも尚且つ先輩は氷嚢を頬に当て続ける。
冷たい。頬が凍ってしまいそうなくらいなのだが中々先輩は氷嚢を押し付けるのをやめてくれない。
そろそろ、冷えすぎて逆に赤くなってしまいそうだ。
「陽由香先輩、そろそろ本当に大丈夫」
「本当?本当に本当?」
「うん」
氷嚢を外してサイドテーブルに置いた先輩は、思いっきり抱きついてきて頬を引っ付けた。
「栞くんの冷たーい!」
「あれだけ、冷やされればそうなる」
そう言えばと思い出すが、先輩も父に殴られてはいなかったかと思い出し、先輩の顔を見ると少しだけだが鼻血が出ていた痕跡があり、慌ててサイドテーブルにあるティッシュで先輩の鼻を拭う。
「んぇ?‥し、栞くん?」
「陽由香先輩鼻血出てる。抑えて」
「あぁ、あの人パンチモロでくらってたから‥。少し頬も腫れてるな。俺、氷嚢もらって来る」
そう言って兄が病室を出ていき、二人きりになるも先輩の鼻を拭って詰め物をして応急処置はする。
頬もよくよく見ると予想以上に腫れていて触れはしないが痛そうだ。
目で実際見たわけではないが、殴られた後は大きな音が聞こえた。余程強く殴られたにちがいない。あの時俺が殴られていれば良かったのにと思う。
「陽由香さん、殴られなくてもよかったのに‥。あれは、俺にイラついて殴ろうとしてたんだから」
そうだ。最初から俺が気に食わなくて殴ろうとはしていた人達なのだから、先輩が殴られる理由なんて一つもない。
確かに先輩も、少し両親と口論となっていたが表面を大事にする人たちだ。殴るふりはしても殴ることはないはずだ。
そもそもあの人たちは最初から俺にイラついていた。昔からイラつくとすぐに手が出て、俺の顔を見るといつも手を上げるのだ。
そして、最悪家から追い出して朝方まで入れてくれないのなんてよくあったことだった。
それに、先輩を巻き込んでしまった。
「良いんだよ。俺も生意気なこと言っちゃったし!まぁ、それでも反省するとかはないけどね!」
鼻に詰め物をしながらも堂々としている先輩の姿が面白くて思わず笑ってしまいそうになるのを耐えた。
鼻の詰め物さえ無ければかっこいいのに。
それに、何より綺麗な先輩の顔に鼻の詰め物も、頬が腫れている姿も似合わない。
ともあれ、やはり先輩を両親には会わせたくなかったなと改めて思う。
両親は自分達が正しいと思ったことしか認めず、それがあの人たちの常識だ。
その常識に外れたものは、あの人たちにとっては異質そのもので毛嫌う対象になる。
もし、今回の件で両親が先輩に何かしでかすとしたらどうしよう。
もし、兄や俺が知らないところで先輩にいらないことを言っていたらどうしよう。
心配事と不安ごとで頭が埋まる。
「本当に、ごめん。もし、両親に何かされたりしたらすぐに言って」
「ん?大丈夫だよ。俺は大丈夫。もし、栞くんのご両親に変だって言われても言い返す自信あるもん」
先輩が優しく抱きしめてくれて頭を撫でながら語ってくれる。
昔は先輩のことを否定する人で溢れかえっていたけど今は俺がいるから大丈夫だと、先輩は言った。
「それって、あんまり意味なくない?俺がいても先輩に迷惑かけるだけ」
「そんなことないの!意味あるの!栞くんが居なかったらあの日出会ってなかったら俺、絶対碌な人間になってない自信あるもん!それだけ、栞くんが居るだけで自信になるの!一人じゃなくて二人で分け合っていこっ!ね?」
体を離して、両手を指を絡めて握られる。そして、額と額を合わせてより先輩を近くに感じて不思議と俺も自信がついてきた。
ゆっくりと、先輩の温度と温もりを感じていると、病室のドアが勢いよく開いて兄が入ってきた。
「お、お兄ちゃん。それ、どうしたの?」
兄の顔を見れば派手に殴られたのかぶつけたのか頬が赤く腫れていて、鼻血も垂れていた。
「あ?あいつに殴られた」
どうやら、兄は付き合っている恋人のことを話したらしい。同居しているのだから、少しは話しておこうと言うのは建前で、そろそろ両親と縁を切るのにちょうど良かったから話したそうだった。
最初こそ両親は喜んで聞いたそうだが、相手が男となれば話は別のようだった。
母は、倒れて。父は怒りに狂いそれで、殴られたらしい。
「あいつらに、俺の大事な人の何がわかるんだよっ!本当腹立つ!」
兄がここまで荒ぶるなんて珍しく相当腹だったらしい。
その兄に、ティッシュを渡して鼻血を拭くように言って、鼻に詰め物をする。
手に持っていた氷嚢は先輩の分と兄の自分の分だろう。二人とも頬に氷嚢を当てている。
その姿と先輩を見比べて何故か胸の辺りがむず痒なってしまう。
「ふふ、二人とも同じ。あはは!」
それに対して笑うと二人は顔を見合わせたと思えば、笑みを浮かべた二人は俺の頭に二人分の手が乗せられ撫でられる。
「お前が笑えるようになって嬉しいよ」
「本当に、栞くんの笑顔かわいいよ」
その言葉に少し顔が熱くなり俯きながらも二人に頭を勝手に撫でられた。
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